完璧で究極のアイドルがGI九冠バに転生しました   作:雑穀ライス

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随分と、愛のない物語だったと思うよ。

「ううぅ…うわぁぁぁ~~!!」

 幼稚園で漫画を読んでいたルビーが、滂沱の涙を流していた。

 

「なんの漫画読んでるの?」

「ぐずっ…クロノから借りた『疾走の馬、青嶺の魂となり』の最終巻……ライスシャワーさん、可哀想……でも素敵……」

 

 「疾走の馬、青嶺の魂となり」。それはライスシャワーというウマ娘の辿った道のりの光と影を描いた物語だ。

 皐月賞と日本ダービーを制したGI2冠ウマ娘、ミホノブルボンを菊花賞で破って彼女のクラシック3冠を阻止し、春の天皇賞では3連覇を目指すメジロマックイーンを破ってGI2勝ウマ娘になった。

 

 そこまではよかった。

 その後ライスシャワーは長いスランプに悩まされて、そこから2年間ライスシャワーはレースで1着を取ることが出来なくなる。

 1着どころか3着以内にも入れず、頭角を現してきた自分よりも年下のウマ娘のバックダンサーをやらされる日々を過ごしていたライスシャワー。その苦難の日々をトレーナーと一緒に乗り越え、高等部(シニア)3年目にてようやく2度目の春の天皇賞で勝利することが出来た。

 晴れてGI3勝ウマ娘になったライスシャワーだったが、そこに最悪の悲劇が彼女に訪れる。

 

 春の天皇賞の次のレース、宝塚記念のレース中にライスシャワーは脚を骨折して転倒。そのまま彼女は二度と走ることが出来ない身体になってしまった。

 病院のベッドの上で目覚めて満足に動かなくなった自分の脚を見つめて絶望するライスシャワーだったが、その手を彼女のトレーナーが優しく握りしめてプロポーズをする。

 そして2人は幸せなキスをして、物語は閉幕。

 

 栄光も何もかもを失って、残ったのは命と愛だけ。でも、最後に残ったそれこそが本当に大切なものだったというお話だ。

 

 

「すべてを失って、それでも愛だけは残った!私、この物語大好き!!!」

 

 

――ルビーのその言葉を聞いた瞬間、ずぐん、と何故か私の胸の奥に痛みが走った。

 

 

「病院のベッドの上でチューブに繋がれてボロボロのライスシャワーさんに『君は愛されるために生まれてきたんだ』って言うシーンがもう最高!

 あぁ〜、私もせんせーにこんなこと言ってもらいたいなぁ〜」

「そだねー。走るために生まれてきたのなら別に人間の姿になる必要ないよねー」

 

 胸の痛みを顔に出さないように「嘘」の仮面を被って平静を装い、ルビーの話に合わせる。

 なんだろう、この痛み。確かにライスシャワーさんは不幸な事故にあったけど、最後に愛を手に入れる結末はそこまで悪くないはずなのに。

 私たちより年下の割に物知りなクロノちゃんに聞けば何かわかるかなぁと思って幼稚園の敷地内を見回すが、クロノちゃんの姿はどこにも見当たらなかった。

 

「そういやクロノちゃんは今日はお休みなの?」

「うん、なんか宮崎まで旅行に行くんだってさ。羨ましいなぁ」

 

 そっか。うん、残念。

 

 

 

 

 

 

 宮崎県高千穂町。

 その町の中にある、表札に「雨宮」と書かれているやや古ぼけた民家の土間に1人の男子高校生が佇んでいた。

 

「進路を迷っているのかい?」

 その様子を眺めていた銀髪の幼女が、男子高校生――雨宮吾郎に声をかける。

 

「この世界のあの病院に行っても、そこに彼女たちはいないよ」

「ツクヨミ・・・」

 

 腰まで届く長い銀髪に、黒のワンピース。

 頭からウマ娘特有のピンと立った耳が生えている以外は雨宮吾郎(星野アクア)が前世で見た姿そのままの格好をしたツクヨミが、彼の自宅の玄関の前に立っていた。

 

「今はクロノジェネシスと名乗っているよ。別にツクヨミでも構わないんだけどね」

「・・・一体ここに何をしに来たんだ」

「最高の舞台を三文芝居に変えた大根(ハム)役者を嘲笑いに来た、と言えば君は満足するのかな?」

 

 クロノジェネシスは皮肉げな笑顔を浮かべながら雨宮吾郎の問いかけに答える。

 その笑みは前世で彼女がよく浮かべていた表情と同じだったが、雨宮吾郎にはそのクロノジェネシスの笑顔が何故か怒りの籠もった表情のように見えた。

 

「あの後、ルビーたちはどうなった?」

「カミキヒカルと()()()()()を道連れに無理心中することを選んだ君に、それを知る資格はないよ」

 

 貼り付けたような笑みの表情を崩さず、雨宮吾郎の質問への回答を素気無く断るクロノジェネシス。

 彼女は笑顔を浮かべたまま、静かに怒っていた。

 

「私が君に教えられる情報は、これぐらいだ」

 そういって、クロノジェネシスは一冊の漫画本を雨宮吾郎に渡す。

 

「『疾走の馬、青嶺の魂となり』。…内容はレース中の事故で全てを失い、愛だけが残ったとあるウマ娘の人生を描いた物語だ。

 栄光を手に入れて、愛を失ってしまった星野ルビーとは真逆の物語さ」

 

 雨宮吾郎はクロノジェネシスに渡された「疾走の馬、青嶺の魂となり」の表紙をじっと見つめて、先ほどクロノジェネシスが言った言葉の意味を噛み締める。

 ライスシャワーは最後にすべてを失った。しかしその人生は決して不幸なだけの結末ではなかった。

 なら、その真逆の人生を辿った星野ルビーの結末は幸せだったと言えるのだろうか。

 その答えは、NOだ。

 

「・・・結局、俺は間違えていたのか?」

「さあね。私はカミキヒカルじゃないから彼が才能ある恵まれた人間の破滅を悦ぶサイコパスだったのか、敬愛する人間の死を見ないと星野アイとの記憶を思い出せなくなってそのまま狂ったのか、それとも息子の手を借りないと自殺も出来ない臆病者だったのか…

 もしかしたら噓吐きな女の子を好きになっただけの不器用な男の子だったのかもしれない。結局私は勝手に想像することしか出来ないからね。だから君のその疑問には答えられないよ」

 

 「カミキヒカルの心情などわからない」と言い放つクロノジェネシスだったが、「カミキヒカルとは実はこんな人物だったのではないだろうか?」という予想を語る彼女の言葉には微塵も迷いを感じ取れなかった。

 まるで何年もカミキヒカルの心情をプロファイリングし続けたかような自信に溢れたその言葉に、雨宮吾郎はかつて自分が選んだ結末に疑問と後悔が沸き起こってくる。

 

――もしかして、自分は自分の欲望を満たす(親殺しの)ためにルビーの身の危機を理由にしただけなのではないのか、と。

 

 

「まあ、その上で敢えて言わせて貰うなら…

 随分と、愛のない結末だったと思うよ。君たちの物語は」

 

 

 雨宮吾郎の決断を嘲笑うように。咎めるように。

 クロノジェネシスは、そう言い放った。

 

 

「――もし君が【推しの子】の物語をやり直したいと願うなら、中央のトレセン学園に医師として来るといい」

 

 そういってクロノジェネシスは雨宮吾郎に背を向ける。

 

「星野アイも天童寺さりなも、そこで待ってる。トレセン学園でまた君と会えることを願っているよ、雨宮吾郎」

 

 言いたいことを言うだけ言って去っていくクロノジェネシスの背中を、雨宮吾郎はじっと見つめていた。

 

 

 

―――――――――――――――――

 登場人物紹介⑧

 雨宮吾郎(星野アクア)

 

 高千穂病院で産婦人科医をやっていた男。アイのスキャンダルを求めてニノと共にやってきた菅野良介に殺されて星野アクアに転生した。

 星野アイの「嘘」に人生を狂わされた人間が紡ぐ【推しの子】の物語の最後にカミキヒカルと心中自殺をした後、再び雨宮吾郎としてこの世界に転生した。

 彼が星野アクアとして生きた記憶をすべて引き継いだ上で。

 

 すべてを忘れて幸せな人生を送るには、彼が選んだ結末は罪深すぎた。

 

 雨宮吾郎は「子供を愛さない親」に対して強いコンプレックスを抱えていたため、星野アイが死んだ日の記憶を呼び起こすためだけに自分の娘である星野ルビーを殺そうとしたカミキヒカルに憎悪を抱き、彼を道連れに心中自殺をする。

 

 彼の罪とは、カミキヒカルと心中自殺をしたときにすでに「雨宮吾郎の人格」と「星野アクアの人格」が分離しかかっていたことである。

 雨宮吾郎は自分の個人的な怒りに身を任せて「カミキヒカルと星野アクアの2人」を殺してしまったのだ。

 

 それをクロノジェネシスに指摘された雨宮吾郎は星野アクアを殺して最愛の妹である星野ルビーに孤独な人生を歩ませてしまったことを後悔し、彼女と再び出会うためにトレセン学園に行くことを決意する。

 

 

 クロノジェネシスが前世でMEMが最後に語った、

 

「この世界はクソみたいな事件ばかり起こるどうしようもない酷い世界だけど、それでも生きていれば何かいいことがあると信じている。アクアくんが最期に何を考えてたのかはわからないけど、私達は君がいなくてもこの世界で頑張って生きていくから心配しなくてもいいよ(意訳)」

 

という言葉を雨宮吾郎に伝えなかったのは彼女なりの復讐だったのかもしれない。

 

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