完璧で究極のアイドルがGI九冠バに転生しました 作:雑穀ライス
「アイ!!!きゅ…救急車呼んだから!!」
リョースケ君が走り去った後、アクアが私以上に青ざめた顔をしながら私に言った。
「いやぁ油断したね。こういう時のためにドアチェーンってあるんだ。施設では教えてくれなかったなぁ」
「喋るな!しゅ…出血が……!腹部大動脈か、クソ……!!」
アクアが必死にタオルで私のお腹を押さえる。
あっという間にタオルが真っ赤に染まって、それでも血が止まる気配はない。
「ごめんね」
ぎゅっ、とアクアを抱きしめる。
「多分これ…無理だぁ」
少しずつ、身体から大切なものがこぼれ落ちていく感覚がはっきりと分かった。
「大丈夫?アクアは怪我とかしてない?」
「……してない」
「今日のドームは中止になっちゃうのかな……皆に申し訳ないなぁ。映画のスケジュールも本決まりしてたのに…監督に謝っておいて」
もうすぐ自分が死ぬと理解しているのに、驚くほど私の心は凪いでいた。
透明っていうか、余計な雑念がすっぱり抜け落ちた状態というか。きっとこれが悟りの境地ってやつだと思う。
「ねぇ、どうしたの…?そっちで何が起きてるの…?」
ドンドンと、私がもたれ掛かっているドアの後ろからルビーがドアを叩く音が聞こえてくる。
「来るなルビー…」
「ねぇってば!」
「ルビーのお遊戯会の踊り……良かったよー」
私はドアを挟んだ背中越しにルビーにも声を掛ける。
「私さ、ルビーももしかしたらこの先、アイドルになるのかもって思ってて。いつかなんかうまく行ったら、親子共演みたいなさ。楽しそうだよね。
アクアは役者さん?二人はどんな大人になるのかな。
小学校の入学式も見たいし、授業参観とかさー。『ルビーのママ、若すぎない~~』とか言われたい」
ああ、残念だ。
言葉にしてみると、未練がまだ沢山残っているのに気づいてしまう。
「…二人が大人になっていくの、傍で見ていたい」
きっとこの子たちは、私より立派な大人になれる。
きっとこの子たちは、私より幸せな人生を送れる。
――この子たちが幸せになれたなら、私はこの世界に生まれてきたことに意味があったんだって胸を張って言えると思うんだ。
目がかすんで、本格的に頭がくらくらとしてきた。もう痛さもほとんど感じない。
そろそろ本当に時間切れっぽい感じだ。
「あんまり良いお母さんじゃなかったけど、私は産んで良かったなって思ってて。えっと、他に……
あ……これは言わなきゃ」
「ルビー、アクア。愛してる」
私はずっと、「愛」というものが理解出来なかった。
でも、このギリギリのタイミングで「愛」というものがようやく分かったような気がする。
いま確信した。
愛とは、きっと他人の幸せを心の底から願う気持ちのことだ。
「あ、これは死ぬなぁ」と思った瞬間、頭の中に浮かんだのはアクアとルビーのことだった。
私は、アクアにが幸せになって欲しい。ルビーに幸せになって欲しい。
これは打算のない純粋な願いであり、最期の祈りだ。
よかった。
こんな私にも、人を愛することが出来たんだ。
こんなに嬉しいことはないよ。
「…ああ、やっと言えた。ごめんね。言うのこんなに遅くなって。
あー、良かった」
「この言葉は絶対、嘘じゃない」
その言葉を言った瞬間、部屋の電気が切れたみたいにふっと視界が真っ暗になる。
ああ、これで終わりか。
まぁ、仕方ないか。
ただ一つだけ心残りだったのは。
――キミにも伝えたかったな。この言葉。
とくん、とくん。
鼓動が聴こえる。
心が安らぐ、優しい音だ。
目を開けると、身体がすっぽりと収まる小さな部屋の中に私は居た。
カプセルホテルというか、MRI検査の機械の中というか。まあそんな感じの小狭い部屋だ。
明かりはついていなくて真っ暗な部屋だが、身体を包む生温い水が気持ちいい。
水の中で揺蕩い、居眠りする。
ここ最近働き詰めだったから、ちょうどいいかも。
ウトウトしながら、そんな時間をしばらく過ごしていたら。
急に部屋から押し出されて、目が眩むほどの光が広がる場所に流されるように連れていかれた。
「おめでとうございます。元気なウマ娘ですよ」
人の声が聴こえるが、光が眩しくて目を開けることが出来ない。というか息が出来ない。
「あぁー、あぁーー!!」
必死になって息を吐いて、吸う。流石に二回連続で死ぬのは御免だ。
「えへへ〜。この子がアタシの子供かぁ〜」
陸の上で溺れる恐怖を味わってたところに、誰かにぎゅっと抱きしめられる柔らかい感触があった。
「アタシがあなたのママだよ〜♡うりうり〜」
ママ。
お母さん。
なんだろう、この感覚。言葉の意味は理解出来るのに、状況が全く理解出来ない。
眩しくて目も開けられないし。
結局その日は、なんだかよく分からないまま力尽きて眠ってしまったのだった。
最初に推しの子1巻を読んだときの感想:
「ふざけんな!」
推しの子最終巻を読んだ後に推しの子1巻を読んだときの感想:
「ふざけんな!」