ガタンゴトン、ガタンゴトン。
いつもの風景が、いつもの場所から見える。電車に揺られて、つり革が揺られて、目の前が揺れる。
倉本と二人で帰っていた。ちょこんと席に座って、期末試験範囲を見直す。教科書を開いて、横にずらっと並んでいる文字を目にすると、元々ないやる気がさらに減る。活字が俺のやる気をそぎ落とし、まぶたを重くさせる。
一説によると、電車の揺れのリズムは母親の心拍と似ているらしい。乳児の時、母親に抱かれる。その時、私たちはその母親の心音を聞いている。そのリズムは安心できるんだとか何だとか。だから、眠くなってしまうらしい。
別に信じているわけじゃない。ただ、眠くなると、母親の心拍ってこんなリズムだったんだ。そう考えさせられるのである。
もう小さい頃のことなんて覚えていない。過去のことはもう忘れた。そう心の中でいつもいつも言っている。
けど、本当は覚えている。嫌ってほど覚えてしまっている。小さい頃、このイカツイ顔のせいでロクな目にあってこなかった。それ関係の事が、俺にとって嫌な過去。
みんなの過去と比べてみては、全然辛くもなんともない。ただのコンプレックスなのである。けれど、それでも嫌なものは嫌なんだ。その嫌って思いは、いつになっても変わることはない。
過去は振り返らない。それが一番いいと思っている。けど、たまにそう過去を振り返る。何となく、考えてしまう。その度に、また少しだけ嫌な思いをして、そのコンプレックスにまた棘を出す。
「なぁ、過去って振り返った方がいいと思うか?」
数学の教科書を開いていた倉本にそんなことを聞いてみた。倉本はじいっと俺を見て、言った言葉はこれだった。
「いきなり何を言い出す?キモッ!」
まぁ、そうだよね。倉本だもんね。そんな妥当な返事をしてくれるわけないよね。うん。知っていたのに、何で倉本に聞いたんだろう。倉本に聞いた俺がバカだったわ。
それでも、母親の心拍を聞きながら浴びせられた罵声は俺を現実へと引き戻す。難しく考えることをやめさせられる。直感的に、そうさせられる。
「過去は、振り返ってもいいと思うぞ」
「……へぇ、意外とちゃんと返事するもんだね」
「お前は私をなんだと思っている?まぁ、愚民に聞いていたところで意味のないことだ」
倉本はそう言うと携帯のデータフォルダを開いて、その中から何かを探し始めた。で、指をスクロールして、何かを見つけたようである。彼女は見つけたものを俺に見せてきた。
写真である。俺たちGHBの夏合宿の写真である。まぁ、合宿といっても、俺の実家にただ泊まるだけっていうどうでもいいお泊まりであった。
「まぁ、これを見せたところで、愚民のお前はどうせ、『どうでもいい』とでも思っているだろ?」
「いや、まぁ、おっしゃる通りで……」
「……まぁ、確かにどうでもいいものだった。あんなの、少し田舎にホームステイすれば体験できることだった。そう、それだけのこと。それだけのことのはず、なのに、私の中ではあの時の線香花火がまだ火花を散らしているんだ」
「……クセェこと言うな」
「お前だっていつも言うだろ。たまには私にも言わせろ」
倉本はデータフォルダの写真を見ていた。なので、俺はこっそりと覗き見た。見てみると、俺たちの写真が大半を占めていた。中学までくらいの写真は全然なかった。20枚にも満たないくらい。でも、高校になってから彼女のデータフォルダは色とりどりの写真が撮られている。
「楽しそうだな」
「ああ、楽しいぞ。……お前には何か楽しいことはないのか?」
「俺か?……俺は……」
俺は一旦考えてみた。
けど、その瞬間思いつくようなものがなかった。
まぁ、俺にとって楽しいことはないのかもしれない。
可もなく不可もなく。
最高じゃないか。
そう思いながら、今日もいつもの電車に揺られる。
で、眠くなる。