きまぐれスペース・オデッセイ   作:影の設計士

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第5話:琥珀色の追憶

オメガ・ポートでの騒動から数時間。アバカブ号は追っ手を振り切り、静かな慣性飛行へと移行していた。

船内の工作室では、メカニックの小松がひかるの左腕のメンテナンスを終えようとしていた。

「ふぅ。驚いたな。表面の人工皮膚は少し焦げたが、内部フレームには傷一つついてねえ。鮎川、見てみろよ。こいつの骨格、今の銀河の最新合金よりずっと硬えぞ。ひかるはただのアンドロイドじゃねえな。とんでもなくタフな設計だ」

「小松さん、もう終わりました? 早くしないとセンパイが心配しちゃう」

ひかるは作業台に座り、剥き出しの銀色の腕を気に留める様子もなく、いつものようにケロリと笑っている。彼女にとってあの程度の攻撃は蚊に刺されたようなものだった。

「小松、修理は済んだの?」入り口で腕を組んでいたまどかが尋ねる。

「ああ。駆動系もチェックしたが、異常なしだ。鮎川、このことは春日には」

「ええ。あの子の前では治療ってことにしてあるわ。あんたも話を合わせなさいよ」まどかはそれだけ言うと、ひかるの肩を叩いた。

「終わったらラウンジに来なさい。少し話があるわ」

 

一方、ラウンジでは恭介が一人、窓の外を眺めていた。

(ひかるちゃん、大丈夫かな。あんな火花が散るまで体を張って守ってくれるなんて)

恭介は、ひかるが自分よりずっと頑丈な機械だとは夢にも思っていない。ただ、か弱い女の子に痛い思いをさせたという申し訳なさで少し落ち込んでいた。

「恭介」

背後から声をかけられ、恭介は肩を跳ねさせた。まどかがいつもの落ち着いた足取りで入ってきた。

「あ、鮎川さん。ひかるちゃん、そんなにひどい怪我だったんですか?」

「小松に治療してもらったわよ。あの子は元々体が丈夫みたいだから、もうピンピンしてるわ。ただの打ち身よ。あんまり気に病まないことね」まどかは恭介の隣の席に座らず、カウンターに腰を下ろした。あのアンドロイドの少女が守りたがっている普通の女の子という立場を、まどかなりに尊重した言い回しだった。

「そうですか。よかった」恭介がホッと胸をなでおろしたところへ、ひかるが元気よく飛び込んできた。袖口は綺麗に直され傷跡一つない。

「センパーイ! お待たせしました! ひかるちゃん、もう元気いっぱいです!」

「ひかるちゃん! よかった、無理しちゃダメだよ?」

ひかるは恭介に抱きつき、そのぬくもりを堪能する。彼女のセンサーは恭介の安堵した心音を正確に捉えていた。

「恭介。悪いけど、マスターがブリッジで呼んでるわ。これからの進路についてあんたの意見も聞きたいって」まどかがさりげなく嘘をついた。

「あ、はい、わかりました」

恭介が部屋を出ていくのを待ち、自動ドアが閉まった瞬間、まどかはひかるに向き直った。

「さて。聞かせてもらいましょうか」

まどかは椅子に深く腰掛け、ひかるを正面から見据えた。

「あんた、ただのアンドロイドじゃないわね。300年前のアーカイブがどうとか、さっき言ってたじゃない」

ひかるは一瞬、いつもの笑顔を消した。その顔には何世紀もの時を耐え忍んだ者だけが持つ独特の静謐さが浮かんでいた。

「驚きました? 鮎川まどかさん」

ひかるは自分の左手をじっと見つめた。

「私は、H-99。かつて地球と呼ばれた惑星で作られた、自律型アンドロイド。そして、春日恭介は、その研究所で『超能力』の研究対象だった人間です」

「なんですって?」

「ある事故で、彼は眠ったまま宇宙へ放出された。私は彼を追いかけた。それから300年以上、私は自分のパーツを交換し、銀河中を渡り歩いて、彼を、センパイをずっと探し続けてきたんです」

ひかるの言葉にはプログラムされた感情とは思えないほどの重みがあった。

「彼に本当のことを言わないのは、なぜ?」

「言いたくないんです」ひかるは悲しげに微笑んだ。

「センパイは、今の私を『女の子』として見てくれている。もし私が300年動き続けている機械だと知ったら、今の優しいセンパイは、私を『保護対象』か『遺物』としてしか見なくなる。私は彼の隣で笑う普通の女の子になりたいんです」

まどかは何も言えず、深く溜息を吐き出した。

自分が「訳ありの積み荷」だと思っていた少年は、一人の少女が300年という時間を捧げて追い続けた唯一無二の光だったのだ。

「あんた、バカね」まどかはぶっきらぼうに言った。「そんな重い秘密、私一人に背負わせる気?」

「えへへ。鮎川さんは口が堅そうですから。さっきもセンパイの前では治療って言ってくれましたしね」

 

まどかは窓の外、琥珀色に輝く星雲を見つめた。

恭介の過去を知らない自分。恭介のすべてを知り、執着するひかる。そして、自分の運命を知らずに迷い続ける恭介。

三人の不器用なオレンジ色の航路は、まだ始まったばかりだった。

(第6話へ続く)

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