激しい銃声が遠ざかる。
ひかるは恭介を抱えたまま、アバカブ号の最深部、重力エンジンの唸りが響く機関室へと滑り込んだ。
ハッチを閉めロックをかける。背後の通路からは、まどかが一人で特殊部隊を食い止める怒号と衝撃音が響いていた。
「ひかるちゃん、下ろして。顔、見せてよ」
恭介の声は震えていた。ひかるは躊躇いながら、ゆっくりと恭介を床に下ろした。
薄暗い機関室の光の中で、ひかるの頬は無惨に裂け、その下の銀色の合金が冷たく光っている。
「ごめんなさい、センパイ。怖がらせちゃいましたよね」
ひかるは力なく笑った。その笑顔はこれまでの元気な「ひかるちゃん」ではなく、どこかひび割れた人形のような悲しさを湛えていた。
「私は、人間じゃないんです。西暦1980年代末期に製造された、自律型アンドロイド・H-99。センパイが眠りについてから、私は300年以上、この体を修理し続けながら銀河のあちこちに散らばったセンパイの痕跡を追い続けてきました」
「300年? ずっと、僕を?」
「はい。だって、センパイは私の『マスター』で、そして、たった一人の大切な人だから」
ひかるの告白。それはプログラムされた義務を越えた、あまりにも重い執念の物語だった。恭介は目の前の少女が背負ってきた果てしない時間の長さに言葉を失う。
その時、船内スピーカーから悲鳴に近い無線が入った。
『こちらブリッジ! 鮎川が、鮎川がやられた! 敵の増援に包囲されて、うわあああ!』
ノイズと共に通信が切れる。
「鮎川さん!? 嘘だろ、そんな!」
恭介の血の気が引く。自分を守るために一人残ったまどかが、今まさに命を落とそうとしている。
「行かなきゃ。助けに行かなきゃ、ひかるちゃん!」
「ダメです、センパイ! 今戻ったら、鮎川さんの犠牲が無駄に!」
「犠牲なんて…、そんなの認めない!!」
恭介の叫びと共に、機関室の空気が爆発的に膨張した。
ひかるのセンサーが警告を発する。
《警告:マスターの脳波、測定限界を突破。フォース・オーバーロードの危険》
「僕は、僕はもう、守られるだけの荷物じゃない!!」
恭介の中で封印されていた記憶の扉が、怒りによって再び激しく叩かれた。
頭の中に流れ込んでくるのはあの海辺の情景。
そこには今よりもずっと穏やかな顔をした自分がいて、隣には笑っているひかるがいて――そして。
――もう一人、長い黒髪をなびかせてサックスを吹いている『彼女』がいた。
「思い出した。あの日、海にいたのは二人じゃない」
恭介の瞳が黄金色の光を放つ。
その瞬間、機関室の重力エンジンが恭介の精神波と共鳴し、凄まじい衝撃波を放った。
「う、あああぁぁぁぁ!!」
恭介を中心に、見えない巨大な衝撃が船全体を駆け抜けた。船内に侵入していた特殊部隊の兵士たちは、その余波だけで壁に叩きつけられ気絶していく。
「センパイ、今の…、力」
ひかるは呆然と立ち尽くした。
300年前、研究所で見たどの実験値よりも今の恭介の力は強大で、そして悲しいほどに澄んでいた。
恭介はハッチを開け、迷いのない足取りで歩き出した。
「行くよ、ひかるちゃん。鮎川さんを、迎えに!」
(第9話へ続く)