アバカブ号は小惑星の影に身を潜め、メインエンジンの出力を最小限に下げていた。船内を流れる微かな振動と人工的な空気の音。自室のベッドに横たわっていた恭介は眠りにつくことができず、暗い天井の一点を見つめていた。
網膜に焼き付いているのは、先刻目にしたあのロケットの中の写真だ。
(あの人の目。まどかさんに似ているだけじゃない。僕は、あの目を知っている。知っていなきゃいけなかったんだ)
恭介はゆっくりと身体を起こし、暗闇の中で自分の両手を見つめた。ロケットを拾い上げた瞬間に走ったあの正体不明のノイズが、静寂の中でより鮮明な形を伴って脳裏に響き始める。
目を閉じると冷たい船室の空気は消え、穏やかな夏の日の光景が蘇ってきた。
(そうだ。あの夏、僕たちはいつも三人でいたんだ)
記憶の底から溢れ出してきたのは、飾らない日常の断片だった。
そこには写真の中の彼女――まどかの先祖である少女――と恭介。そして、今と変わらぬ姿のひかるがいた。
三人はいつも一緒にいた。恭介と彼女は互いに想い合い、将来を共に歩むことを当然のように信じていた。ひかるは恭介を深く愛しながらも、そんな二人を一番近くで見つめ、支え続けていた。恭介が彼女に向ける眼差しを誰よりも近くで感じながら、ひかるはただ穏やかな時間の守り手であろうとしていたのだ。
けれどその未来は唐突に閉ざされた。
恭介の内に秘められた強すぎる力。それが政府の目に留まり、彼は人間ではなく未来の技術のための検体として管理されることになった。強制的な凍結保存。
それは、結ばれるはずだった彼女と、同じ時間を生きる権利を奪われることを意味していた。
迎えの船が来る直前、海岸で二人は言葉を失っていた。
「これ、持ってて」
恭介は自分の首から外した銀色のロケットを手に取った。それは恭介にとって、この世で一番大切にしていた宝物だった。その中には彼女の写真が入っている。
「いつか僕が目覚めた時、これを目印に君を、君の面影を必ず見つけるから」
震える彼女の掌を包み込むようにしてロケットを押し付ける。掌の温もりと銀色の冷たさ。それが二人で過ごした夏に残した、最後の約束だった。
――その瞬間。
恭介は暗闇の中でハッと目を見開いた。
脳内のノイズが消え、視界を覆っていた霧が一気に晴れていく。
「そうか。あれは僕が渡したものだったんだ」
点と線が300年の時を超えて繋がった。
まどかが「家にずっと伝わっている」と言っていたあのロケットは、彼女の子孫が恭介との約束を信じ、300年という月日を代々大切に守り続け、今のまどかに届けてくれたものだった。
「彼女は、約束通り、僕を待っていてくれたんだ」
恭介の目から自然と涙が溢れた。
自分はただ時間を飛び越えてきただけだ。だが彼女の一族は、あの日海辺で交わした約束を家の言い伝えとして途切れることなく繋いできた。
その時、部屋のドアの外、通路の影にはひかるが立っていた。
彼女のセンサーは恭介の脳波が過去の記憶と完全に同期したことを捉えていた。
(センパイ。気づいてしまったんですね。あのロケットが、あなたが最後に彼女に残した約束だったということに)
ひかるは壁に背を預け、静かに立ち尽くした。
300年。行方不明になった恭介を宇宙の果てまで、星の一つ一つを巡るようにして探し続けてきたのは自分だ。
恭介を深く愛し、ただ彼だけに寄り添いたいと願って彷徨い続けた旅。ようやく見つけた大切な主人が、今暗闇の中で想い馳せているのは自分の300年間の献身ではなく、あの日、自分が隣で見守るしかなかった二人の約束だった。
(残酷ですね、センパイ。私を、300年あなただけを追い求めてきた、今の私を見てほしいのに)
恭介の想いが今、300年の封印から完全に覚醒した。
(第11話へ続く)