静寂は、船体を鋭く引き裂くような衝撃音によって打ち砕かれた。
「っ、敵襲!?」
自室のベッドでようやく取り戻した記憶の重さに涙を流していた恭介は、叩きつけるような振動に意識を現実へと引き戻された。非常用の赤いランプが不吉に回転し、耳をつんざくアラートが船内に鳴り響く。
『恭介! 起きてる!? お願い、すぐにブリッジに来て!』
通信機から届くまどかの声はこれまでにない恐怖に震えていた。恭介は乱暴に目元を拭うと、激しく揺れる通路を走り抜け、ブリッジへと飛び込んだ。
メインモニターには絶望的な光景が映し出されていた。
小惑星帯の隙間を埋め尽くすようにして、二十四隻もの追撃艦がアバカブ号を包囲していた。
「ひかる、状況を教えてくれ!」
「敵艦隊、全方位より接近。ですが、まだ道は作れます」
コンソールに向かうひかるの声は恐ろしいほどに透き通っていた。彼女の指先はもはや目にも止まらぬ速さでキーを叩き、電子の海を泳いでいる。
「敵の火器管制システムへ強制介入、ハッキング、成功。追撃艦同士の照準を同期させ、同士討ちを誘発します。デコイ信号、全方位射出」
ひかるが指を動かすたび、モニターの中で敵艦同士が混乱し、次々と爆炎を上げた。降り注ぐレーザーの雨がデコイに惑わされ、虚空を穿つ。ひかるの圧倒的な電脳戦によって、二十四隻あった敵艦は瞬く間にその数を減らし包囲網にわずかな穴が開いた。
「すごい、敵が、自分たちで!」
まどかが計器盤にしがみつきながら驚愕に目を見開く。アバカブ号が自動航行でその隙間へ滑り込もうとした、その時だった。
「――待ってください。正面、空間歪曲を確認」
ひかるの警告が響くと同時に、アバカブ号の目の前にそれまでの追手とは比較にならない巨大な影がワープアウトしてきた。逃げようとする彼らの正面前方を塞ぐように現れた、要塞のような母船だ。
背後には残存する追撃艦、そして正面には逃げ場を塞ぐ巨大な壁。
「重力波トラップ展開。電子攻撃を完全に遮断されました。ハッキング、無効化されます」
ひかるの声に初めてかすかな揺れが混じった。船体にこれまで以上の衝撃が走り、ブリッジのパネルが次々と火花を吹く。シールドは残り数パーセント。前後の敵に挟まれ、アバカブ号は完全に詰んでいた。
「もうダメよ、逃げられないわ……!」
まどかはコンソールに顔を伏せ、激しく震えていた。その時ひかるが静かに立ち上がった。
「センパイ。まどかさん。船の制御を、自動回避パターンに固定しました」
「ひかる? 何を」
ひかるは恭介を振り返った。その瞳には、300年前のあの夏の日、海辺で微笑んでいた時と同じ穏やかで晴れやかな光が宿っていた。
「私の動力炉は過負荷をかければこの空域を無力化できるほどの熱量を持っています。私が、何とかします」
「何をする気なんだ!」
恭介が駆け寄ろうとしたが、ひかるは素早くエアロックの隔壁を閉じた。透明な強化ガラス越しに二人は見つめ合う。
「300年。私はあなたを探し続けました。気の遠くなるような暗闇の中で、あなたの鼓動だけを道標にして。ようやく出会えたあなたを、二度とあんな冷たい暗闇に帰したくありません」
「ひかる! 開けてくれ! 一緒に逃げるんだ!」
「センパイ、大好きですよ。あの日、海辺であなたが言った約束。まどかさんを、どうか守ってあげてください」
ひかるは優しく微笑むと、宇宙へと続くハッチを開放した。
アバカブ号から一筋の光が放たれる。真空の宇宙へと飛び出したひかるの小さな身体が急速に白熱し、正面の母船へと一直線に突き進んでいく。
「ひかる――!!」
恭介の絶叫が真空に消える。
次の瞬間、漆黒の宇宙が真っ白な光に塗りつぶされた。ひかるの300年分の想いを込めた献身は、巨大な母船を、そして包囲網を、跡形もなく飲み込んでいく。
光が収まったとき、そこにはもう彼女の姿も、敵の影もなかった。ただ一筋の美しい電子の残響だけが、星のように輝いていた。
(最終話12話へ続く)