「初めまして、糸逢切」
袴黒目黒髪の青年の呑み込まれる様に耳の奥に残り続ける声にゆっくりと見上げる。私よりも背の高く少し筋肉質な身体を着物で隠した青年、糸益を見据える。
「初めまして、それと今は糸色切だよ」
「勿論、二年前の会合で当主候補に挙がったとき、知っている。だけど、もうすぐ君も糸益に名字を変えるんだ。今さら名前に拘る必要はないだろう?」
「お生憎様、私には恋人がいるよ」
「はぁ?」
自分自身の優位性を信じて疑っていなかった糸益家の青年は低く凍りつくような声を出し、私の首に手を伸ばした刹那、ムースとシャンプーが彼の手を払う。
二人の介入を予想していなかったのか。あるいは、予想して尚も割り込んできた二人に舌打ちをする彼は酷く疲れているようにも見える。
「
「んだ。しつこい男は嫌われるんじゃぞ」
「ムース。自覚あったね?」
「何の事じゃ?」
「漫才に付き合うつもりはない。糸逢、さっきの話しは本当か?本当なら相手を呼べ」
そう言うと凄まじい怒りを顕にする糸益家の青年に如意棍槍の切っ先を突きつけ、二人に伸びていた手を止める。今の動きには殺意があった。
糸益家は家宝を持たない分家筋。槍や刀剣を持たず、
「冗談だ。落ち着けよ」
「嘘つきは嫌いかな。今の手は二人を殺そうとしていたよね?」
「それがどうした?」
……ああ、イヤな感じがする。人の命なんてどうでも良いと考えているイヤな気配だ。
「貴様、この九能帯刀を吹き飛ばしただけで勝ったつもりのようだな。僕を倒したければ全力で来い!」
いきなり窓枠を乗り越えてやって来た九能先輩にビックリしながら、そちらに視線を向けた瞬間、私の槍は糸益に弾かれ、首に手が伸びる。
───だけど。その程度は無意味だ。
「グウッ!?」
手のひらに拳打を撃ち込み、吹っ飛ばす。
「……二重の極みか!」
「ご明察、家伝の奥義だよ。いくら掴みに自信があっても二重の極みを防ぐ術は存在しない。九能先輩、危ないから下がってて下さい」
「断る!恋仲の乙女に守られるなど男児にあるまじき行為なり!!故に、僕は前ではなく君の隣に立つ!さっさと来い!腐れ外道めが!」
腐れ外道。
いや、意味は違うんだろうけど。
ちょっとだけ糸色本家だと意味が変わる言葉を口にする九能先輩に思わず、私は苦笑を浮かべながら彼を見つめてしまった。