恭介の放った規格外のフォースにより、軍の特殊部隊は一時的な撤退を余儀なくされた。
激しい戦闘の余韻が残る通路で、恭介は壁に寄りかかって荒い息をついているまどかに駆け寄った。
「鮎川さん! 大丈夫!?」
「ええ。最近知り合ったばかりのあんたに、こんな情けないところ見せるとはね」
まどかは毒づきながら、恭介の肩を借りて立ち上がった。その拍子に彼女の胸元から小さなロケットペンダントが床に滑り落ち、カチリと蓋が開いた。
「あ、これ」
恭介がそれを拾い上げ、何気なく中を覗き込んだ瞬間、彼の脳裏を鋭いノイズが走った。
ロケットの中には色褪せた一枚の小さな写真。
そこに写る女性は、今のまどかとどこか面影が重なる穏やかな雰囲気を纏っていた。
(え?)
その刹那、恭介の視界が一瞬だけ歪む。
無機質な船の壁の向こうに一瞬だけ、眩しい太陽と青い海が見えた気がした。
誰かが笑っている。
誰かが自分を呼んでいる。
けれど、その姿は霧がかかったようにぼやけていて、どうしても形にならない。
(この人、知ってる? いや、まさか。鮎川さんに似ているから、そう思うだけだ。落ち着け)
恭介は一瞬立ち尽くしたが、すぐに首を振って眩暈を振り払った。
「ちょっと! 勝手に見ないでよ」
まどかが慌てて、恭介の手からロケットを奪い返した。
「あ、ごめん。大事なもの、なんだね」
「別に。家にずっと伝わってる、ただの古いお守りよ。詳しくは知らないわ。忘れなさい。ただの、よく分からない言い伝えみたいなものなんだから」
まどかはロケットをぎゅっと握りしめると手早くポケットにしまい込んだ。思わぬ私物を見られてしまった気恥ずかしさを隠すように、彼女はそのまま背を向けて歩き出した。
「センパイ?」
通路の暗がりに立っていたひかるが静かに声をかけた。
彼女の高性能センサーは、恭介の脳波がかつての記憶と不規則に、けれど確実に共鳴し始めていることを捉えていた。
「ひかるちゃん。あの写真の人、なんだか不思議な感じがしたんだ。うまく言えないけど」
ひかるはいつもの天真爛漫な笑顔を浮かべた。
ひかるだけはすべてを知っている。
その写真の女性が誰なのか。
恭介が感じたノイズの正体が何なのか。
けれど彼女は何も言わない。今それを話しても恭介を混乱させるだけだと分かっているからだ。
「気のせいですよ。センパイは疲れてるんです。鮎川さんに似てたから、びっくりしちゃっただけです」
「そう、なのかな」
「そうです。さ、鮎川さんも無事でしたし、ブリッジに戻りましょう?」
ひかるは恭介の背中を押し、歩き出す。
けれど、ひかるの電子脳の中では、300年前の海辺のデータが何度もリピートされていた。
(残酷ですね。世界は300年も経ったのに。今のまどかさんは、センパイのことも、そのロケットの意味も知らない。なのに、どうして、また惹かれ合ってしまうんですか?)
ひかるの瞳の奥で青い電子光が小さく揺れた。
正体不明の既視感に揺れる恭介と、すべてを胸に秘めたまま彼を見守るひかる。
三人の不器用な航路はまだ答えの出ないまま、さらに深い星の海へと進んでいく。
(第10話へ続く)