俺は北瀬とフードコートで飯を食っていた。机を挟んで、二人座る。俺はうどんを、北瀬は餃子と炒飯を食べていたが、二人の間に言葉のキャッチボールはなかった。二人とも相手にボールを投げようとはせず、目は飯の方に向いていた。
腹は減っていた。けど、それだけが理由じゃない。ただ話すのが気まずいだけであった。話したら、絶対に湯島の話になってしまうのが目に見えてるし、話したくはないのである。でも、話さないと場が湿気ってしまう。だから、飯を食うというその場しのぎの方法をとった。
けれど、その場しのぎの方法はもう使えない。飯が食べ終わってしまったら話さないといけなくなってしまう。それが嫌だから、食べるスピードが二人とも自然と遅くなっていた。
けど、飯の時間なんてあっという間に終わってしまう。俺の箸が最後のうどんをとった時、俺はどうしようという危機感に襲われた。俺は下を向くことができなくなり、前を、北瀬の方を向くしかなかった。
考えたくもない話を北瀬とはしたくないから、とりあえず俺は北瀬と話すことをとっさに考えた。エロい話、ゲームや漫画の話、飯の話、学校や部活の話。いっぱい頭の中に話すお題を浮かばせて、俺は北瀬の方を向いた。
北瀬も俺とまったく同じ時に頭を上げた。それを見てしまったら、俺の心の中に少しの余裕が生まれた。
あっ、こいつも同じなんだ。
その心の余裕が命取りとなった。心に余裕ができてしまい、頭の中に浮かんでいた話のお題がポーンと何処か遠くへ飛んで行ってしまった。俺の目では見えないほど遠くへ。
俺は北瀬の顔を見て固まった。何を言えば良いか、俺には見当もつかない。なんて言葉をかければ良いのかもわからないのである。
しかし、北瀬も俺の顔を見て固まっていた。ただ、俺の顔を見て、気まずそうに目を背ける。それでも彼の口は動くことなく錆びれた言葉が彼の喉のあたりから出てこない。
あまりにも気まずかった。だから、もう何か声を出そうと考えた。何でもいい。まず声を出してから、考えればいい。
「そのさ、北瀬……」
俺は声を出した。北瀬は俺の方を、目を見た。俺が何を言うのかを待っているかのようであり、今の俺にはやめてほしい表情であった。
俺は必死に頭の中の記憶のタンスを片っ端から全て開けて、面白そうな話のネタを探した。けれど、タンスの中に入っているものは全部、湯島のことであった。湯島のこと以外、俺は考えつかなかった。
「そのさ、湯島のことなんだけどさ……」
禁句を言った。この状況を打破する唯一の言葉であり、言ってはならない禁句であった。
湯島にはこう念を押されていた。北瀬が気付いても、何も言わないようにと。北瀬は変なところで勘が当たる。しかし、勘は所詮、勘である。だから、勘のままにしておけというのが湯島からの命令であり、願いであった。
今、湯島のことを喋ってしまったら、勘が真実に移り変わるかもしれない。そしたら、北瀬は何をしていただろうか。俺にはそれが恐ろしくて想像したくなかった。
俺も昔はそういうことがあった……。今のあいつは元気だろうか……。
俺はその経験を知っている。身近な人がそういうことだと知ると、自分が自分で無くなってしまうくらい悔しい。今まで、薄っすらとしか気付いていなくて、側に寄り添うことができなかった自分が悔しい。
「その……いや、何でもないわ」
俺は北瀬の身を案じた。そして、湯島との約束を守った。
俺は北瀬と話すのが嫌になった。話したくなかった。一緒にいるのが嫌だった。だから、俺は適当な嘘をついて、その場を離れた。
男らしくない行動であった。
「……ごめん、北瀬」