今回は特に言うことはないっすね。
この世の文明は失敗があるから成功がある。失敗は成功への確率を上げる。
何かを発明する時は大体失敗をする。失敗をして当たり前。
でも、天才はそうとは限らない。天才はみんなから期待される。その期待を背負いすぎて押し潰される。期待はいつだって邪魔をする。嬉しいはずなのに邪魔である。
天才の弥生はそれを知っている。その辛さを味わっている。失敗するのが怖くなって、失敗をし続けると焦燥感にかられる。
「私はね、幼乃にそんな辛い目に会わせたくないの。幼乃は本当に研究が好きで好きで。幼乃はね、研究が成功すると『儂、成功したぞッ‼︎』って言いながら満面の笑みで私を見るの。宝石みたいにキラキラした目にぷっくりと膨らんだ頬っぺた。私は幼乃のそんな笑顔が大好きなのよ」
「だからって、幼乃から研究を奪うまではしなくてもいいと思うんですけど」
「別に奪う気はない」
彼女はあっさりとそう答えた。
「幼乃には天才の称号を持ってほしくないだけ。幼乃には楽しくやっていてほしい」
「天才の称号とか光栄じゃないっすか。むしろカモンベイベーって感じっすよ」
「まぁ、それは人それぞれの考え方によるけど私は嫌なんだよね、そのレッテルが。私はその辛さを味わった。だから、分かるの。天才って言われるからには何かを残さないといけない。自分が天才である印を残さないと天才としては認められない。そして、その印を残せないと自然消滅する。みんなから忘れ去られたように、自分の姿が透明にでもなったようになる。私はそれが嫌なの。それを幼乃に味わってほしくない。それで幼乃が研究を嫌いになってほしくない」
俺たちはそれを聞いてその時は何も言い返せなかった。弥生がしようとしているのは幼乃のためである。
幼乃が天才になってしまうと、幼乃に他の人たちの期待というプレッシャーがかかる。そして幼乃がその期待に答えるとそのプレッシャーは倍になって返ってくる。
その期待に答えられないと他の人から一気に突き離される。周りに人がいたのに、それが一気にいなくなる。その時の寂しさは心に鉄の釘が刺さったようである。
「だから、私はそれを幼乃に背負わせないために色々な事をしてきた。幼乃に研究者として生きてほしくないから厳しく叱ったり、幼乃と一緒に研究した事を全て私の手柄とした」
「全て自分の手柄に?」
「ええ、幼乃と一緒に研究していた事を『これからは私一人でやる』って言ったの。それで、私は有名になった。今では噂にもなってるわよ。私が幼乃を裏切ったっていう噂にね」
流石に、それはいささかやりすぎではないのか。それには幼乃がその研究にかけた思いというものもあるのではないか?それを自分のものだけにするのは不公平だ。
でも、弥生が幼乃に何故そこまで嫌な事をするのかという理由も分かる。
俺にも妹がいる。自分の兄妹、姉妹にはそんな事させたくないっていう気持ちがある。
弥生は俺たちに思いを話すと俺にこう言った。
「君、GHBなんでしょ?この依頼受けてくれるかしら?」
その目には圧力がある。それだけ本気という事でもある。
「イイっすよ。その依頼受けます」
俺がそう言うと北瀬は「おい。いいのかよ?」と言ってきた。どうやら北瀬は反対意見だったらしい。
まぁ、俺は意見とかまず無い。
「じゃぁ、出来る限り頑張ります」
「出来る限り?」
「あ〜、粉骨砕身努力っす」
「そう、じゃぁ、期待するわね」
「ええ、期待してくれてどうぞどうぞ。でも、先客が先っすけど」
期待してくれて構わない。だって俺は天才ではない。凡人なのだから。