教師も生徒も居なくなった体育館。その二階のパイプ椅子に腰掛け、長く濡羽色の艶やかな髪を手で靡かせる魔女先輩を見据える。
「とうかじんって、何ですか」
「切ちゃんは仙道や仙術というものを知っているかしら?仙人の道術や仙人の術式なんて呼ばれる摩訶不思議な妖術や魔術とは似て非なる術理を」
「仙道は知りませんけど。仙術は使えるかな。まあ、気功法の応用で無痛のまま関節を外したり、
治癒や異能は北海道の糸色本家だ。
彼方は長野県の糸色本家と違って分家筋に至るまで医療関係者ばかりで、槍に関しても「北落師門」も蛮竜や獣の槍に匹敵し得る業物だと聴いている。
最近、糸色類様も長女を出産し、平和に過ごしていると聞き及んでいる。向こうの本家は此方より平和で、安全に過ごせていると嬉しいかな。
まあ、妙様の娘は齢1歳にして言語を理解し、学問にも興味を示している。ただ、ものすごく傲岸不遜すぎるというところもある。
妙様の悪口を聞けば凶悪な霊気を発し、二度と逆らう意思を持てぬ程に死の圧を与えている。あれには気圧されてしまった。
「ウフフ、考え事は済んだかしら?」
「っ、近いかな」
ちょんと鼻先が触れるくらいまで近づいていた魔女先輩にビックリしながら彼女の肩を掴んで押し返して、みんなが消えた理由を問う。
「消えていないわよ。みんな、あの箱庭でゴールを目指して走っているだけ。幸い南国仕様の箱庭みたいだし、変な小細工も入っていないわ」
「あの中に?」
戸惑いながらも二階の手すりを飛び越えて、箱庭の近くに寄ると小さな人影が動いているのが見えた。ジオラマというものに似ているかも知れない。
「貴女の目じゃ見にくいかもね」
「…………霊気は見えますよ」
「あら、悪気はないわよ?この目薬を使ってみる気はあるなら使ってみてほしいのよね」
「目薬?」
「『目立ち甲斐のある目薬』ね。視力を一時的に高める魔法の薬だけど。使う?」
「薬の中にはリスクがあるかな。それに、私の目はこのままで良いんだよ、見えすぎるのは逆に苦しいし。なにより眼鏡は景様とお揃いのものなんだ」
そう言って私は九能先輩を見下ろす。
「……なんで、みんなに追われてるのかな?」
「九能ちゃんの後ろ頭に坊主頭とおかっぱを取り止めるヤシの実の在処を書いているらしいわよ。ほら、此処を覗いてみなさい」
「水晶玉って、古典的な魔法かな」
「あら、魔女の初歩でしょう?」
ウフフと魔女先輩は妖しげに笑う。