アバカブ号は補給と情報収集のため、銀河の掃き溜めと呼ばれる交易ステーション、オメガ・ポートに停泊していた。
「いいか、恭介。お前は自分が軍に追われている『賞金首』だという自覚を持て。勝手な行動はするな。いいな?」タラップを降りる直前、マスターが低い声で釘を刺した。
「わかってます。すみません」恭介はマスターから借りた少し大きめのフライトジャケットの襟をぎゅっと握りしめ、不安そうに頷いた。
「大丈夫ですよセンパイ! 私がついてますから!」ひかるは恭介の腕にぴったりとしがみつき、いつものように笑顔を向ける。だが、その瞳の奥では周囲の全方位をミリ秒単位でスキャンし続けていた。
「行くわよ。私の側を離れないで」まどかは短く告げると、鋭い視線で雑踏を睨みながら歩き出した。
三人が入り組んだ市場の路地に入った時、待ち構えていた数人の男たちが壁の影から現れた。
「おい、ニイちゃん。いいジャケット着てんじゃねえか」
リーダー格の男が恭介の前に立ちふさがった。
「お前が軍の探してる賞金首だろ。おとなしく俺たちについてきな。命だけは助けてやる」
男は恭介の腕を強引に掴むと、冷たい目でまどかとひかるを指差した。
「女二人はそのままそこに残れ。動くんじゃねえぞ。部下たちがたっぷり可愛がってやるからよ」
逃げようとする恭介を男たちが取り囲み、別の連中がニヤニヤしながらまどかとひかるを逃がさないよう路地を塞ぐ。
「あいにくね。この子は私の『積荷』なの。それにあんたたちみたいな趣味の悪い男に、私たちに残れなんて命令される筋合いはないわ」まどかが冷徹な声で言い放つ。指先にはいつでも投げられるよう鋭いピックが挟まれていた。
「させない! センパイを連れていくなんて、絶対に許しません!」
ひかるが恭介を奪い返そうと、リーダー格の男の腕を掴んだ。
「どけよ、小娘! 腕が折れても知らねえぞ!」
男が苛立ち、高圧電流の流れる電磁警棒をひかるの肩目掛けて全力で振り下ろした。
『ガキィィィィン!!』
路地裏に響いたのは骨が砕ける音ではなく、重く硬質な金属音だった。
「なっ!? 警棒が、弾かれた!?」男が目を剥く。
ひかるは振り下ろされた警棒を左腕一本で受け止めていた。火花が散り強烈な電流が奔るが、ひかるは眉一つ動かさない。
「センパイに、乱暴するのは禁止です」
《リミッター解除。戦闘モード、レベル1》
ひかるの瞳から人間らしい光が消え、冷徹な青い電子光が宿る。彼女が軽く腕を振るだけで大男の体は砲弾のように吹き飛び、背後のコンテナを粉砕した。
「化け物だ! 撃て!」
残りの男たちがレーザー銃を構える。
「よそ見してる場合?」
まどかも動いた。ひかるの異常な反応速度に驚愕しつつも、即座に戦闘に集中する。赤いピックが空を裂き、敵の銃口を的確に塞いでいく。
十数人の暴漢を沈めるのに時間はかからなかった。
「ふぅ。恭介、無事?」まどかが髪をかき上げ、地面に座り込んでいる恭介を振り返る。
「あ、はい、ありがとう、鮎川さん」恭介は自分を守るために戦ったまどかの凛々しい姿に目を奪われていた。
「センパーイ! 私、頑張りましたよ!」ひかるが恭介に抱きつく。
しかし、まどかだけは見てしまった。ひかるの裂けた袖口から覗く、剥き出しの銀色のフレームと、火花を散らす精密な配線を。
(やっぱり。あの子、人間じゃない。それどころか、この設計は)
まどかは恭介がその異様な光景に気づかないよう、さりげなく自分のジャケットを脱いでひかるの肩にかけた。
「行くわよ。小松に修理させなきゃならないものがあるでしょ」
まどかはひかるの正体についても、恭介の力の正体についてもまだ何も知らない。
だが、この奇妙な二人を放っておくことはもう彼女のプライドが許さなかった。
「あ、待ってください、鮎川さん!」
先に歩き出すまどかの背中を恭介が慌てて追いかける。
三人の歪な航路はオレンジ色の夜に溶けていく。
(第5話へ続く)