笑顔を絶やしてはならない。そう白浜は言った。それは感情を殺せと言っているようなものである。嬉しくても、悲しくても、怒っていても、楽しくても、つまらなくても全てを笑顔にすることは、感じた思いを無にしているのと一緒である。
笑えなくなると言っているが、もう彼女は心の底から笑っていないだろう。全てに笑えるなら、その笑いが普通となって笑いという概念自体がなくなる。彼女にとって笑うことは心情表現ではなく、固定された顔である。
白浜は俺の目の前で笑っている。その笑顔も今ではホンモノかどうかが怪しい。いや、多分ニセモノの笑顔だろう。
「なんかあったのか?」
俺はふと、そう聞いてみた。なんとなくというようは雰囲気を出しておいて、本当は聞きたいこと。それをふと聞いてみた。
別に聞いたところでどうってわけじゃないだろう。今の白浜は誰かに迷惑をかけているというわけではないし、彼女自身も嫌という素振りは見せていない。苦痛そうでもないから、彼女の考えを尊重すれば直すようなことでもない。
ただ、クラスメイトとして、同じ部活の仲間として、一人の友達として彼女を知っておきたい。彼女がどのような過去を持つのかを知りたい。単純な知識欲である。
俺の質問は愚問であった。その時だけ、嫌そうな笑顔を俺に見せつけてきた。
「あまり、話したくはない……かな」
無理してでも笑顔を続けようとする彼女が少しだけ見苦しく見えてしまう。別に笑えば、誰かが笑うわけじゃない。自分がもう笑えなくなるのを阻止するためだけに笑顔になっている。
冬の寒さが窓越しに部屋の空気を寒くする。もうすぐ期末試験だからという理由で俺は帰ることにした。もちろん、そんな理由は後付けの理由であり、本当は白浜と一緒に居たくなかったからである。
廊下を歩いていると、清戸と会った。どうやら清戸も帰るようである。清戸はニコニコしながら俺の方を見ている。
「おお!柚子木くんじゃないか!」
「ちわっす」
「ん〜?どうした?浮かない顔だねぇ」
清戸はしつこく俺につきまとう。俺は何となく機嫌が悪かったから、清戸がすごくうざかった。けど、それでも俺のことを心配してくれているのはわかった。
「ん〜?誰かにふられた?」
が、やっぱりうざい。
ここであってしまったが運の尽き。俺はしょうがなく、清戸と一緒に下駄箱まで行く。靴を履き替えて、玄関と校門を出る。その時、清戸が俺の肩をポンポンと叩いた。
「なんっすか?」
不機嫌そうな顔の俺は、ニコニコ笑顔の清戸を見る。
「そのさ、お参りに行かない?清戸喜助の」
清戸喜助。俺に喧嘩とは何かを教えてくれた人である。俺からしてみれば恩師みたいなもんだ。数年前にその人は突然亡くなった。理由は冬の凍った道路で起きるスリップ事故で対向車線の車と衝突したらしい。
俺はその清戸の笑顔が白浜とは正反対だけど、どこか似ていると思った。
俺は少しだけ、もう少しだけ清戸と話していたいなと思ってしまった。
「行ってもいいんですか?」
「うん。じゃぁ、行こう!」