「遅い」
「……君が早いだけだよ」
私の言葉に不満そうな顔を作る糸益首を見据えつつ、ゆっくりと全身の筋肉をほぐし、スカートの中に仕舞っていた槍の柄を引き伸ばし、構える。
対して、彼は以前と同様の無手我流だ。
「切君、危なければ直ぐに代わるぞ」
「大丈夫かな。こう見えても私は強いから」
九能先輩にそう言って開始の合図と同時に駆け出し、私の顔や腕を掴み、握り砕こうとする糸益首の動きを観察し、紙一重の間合いで避ける。
やっぱり、格闘技をしている動きじゃない。
そう思っていた刹那、動きが変化した。
掴み技の軌道が切り裂きに変化したのだ。
「───ッ!?」
「チッ。見破るか」
慌てて、セーラー服のスカーフを巻き付けて縛って露出を抑えるも流石に予想外だったけど。随分と攻撃に重きを置いた技だと思う。
腕力と握力に物を言わせた我流。
しかし、その格闘スタイルに「引っ掻き」を加えれば岩石だろうと鉄塊だろうと抉り裂く強力な攻撃に転じる。多分、指先の力は加速するほど破壊力を増す。
まさに切り裂く十指だ。
「ちょーっと槍だと分が悪いかな」
そんなことを呟きながら槍を地面に突き立て、九能先輩の方に近づいて眼鏡を預ける。見えすぎると却って、そちらに頼りすぎる。
私のお師匠様曰く「見ざる事の中に修行あり」であり、見えなければ意識は一つに纏まり、見据える相手は一つだけに定まるという事らしい。
「おいで」
「素手でか?まあ、構わないが!」
空気を擦る音を聞き分け、目の前に立つ糸益首の動作に生じる衣服の擦れる音、地面を踏み締める音、なにより異質な気配を発する手を弾き、腕の内側に添って手のひらを滑らせ、そのまま掌打を糸益首の顎に打つ。
「グッ、見えてるのか?」
「見えてはいるよ。見えてはね」
「……成る程、視力低下に伴って出来るようになったという『観の目』と蝙蝠の使う
「七割正解。三割はまだ『絶対』じゃないかな」
お師匠様曰く「見ざる事は、忘我の一歩なり」だ。
そう納得しながら連続で放たれる引っ掻き攻撃と掴み技に合わせて正確無比の掌打を打つ。しかし、何十回と打ち込んでいるのに倒しきれない。
「ハ、ハハハハハハハッ!!!」
「ん゛ッ、近くで叫ばないで貰える?」
「成る程、成る程、耳が良いわけだな」
目の代わりに耳を多用しているのは事実だ。ただ、その程度の事はお師匠様に二の策三の策と用意するように言われているから問題ないかな。