「分からない?それはどういうことだ?」
あまりにも予想を逸脱した言葉が彼女の口から出てきた。それだけならまだしも、彼女の表情はあまりにも暗く翳っている。
「そのさ、あんたのお陰か何なのかは知らないんだけど、彼に私の居場所分かっちゃってさ。それで、たまに来てくれるようになったのよ」
確かそれは俺が仕組んだことだ。北瀬をこの病院に連れてきて、彼に湯島が元気にしている姿を見せた。遣る瀬無い姿を見せながらも満足していたのを覚えている。
そうか、その後あいつはここに何度か来ていたのか。まぁ、それは予想の範囲内だったが、北瀬はどうやら俺が教えたと言ってはいないらしい。それを言われてしまっていたら、今この場で湯島にこっぴどく叱責されていただろう。
「で、それからどうした?話の続き的には別に別れるとかそういう感じは見えてこないんだが」
「いや、別れるとか言わないでよ。気が滅入る」
彼女は少し溜息を吐き落胆する。実際、振られたのかどうかも分からないのだから、振られたかもしれない現実が怖くて、それを引き起こしてしまった自分が嫌になっているのだ。
「まぁ、別れ話なんて持ちかけられてもないし、ちょいちょい彼はここに来てくれるんだよ。ほら、このノート。これも彼の」
彼女はさっき俺が貸したものだと言い張ったノートの表紙を俺に見せた。そこに書いてあるのは北瀬守という名。
「それって別れてないんじゃん?」
そんな現状を見せられた俺は別れていないだろうと感じてしまう。
「そうなんだけどさ、彼、サッカーやってるじゃん?それで部活に一生懸命になってきて。前まで彼はそんな人じゃなかったんだけど、なんでか私が病気だと知ってから頑張るようになって」
「それはそれでいいんじゃないか?確かにあのバカが何でそんなにサッカーにのめり込んでるのかは知らないけど、部活を頑張るのは悪いことじゃねーし」
「でも、彼ってそんな人じゃないから、どこか変わった気がしちゃうんだよ」
北瀬がどこか変わった気がする。それは俺だって感じていた。あいつはそんなに部活を一生懸命頑張るタイプじゃない。なのに、あそこまで頑張っている姿を見せられたら、俺の知っている北瀬がいないって思ってしまう。
実際、もう俺の知っている北瀬はいないから、北瀬とは距離を置く羽目になっている。
「彼、部活に専念しちゃってさ。いや、別にそれはいいんだけど……。それから彼がここに来てくれなくなっちゃったの。私のことが嫌いになったからかは分からない。部活が楽しいのかも分からない。ただ、会えないなって思って」
「北瀬に部活ってものができて嫉妬してんのか?」
「いや、そういうわけじゃ……。まぁ、少し嫌だけど」
私だけを見ていてほしいっていう思いが彼女にあって、でもその思いに気付かない北瀬はサッカーを全力で頑張っている。
よく見るとノートに書いてあったものは二学期の期末の試験範囲で、今年の授業のことは何一つとして書かれていない。多分、このノートは去年のノートなのだろう。
恋する乙女心はなんとも難しいものだ。私のことを見ないでと言っては、今度は私のことを見てと言っている。
そんなの、どの女も一緒なんだな。過去の追憶に少しだけ浸った。中学の頃、好きだった女の子がいる。初恋とまではいかないけど、好きだった。
その子もそんな気持ちだったのかな。