恒星間航行船アバカブ号は通常空間を離脱し、ハイパースペース(超光速空間)を航行していた。
船内のラウンジ。 まどかは窓枠に腰掛け、流れる星々の光を見つめながらサックスを拭いていた。 静かな時間。彼女が唯一心を落ち着けられるひとときだ。
しかし、その静寂は突然の警報音によって破られた。
『敵襲! 敵襲! 3時の方向より所属不明艦、接近!』
スピーカーから八田の悲鳴に近い声が響く。船体が激しく揺れ、まどかは床に着地した。
「まーたトラブル?」 彼女はため息をつきサックスをケースにしまうと、すぐにブリッジへと走った。
ブリッジではマスターと八田が必死にコンソールを操作していた。 「シールド展開! 回避機動だ!」
「ダメです船長! 相手が速すぎる! 牽引ビームに捕まりました!」
メインスクリーンには、ドクロのマークを掲げた黒い海賊戦艦が映し出されている。 「宇宙海賊だ! あの積み荷を狙ってきたんだ!」
『ドゴォォォン!!』
激しい衝撃と共に、アバカブ号の照明が落ち、赤い非常灯に切り替わる。
「第3貨物室に被弾! 格納庫のロックが外れたぞ!」小松が叫ぶ。
「まずい、カプセルが!」 まどかはブリッジを飛び出し、貨物室へと急いだ。
貨物室は煙に包まれていた。 固定具が外れ、床を滑っていったコールドスリープ・カプセルが壁に激突し、蓋が吹き飛んでいた。
「うぅ」 白い冷気の中から、一人の少年が這い出してきた。 ボロボロの服を着た黒髪の少年――春日恭介だ。
彼は長い眠りから覚めたばかりで、意識が混濁していた。 「ここは? 僕は、階段から」
そこへ、エアロックを溶断して海賊たちがなだれ込んできた。 「お宝はどこだ! 金目の物は全部出せ!」
海賊たちは恭介を見つけるとニヤリと笑った。 「おっ、坊主か? 奴隷として売れそうだな」 一人が恭介の腕を掴もうとする。
「離れなさい!」
まどかがコンテナの陰から飛び出し、飛び蹴りで海賊を吹き飛ばした。 恭介の前に立ちふさがり、赤いピックを構える。
「あら、ごめんなさいね。この船の積み荷には指一本触れさせないのがポリシーなの」
「なんだこのアマ! 生意気な!」 海賊たちが一斉にブラスターを構える。 その数およそ10人。狭い通路で全員を相手にするのはさすがのまどかでも分が悪かった。
(チッ、やるしかないか) まどかが覚悟を決めたその時。
後ろでうずくまっていた恭介がふらりと立ち上がった。 彼の瞳がぼんやりとした黒から神秘的な金色へと一瞬だけ輝いた。
海賊の一人が引き金を引き、レーザーが放たれる。 まどかは避けようとしたが間に合わない――!
『ブゥン……!』
空気が歪んだ。 まどかの目の前、鼻先数センチのところでレーザー光線が見えない壁に阻まれて止まったのだ。
「えっ?」 まどかは目を見開いた。
恭介が無意識に右手を突き出していた。 その掌からは、ゆらめく陽炎のようなエネルギー――フォースが立ち上っている。
「危ない、ことは、ダメだ」 恭介がつぶやくと、彼は手を軽く振った。
その瞬間、停止していたレーザー光線だけでなく、周囲の瓦礫や鉄骨までもが浮き上がり、弾丸となって海賊たちへ襲いかかった。
『うわぁぁぁ!!』 海賊たちは見えない衝撃波に吹き飛ばされ、ドミノ倒しのように壁に叩きつけられた。
静寂が戻る。 恭介はガクッと膝をつき、そのまま気絶してしまった。
「何今の。超能力?」 まどかは倒れた恭介を抱き起こし、その寝顔を覗き込んだ。 一見するとどこにでもいそうな優柔不断そうな顔。しかしその内にはとんでもない力が眠っている。
その時、船内放送の回線にノイズが走り、全く別の声が割り込んできた。
『あーっ! もしもしー!? 聞こえますかー!?』
ブリッジのモニター、そしてまどかの携帯端末にショートカットの美少女の映像がポップアップした。 ヘッドセットをつけ、あめ玉を舐めている少女、檜山ひかるだ。
「誰?」まどかが眉をひそめる。
『私? 私は通りすがりの天才ハッカー、ひかるちゃんです! 今、そっちの船からすっごいエネルギー反応が出たのをキャッチしたの! もしかして、私の運命のセンパイがそこにいるんじゃない!?』
「はあ?」
『説明は後! その海賊船、あと30秒で主砲を撃ってくるわよ! でも安心して! 私が今からそっちの船のシステムに強制介入してワープ・ドライブを直結させるから!』
「ちょ、勝手に!」
『いくよー! スイッチ・オン! 3、2、1、ポチッとな!』
ひかるがキーボードを叩いた瞬間、アバカブ号のエンジンが爆音を上げた。 制御不能のまま、船は強引にハイパースペースへと突入する。
「きゃあああ!」 まどかは恭介を抱きしめたまま、無重力の加速Gに耐えた。
星々が線となって後方へ流れ去る。 海賊船を振り切り、アバカブ号はどうにか虎口を脱したのだった。
薄暗い貨物室で、まどかは腕の中で眠る恭介を見下ろした。 そして、端末の中でVサインをしている見知らぬ少女を見る。
「どうやら、退屈な毎日は終わりみたいね」
まどかは小さく苦笑いをした。 運命の歯車――いや、きまぐれなオレンジ色の航路が今ここから始まったのだ。
(第3話へ続く)