「おはようございます!柚子木くん」
俺が教室に入ると一番に聞こえた声。白浜である。毎日のようにその言葉が彼女の最初の言葉であり、まるでメイドから挨拶されているような気がする。それだけ礼儀正しい。
「おお、白浜か。おはよ」
で、俺はそんな白浜に返答をして通り過ぎてしまう。別にこれといった理由はない。前までだったら、理由なんていくらでも付け足せたが、今はそんなことはない。
嫌いってわけじゃない。好きである。俺は白浜のことが好きである。でも、なんか前までの思いとは違う。前までは、もっとこう全面的に好きを表してないと、自分の中でその思いが破裂しそうだった。けれど、今は違う。そんな思いが一切ないのだ。ただ、彼女が好き。それだけであり、それに特別な思いもない。
白浜は俺に頭を下げた。
「ありがとうございます。今度、私の誕生日会を企画してくださったんですよね?」
「いや、企画したってわけじゃない。企画したのは
「えっ?でも、北瀬くんが『企画したのは柚子木』くんだって教えてくれましたけど……」
あのバカ、変なことを白浜に教えるなよ。白浜は何かを人にしてもらったらとことんそのお礼をしようとしてくるのに。しかも、そのしてあげたこととは次元が違うくらいの過度なお返し。それが嫌だから、俺はこの誕生日会に参加したくなかったのに……。
こいつのお返しは少し、いや結構度が過ぎている。何もそうされると、こっちの方が気を使わないといけなくなる。それがとことん嫌なのだ。
対等にいたい。なのに、彼女が対等にいようとしないんだ。
彼女はそれでもまた頭を下げた。へりくだるその姿を見させられるのはもう勘弁なのに。
「それでもありがとうございます。お誕生日会に参加していただいて、私は嬉しいです。こんな私のことを考えてくださってありがとうございます」
普通に聞けば別に変なところは何にもないお礼の言葉。でも、俺にはその言葉がセンサーにひっかかったのだ。
『こんな』。俺にはその言葉がすごく邪魔な言葉でしかならなかった。また白浜は自分のことを軽い存在に扱った。自分のことをまるで大切にしていないかのようにも思える。
何で、こんなにも白浜は自分のことを重く考えないのか。自分よりも他の人のことを考えるのか。それが俺には到底理解できない理由だろうとはわかっている。それでもなんとなく、知りたいと思うようにはなっていた。
ただ、俺は堂々と人に物事を言えるような奴じゃない。だから、気に障るようなことは極力避けたいし、そのことに関しては俺も敏感である。だから、いつも聞けないままでいた。
そして、今日も……。
「ほら、一時間目の授業の準備でもしとけよ。次は浦部ちゃんの歴史だからさ。めんどくさいよ〜」
聞けないままでいる。
その時である。俺の後ろから倉本がひょっこりと顔を出して、白浜にこう聞いた。
「昨日はどこに行っていたんだ?」
あまりにも単刀直入な言い方だった。白浜はその質問に少したじろいだ。でも、またすぐにいつもの白浜に戻った。
「昨日は……命日だったんです。大切な人の……自分の……」
その時の白浜の顔は何時になっても忘れられないものとなった。まるで希望もなにもないような笑顔を俺たちに見せた。その空っぽの笑顔を彼女が初めて見せた瞬間だった。