完璧で究極のアイドルがGI九冠バに転生しました 作:雑穀ライス
「お母さんっ!?」
「廊下を走らないでください!!」と叫ぶ看護師の声を無視して私はパンドラお母さんが入院している病室に駆けこんだ。
ノックもせずに、乱暴に病室のドアを開ける。
部屋の中にはお母さんが病室の清潔なベッドの上で眠っていて、その隣に私のお父さんが座っていた。
「お父さん!お母さんはどうなったの!?」
「眠っているだけだよ。大丈夫、ちゃんと生きてるから」
興奮して声が大きくなる私を宥めるように、お父さんが言う。
よかった、生きてる。
お父さんの言葉を聞いて、私はほっと胸をなでおろした。
「……お母さんは僕が診てるから、アイはもう帰りなさい。練習を途中で抜け出して来たんだろう?」
「ううん、練習なんかよりもお母さんのほうが大事だよ。何か私に出来ることある?なんでもやるよ?」
「……ああ、じゃあお母さんのパジャマと下着とタオルを家から持ってきてくれるかな」
「任せて」
お父さんの注文を聞いて、私はダッシュで家に帰った。
一時間ぐらいかけて家と病院を往復してパンドラお母さんの着替えとタオルを持って病室に戻ってきたけど、私が病院に戻って来た後もお母さんはまだずっと眠ったままだった。
次の日も。
その次の日も。
お母さんは、眠り続けたままだった。
――お母さんが倒れてから、一週間が経過した。
お母さんを診てくれているお医者さんの先生は「出来る限りのことをした」と言っているが、お母さんが目覚める気配はない。
「……お母さん以外にもこんな感じの病気になった人、いるの?」
「います。『ラインクラフト』というウマ娘が、貴方のお母さんと同じ症状でずっと眠り続けています」
お医者さんにそう尋ねたら、事例はあるという答えが返ってきた。しかしそれは私の求めていた答えではなかった。
私は「お母さんと同じ眠り病にかかって治った人がいるのか」ということを聞きたかったのに。
「……ラインクラフトはいつから眠り続けているの?」
「18年前からです」
ラインクラフトというウマ娘は私が生まれる前からずっと眠り続けているらしい。それを聞いて、私の胸の奥がずしりと重くなったのを感じた。
ネットで調べたけど、六ヶ月以上意識不明のまま眠り続けている人のことを世間一般では植物人間というらしい。そうなってしまった人は再び意識を取り戻す可能性はほとんどないという話だった。
嫌だ。
お母さんが、いなくなっちゃう。
フサイチパンドラ。
私のお母さん。
前世のお母さんと違って、パンドラお母さんは私にすごく優しかった。
前世のお母さんは、私がお母さんより美人だったことに嫉妬して私を虐待した。
パンドラお母さんは、私が美人に生まれたことを心から喜んで褒めてくれた。
前世のお母さんには、ガラス入りのご飯を食べさせられた。
パンドラお母さんは、米に混ざった小さな石を私に食べさせないようにご飯をお粥にして食べさせてくれた。
前世のお母さんにぶたれないように、私は必死に「嘘」で自分を取り繕って媚びた。
パンドラお母さんは「私に嘘なんてつかなくていいんだよ」と言って、嘘をつかなくても無条件で私を愛そうとしてくれた。
パンドラお母さんが「キラキラしててとても綺麗」と言ってくれた私の瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。
私はパンドラお母さんにはいっぱいいっぱい愛してもらったのに、まだ何も返せていない。
嫌だ。
愛してるのに。
幸せになって欲しかったのに。
痛い。
痛いよ。
――愛する人を喪うって、こんなに心が痛くなるんだ。
そうやって張り裂けそうな胸の痛みを堪えていると、ふと別の考えが私の頭によぎる。
もしかして、私が死んだときもヒカルやアクア達はこんな風に苦しんだのだろうか。
ああ、やだな。
あれだけ「愛してる」って叫んでいたのに、やってることは結局逆効果だった。
一番幸せになって欲しかった相手に痛みと悲しみしか残せていない自分がなんだか嫌になって、私はそっと目を閉じた。
「――どったの?泣いてるの?アイちゃん」
そうやって自己嫌悪に陥っていた私に、私を気遣う優しい声が聞こえてくる。
慌てて顔を上げると、ベッドの上でパンドラお母さんが目を開けてこちらを見つめていた。
「お……おかあさんっ!!!」
「わっ!ちょまっ!?」
感涙極まった私は、パンドラお母さんが昏睡状態から目覚めたばかりの病み上がりだということも忘れてお母さんに抱きつく。
「もう…アイちゃんは甘えん坊さんなんだから」
そんな考えなしの馬鹿な私を、お母さんは優しく頭を撫でてくれた。
「――アタシが寝てたときに見た夢の話なんだけどさ」
私の頭を撫でながら、パンドラお母さんが話す。
「右も左も分からない真っ暗な道をずっと歩いててさ、どこまで歩いても出口はなくて。まいったなーと思いながら私の前をひらひら飛び回る蝶々を追いかけてたらそこでくーちゃん先輩と出会ったんだよね」
くーちゃん先輩。
お母さんが、ラインクラフトを呼ぶときの名前。
彼女はお母さんがまだ学生のときに突然意識不明になって、今でもまだ眠り続けているらしい。
「すっごく懐かしくてさ、近寄ってお話しようとしたら怖い顔で『こっちにこないで』って止めてくるの。で、くーちゃん先輩が私の後ろを指差すからなんだろうって振り向いたら泣いてるアイちゃんの姿が見えてさ。それで慌てて急いで引き返してきたところで目が覚めたんだ。
今思えばヤバかったかもねー。アイちゃんいなければ私、死んでたかも?」
そんな恐ろしい話をあっけらかんとした表情でパンドラお母さんは語る。
なんだっていい。お母さんが生きていてくれているのならそれでいい。
「…私じゃないよ、お母さんを助けたのはラインクラフトだよ」
「んー、そうかもね」
「ラインクラフトが目を覚ましたら、お礼を言わないとね」
私がそう言うと、そこでお母さんは私の頭を撫でるのを止めて自分のほっぺたに指を当てて考え事をするような仕草をした。
「じゃあアイちゃん、くーちゃん先輩のお見舞い、行ってみる?」
「えっ」
意識を取り戻したお母さんが退院した後、私はお母さんに連れられてラインクラフトが入院している病院の個室を訪れた。
「ほらほらほら、くーちゃん先輩!見て見て!この子、私の娘~!!」
「わわっ」
お母さんが後ろから私の背中を押して、ベッドで眠っているラインクラフトの前に押しやってくる。
ベッドの上で眠り続けているラインクラフトは特に
「この子、未来のトリプルティアラ娘なんだよ!すごいっしょ?ヤバいっしょ?」
「ちょっとお母さん、何言ってるの」
突然お母さんがラインクラフトに私の経歴詐称をし始めた。私トリプルティアラどころかまだ未勝利戦を一回勝っただけなんだけど。
当然ながら、眠り続けている彼女からの反応はない。でもきっと話しかけ続けることこそが大切なのだろう。
お母さんとラインクラフトとの絆が、お母さんを救ってくれたのだから。
「大丈夫!アイちゃんなら出来る!だってアイちゃんはアタシの自慢の娘で、私と違って本物の天才だし!」
両手でガッツポーズをしながらお母さんが言ってくる。お母さんの愛と期待が重い。
でも、うん。
「お母さん、私がトリプルティアラ獲ったら嬉しい?」
「もち!」
そっか。
私が勝ったら、お母さんは喜んでくれるんだ。
「じゃあ私、トリプルティアラ獲るよ」
「おっしゃー!アタシアイちゃんのこと、全力で応援するからね!!」
私の決意を聞いたパンドラお母さんは飛び上がって喜ぶ。ちょっと、病室ではしゃいだらダメだよお母さん。
――私が走るのは、ウイニングライブで歌うためだった。
でも、そこに新しい目標が出来た。
私を産んでくれて、私を愛してくれたお母さんにとびきりの愛をプレゼントするために。
私はトリプルティアラを取る。
私の中で、何かのピースがカチリと嵌ったような感覚がした。
実質ここまでがプロローグ。
正直色々と書き直したい