「ちょ、ちょっと待ってくれ」
『なんだ?』
「戦うのなら俺も参加するよ」
どもりそうになりながら言うと、フェルは俺を上から下までじっくりと眺めてから、フスンと鼻で笑った。ぐ、ぐぬぬ、この野郎。
『お主では足手まといだ。余計な手出しはするなよ』
ぐぬぬぬぬ、くそぅ、ナメられてる。
いやだって、俺って一応トレーナーなんだから、せめてバトルの指図くらいはしておかないといけないんじゃないか?
そう思って食い下がろうとしたら、ヴェルナーさんが「無理をするな、ムコーダさん」と肩を叩いてきた。
「フェンリル様の仰る通り、戦闘経験のないムコーダさんが参加したって足手まといにしかならないぞ。やめておくんだ」
う……その通りでございますとしか。
ま、まぁ確かに戦わないトレーナーもいるしな! パシオのハネッコのトレーナーとか、「こいつは かわいいんだが 勝負では…… いや かわいいん だがよ……」って言ってたしな!*1 俺なんかが参加したって意味ないだろうし!
……『戦うのが怖い』が本音です、ハイ。
ノッシノッシと開けた草原に向かっていくフェルのあとを追っていくデオに、鑑定をかけてみる。
【 年 齢 】 10
【 種 族 】 デオキシス
【 レベル 】 50
【 体 力 】 157
【 魔 力 】 334
【 攻撃力 】 222
【 防御力 】 112
【 俊敏性 】 222
【 スキル 】 じこさいせい サイコキネシス
ナイトヘッド しねんのずつき
【 加 護 】 創造神アルセウスの加護
……あれ? そんなに高くないぞ。
もしかしてこれ、ポケモンとしてのステータスなのか?
だとしても違和感がないか。仮に個体値が31、努力値が252と最大の割合で振るとしてもそれぞれの能力値が伸びやすいせいかくじゃないとこうはならないし……
それにこの『アルセウスの加護』。……まさかあのポケモンがやったのか?
だとしたらデオがどうやってこの世界に来たのかちょっと不安になってきたぞ。
レジェンズを少しだけやったことがあるからわかるけど、あのポケモンちょっと、ちょーーっと性格的に受け入れ難いというか……いや、神らしいと言えばそうだけどさ……
考えているうちに二匹は対峙して身構えていた。
『準備はできたなデオ。では──行くぞッ!』
『………!』
デオキシスが触手の先に青く光る球体を生み出し、フェル目掛けて発射した。
あ!! 今の映画とオリジナルアニメで出てた技じゃないか!? サイコキネシスなのかな?
フェルは矢継ぎ早に放たれるそれを避け、爪をむき出しにしてデオキシスへ襲い掛かる。
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!!
デオは扁平なフォルムに体を変化させ──たぶんディフェンスフォルムだ──迫る爪から身を守り、サイコキネシスでフェルを投げ飛ばした。
フェルはくるりと体を反転させて着地し「ウォオ────ンッ!」と叫ぶ。
その毛並みがバチバチと電気を帯び、デオが飛びのいた位置を雷が焼き焦がした。
遅れて空気の弾ける轟音が耳をビリビリ震わせて、俺たちは思わず耳を塞いでいた。
草原にポツンと立つ木に飛び乗ったデオの体がぶれたように見えた瞬間、その体が影分身のように分裂していく。
影分身たちはいっせいに飛び立ち、フェルの全身にまとわりついて動きを封じようとする。
ヴェルナーさんたちは顔を見合わせ、「今の見たか、ラモン?!」「うむ。フェンリルが攻撃を“避ける”など……かつてない事だ」と口々に言い合っていたが、俺はそれどころじゃなかった。
今のデオキシス・シャドーじゃないか!? 映画版オリジナル技の!! まさか生で見れるなんて…! ひょええ……!!
シャドーを振り払っているフェルにデオは念動力を撃ち放った。
ひやりとしたが、フェルの正面にある地面が盛り上がり壁になって念動力から身を守った。
砕け散った土くれは風に巻き上がって無数の弾丸になり、とっさにフォルムチェンジできなかったデオの全身を打ち据える。
『これでトドメだッ!』
フェルが叫んで、猛然と走り出す。
土を巻き上げながら走るフェルから直接攻撃を受けるのはまずいと思ったのか、デオはスピードフォルムに変化しよう──として、苦しそうに膝を折る。
あのままじゃ攻撃が当たる。そう思った瞬間──
デオは爪が届く前に、ディフェンスフォルムに変化しその巨体を受け止めた。
がっぷり四つの体勢から、ずざざざっと地面を抉りながら後退したデオは──だが確かにフェルの巨体を受け止めた。
ヴェルナーさんたちがどよめく。
デオは、触手をいっぱいに伸ばしてフェルの体に絡みつき、その額にエネルギーを集中させた頭を思い切りぶつけた。
『ぬがッ』
呻いたフェルは、しかしデオの体を前足で器用に押し倒し、喉笛に爪を突き付けた。
『………ッ』
『やるではないか、それでこそ我が配下』
上機嫌に言い放たれたその言葉が、フェルの勝利とデオの敗北を示していた。
▼
「はぁあ……」
夕食を作りながら、俺はため息をついていた。
なんだかカロリーを使う一日だったぜ。
フェンリルvsデオキシスという夢のマッチアップを目撃したのもあるし、なにより本物のポケモンバトルを観戦したんだからな。
見届けた他のみんなもぐったりしてたし、本職の人からしてみれば恐怖でしかないはずだ。
トレーナーとしてなんだか情けなくなっちゃうな。命令するより自由に戦わせたほうがよっぽど強いなんてさ。
あんなド迫力なバトルを見せつけられたら正直お腹いっぱいで食欲もないけど、フェルとデオはそうはいかないらしい。
『デオ~、この我に一撃食らわせるとは見上げた力量だな。これからも稽古をつけてやるから楽しみにしておれ』
『………』
自分に一矢報いたことがよほど嬉しいのか、フェルは上機嫌にデオに話しかけており、デオもなぜか正座の姿勢からコクコクと頷いている。
よほど満足のいくバトルだったらしく、触手がひらひらと動いていた。
デオがどういう人となりなのかはよくわからないけど、一歩間違えたら死んでたかもしれない戦いを経てあんな元気じゃわんぱくなせいかくだろうな、ありゃ。
『おい、主。今日はたくさん動き回って腹が空いた。食事は山盛りで頼むぞ』
「いつもそうだろー?」
でもまあ、ポケモンバトルを見せてもらったのは確かだし、あいつらのためにも美味い料理をたらふく作りますか!
今作ってるのは食欲が無くてもがっつり食べられる鶏肉にんにく焼きだ。
チューブにんにく、酒、しょうゆ、ごま油を混ぜ込んでタレを作る。
食べやすいように切った鶏むね肉を焼いて、塩コショウで味付けをしながらタレを加えて絡める。
皿に盛ったら……できあがり!
「さあ、どうぞ!」
「う、ウメェーッ! すっげえうめーっ!」
「お肉は柔らかいしタレもいい匂いがするわ」
「すっごい! 食べれば食べるほどお腹が空いてくる!」
涎を垂らしながら待ちかねているフェルたちにも、大皿に山盛りにして渡した。
途端、フェルはガツガツと食べ始める。
『ううむ! ほどよい塩気の調味料とこの食欲をそそる香り! 肉も噛めば噛むほどつゆがあふれてくるぞ』
「それはよかった。おいしいか? デオ」
『……(ウンウン)』
『お代わりだ、もっと寄越せ!』
はいはい、お代わりね。
俺はどんどん作りながらフェルたちに食べさせていく。
「なあデオ、お前って人に命令されるより自分で戦った方がいいのか?」
尋ねると、デオはゆっくりと首をかしげた。
『よくわかっておらんようだぞ』
「あぁ……ずっと一匹だっただろうしな」
『待っておれ、我が説明する』
そう言って、フェルはしばらくデオと見つめ合っていた。
やがてウムと首を振り、
『命令されたほうが合理的なら、それでもかまわないそうだ』
へー、結構合理的なんだな。
確かに自己判断よりも他人に判断を任せた方が気が楽だしやりやすそうだ。
もしもその時が来たら……いやいやまさか。
ワイバーンが大挙して押し寄せてくるとかそういう時でもない限り、俺に出番が回ってくることは絶対にないだろう。
この世界のアルセウスは少年少女を拉致し、スマホをクソみたいなデザインにした挙句元の世界に帰さないクソカスとは違います。美輪セウスのようにちゃんと人の心を持つ神です。