真っ白な光がゆっくりと収まり、宇宙に再び静寂が戻ってきた。
あれほど執拗だった追跡艦も、正面に立ちはだかった巨大な母船も、今はもうどこにもない。ただ、ひかるが散った場所にオーロラのような美しい電子の粒子が漂い、淡いオレンジ色に輝いているだけだった。
「ひかる……」
ブリッジの強化ガラスに手をつき、恭介は絞り出すような声で呟いた。
いつも隣で、少しおどけた調子で「センパイ」と呼んでくれたあの声は、もう聞こえない。その事実が、冷たい静寂となって恭介の胸に突き刺さった。
「消えちゃった。私たちを守って、ひかるが」
コンソールの横で崩れ落ちたまどかの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
恭介の視線は泣きじゃくるまどかの胸元で静かに揺れる、あの銀色のロケットに注がれた。
ひかるが300年かけて探し続けていたのは、恭介の身体だけではない。凍結によってすべてを忘れていた彼が失くしてしまった、あの日の記憶と、大切な想いそのものだった。
その時、沈黙していたアバカブ号のメインコンピュータが静かに起動音を鳴らした。スピーカーから聞き慣れたひかるの声が微かに漏れる。
『目的地を、変更しました』
それは、ひかるが消える直前にシステムに組み込んだ最後のプログラムだった。
『座標セット完了。センパイ、……ありがとう』
それがひかるの遺した最期の言葉だった。
オレンジ色の光の粒子が宇宙の闇に溶け込み、アバカブ号は静かに加速を始めた。
☆
――時は流れ、アバカブ号はひかるが指示した惑星に降り立った。
そこには300年前の記憶を呼び覚ますような、どこまでも青い海と真っ白な入道雲が広がっていた。
波打ち際に立ち、まどかは胸元の銀色の鎖に手をかけた。
「……あなたにあげるわっ、」
まどかは首から光のように輝くロケットを外し、何でも無いものを誰かにあげるかのように恭介の手のひらに乗せた。
「一族の宝物としてずっと大切にしてきたものだけどさ。勝手に人にあげて良いものなのかも分からない。……でもね、」
まどかは少し視線を落とし、砂浜を洗う波を見つめた。
「あなたを見ていると、感じるの。これは、あなたに渡すために、持ち続けて来たんじゃないかって」
恭介は手の中のロケットの重みを感じながら、ゆっくりとその蓋を開いた。そこには300年前のあの日、彼が自ら収めた愛する女性の写真が入っていた。
「これはね…、僕が昔、君の先祖、――僕が愛していた人に、渡したものなんだ。いつか僕が目覚めたときに、必ず見つけ出すっていう約束と一緒に」
まどかは、ロケットの中の少女を見つめた。少女は恭介の元に帰るのを、まどかの胸でずっと待っていたのだ。
「……そうだったのね」
まどかが静かに頷くと、恭介はその写真の隣にひかるの写真をそっと収めた。
「そしてひかると、このロケットが、僕を君に出会わせてくれたんだ」
「私たちは出会う運命だったのね。あなたが、私を…。私を見つけてくれて、本当に嬉しい」
まどかの瞳には、すべてを確信したような強い輝きがあった。恭介はたまらず彼女を抱き寄せた。二人は互いの体温を確かめ合うように、波音の中で深く唇を重ねた。空白の時間を埋めるような、熱いキスだった。
夕暮れに染まるオレンジ色の空。
その温かな光の中に、寄り添うまどかと恭介を微笑みながら見つめる二人の姿が見えた気がした。
300年の時を超えた長い旅は、今、新しい夏の始まりと共に幕を閉じた。
(きまぐれスペース・オデッセイ 完)