それからさらに数日。
俺たちはフェーネン王国の国境まで来ていた。
大きな崖が作った天然の通路に立ちふさがるようにして、城壁のような砦がどっしりと鎮座している。近くには小屋もあった。
そして、その砦からは兵士が次々出てきて、厳戒態勢を敷いているのが見えた。
「あ~…やっぱりゴタゴタは避けられないんですかね」
「フェル様がいらっしゃられるのがわかるんだろう。事情を説明してくるからちょっと待っててくれ」
そう言って、ヴェルナーさんはヴィンセントさんと一緒に砦の方へ降りて行った。
いやぁ……なんか迷惑をかけてしまうな。
「フェル、あんまり兵隊さんを脅かしてやるなよ」
『あ奴らのほうから手を出されなければ何もせぬわ』
簡単に言うから余計不安なんだよー。
ただでさえデカい体なんだから、態度くらい優しくしろっての。
俺は空を飛んでいるデオにおいでおいでと手招きをした。
「デオ、お前も勝手に国境……あの砦から先に行くんじゃないぞ。ヴェルナーさんたちが取り持ってくれるんだからな」
『……』
身振り手振りで意見は伝わったらしく、デオは俺のすぐそばに寄り添ってきた。
ははは愛いやつ。ナデナデしてやると、触手を俺の手に絡めてくる。
しばらくして、ヴィンセントさんが大声を上げながら戻って来た。
「ヴェルナーから伝言だーーー! 来ていいってさーーー!」
砦にはヴェルナーさんと駐屯兵がずらり。
そのリーダーらしい人はエドガーと名乗った。
「ヴェルナー殿から話は聞いた。そこの二匹の魔獣と従魔契約を結んでいるのは君か?」
「はい。私は彼らと契約を結んでいます」
おおっと周囲からどよめきが上がった。
エドガーさんはどうもフェンリルが国に危害を及ぼさないか心配らしい。そのことも聞いてくる。
「おいフェル、そんなことしないよな?」
『我を誰と心得る、馬鹿な魔物と同様に扱うでないわ』
だそうです、とエドガーさんを見ると、彼はポカーンとしていた。
「……本当に
ところで、と、エドガーさんが別の話を切り出す。
「その魔物はここいらでは見かけない魔獣らしいが、そちらも危害を加えないと断言できるかね」
エドガーさんの視線は、デオに向かっていた。
デオはその視線を拒むように、俺の後ろに隠れた。腕に絡んでいる触手が、きゅっと締め付けを強くする。
このへんどころかポケモンなんてこの世界じゃお目にかかれないと思うが、どうもヴェルナーさんはうまい事ごまかしてくれたようだ。だとしたら次は俺が、トレーナーとしてデオもエドガーさんも安心できるセリフを考えなきゃな。
「従魔の主人として、万が一何かあったら私が責任を取ります」
「その魔獣が人を傷つけた場合もか?」
「は……い」
緊張で喉が痛い。
こういうセリフはドラマじゃあるあるだが、演技ではなく本心だった。
だってレッドさんやサトシなら自分のポケモンのやらかしの責任から逃げたりなんかしないから。責任から逃げたらリザードンを捨てたモブみたいになる。
俺はバトルは苦手だけど、こういうときくらいデオのトレーナーでいたい。
「エドガー隊長、その懸念はないと思われます。私たちはこの魔獣と数日共に生活しましたが、彼がむやみに暴れたことは一度もありませんし」
「リーダーの言う通りだよ。ムコーダさんはフェル様に命令して食料を獲りに行かせたことだってあるし、デオはいつも血抜きだったり解体だったり手伝ってくれたんだよ」
ヴェルナーさんを皮切りにアイアンウィルのみんながそうだそうだと加勢してくれたので嬉しくなった。
そうなんだよ、デオキシスってポケモンはむやみやたらと暴れるような凶暴なポケモンじゃないんだ。アニメでも映画でも友達想いの優しい子として描写されてたし、人を傷つけるなんてとんでもない。
フェルはどうかって? あれは意見が合致した結果暴れなかったようなものだし……いざとなったらデオと協力して何とかしよう。
「よし、わかった。ならば入国を許可しよう。ただし入国税は貰うし、責任同意書も書いてもらうぞ。こちらに来てくれ」
「はい。……そんな顔すんなよデオ。ちょっと行ってくるだけだ。フェルも俺がいないからって兵士さんに変なことすんなよ?」
『うむ、あいわかった』
「ほう…… きちんと掌握しているのだな」
あごに手を置いて、エドガーさんは納得している様子だった。
どことなく胡散臭い雰囲気なのは気のせいにしておきたい。
入国税として、俺・フェル・デオの分を合わせて銀貨九枚を支払い、フェーネン王国へ入国。
どんどん懐が寂しくなるぜ。早く商人ギルドに入らないとな。
「皆さん、ここまで護衛してくださってありがとうございます。おかげで助かりました」
俺は心を籠めてお礼を言った。
異世界のことなんて何も知らない俺が魔物だらけの環境をここまで無事に切り抜けられてこれたのはひとえにアイアンウィルの皆さんのおかげだ。この人たちがいなければ今頃どうなっていたのか、ちょっと考えたくない。
「いやいや、俺たちの方こそだ。ムコーダさんのおかげで美味い飯にありつけたし、伝説の魔獣と出会えてその上会話もできたんだからな」
「リーダーの言う通りだ。俺、自慢話にしちゃうぜ」
「あたいも!」
「うふふ、リタったら」
「まさか生きているうちにフェンリルと出会えるとはな……」
「み、皆さん~……」
みんなが感慨深そうに言うのでジーンときてしまう。
俺がやったことと言えば飯を作ったくらいなのに、そこまで感謝されるなんて嬉しすぎる。
料理を学んでてよかったなあ。
「しかし、ムコーダさんはこれから忙しくなるだろうな」
「それはどうして」
「フェンリルとその主が国に入るってことは、この辺りを治めている人たちに当然連絡が入るってことだからな。辺境伯はもちろんのこと国王の耳にも入ってるだろうさ」
「え」
「今頃デオのことも調べてるだろうし、ムコーダさんたちをどうやったら引き込めるか考えてるはずだ」
た、隊長ーッ! やっぱよからぬことを考えてたんだなッ。
「ど…どうしよう。まさかあの責任同意書にも何か罠が…」
「それはないと思うぞ。伝説の魔獣を従える人間相手に絡め手は通用しない。一定以上の力を持つ存在を法律で縛ろうとしても無意味だからな」
「そう、ですね。い、いやまあ、長い事この国に留まるつもりはありませんし、いざとなればフェルに乗ってトンズラこけばいいんですよハハハ」
「そうしたほうがいい。向こうも国一つ滅ぼす魔獣と念力を操る魔獣なんてとても敵に回したくないだろうしな」
何から何までフェルとデオ頼りで情けないがしょうがない。
引き込むってことは戦力として期待してるってわけだろ? せっかくレイセヘル王国から逃げたのにその先でも道具扱いされるなんてごめんだ。
俺自身も今回の旅を通して、ネットスーパーを使いながらのんびりと世界を見て回る気が湧いてきたんだ。張る必要もない誰かの欲の皮のせいで縛られるなんて嫌だ。
自由気ままに異世界を旅する。うーん、ロマン。
「ひとところに留まるつもりがないなら、ムコーダさんはどうする気なんだ?」
「旅の商人として世界を見て回ろうかなって」
「そうか。なら冒険者ギルドにも入るべきじゃないか?」
「なんでです?」
ヴェルナーさんはフェルの顔を見上げた。
「冒険者ギルドは魔物の素材を買い取る都合上、解体技術者が大勢いる。これからもフェル様に食い扶持を獲ってきてもらうというなら、魔物を適切に解体しなきゃいけない。だとしたら冒険者ギルドで解体してもらったほうがいいはずだ。デオの解体技術も優れているが、毎回頼るわけにもいかないだろう?」
そうか、それがあった。
デオばかりに任せるわけにもいかないしな。
それにお金には余裕があった方がいいし、食べられない部分を買い取ってもらうのは合理的だ。
「それって両方とも登録することってできるんですか?」
「できるぞ。数は少ないが、冒険者と商人の二足のワラジを履いているヤツもいる」
そうか。それなら両方とも登録しておくべきだな。
さっきからずっと俺に触手を絡みつけて付き添っているデオを見る。
デオは小首をかしげて俺を見た。
大丈夫だぞ、お前ばかりに苦労はさせないからな。
・この作品のムコーダさんについて
・作者の知識に倣って、ポケモンの知識は劇場版数作と「BW」「XY」「アローラ」。
・レッドさんとサトシ、どっちが好きかと言われたらだんぜんサトシ。
・自覚はないがサトシの影響で原作よりしっかり者で気が強い。ヒンメルならぬサトシならそうした。
・高校生組を見捨てる形で国を脱出したことへ無意識に罪悪感を抱いている。
・デオのトレーナーとしての責任があるので原作での