あの後、余罪を残していそうなお爺ちゃんは何処かに逃げてしまい、追いかけようにも煙幕を張り、視界を遮るなど用意周到な動きだった。
ガラスの靴は危険性を考えて、サージェスに回収して貰ったものの。天道先輩とあかねさんは少し残念に思っているようにも見えたかな。
「あら、来ていたのね。切さん」
私の思考の渦を切り裂くように話し掛けてきた人を見遣る。九能先輩の妹であり、早乙女君の事を慕っている女の子の一人たる小太刀さんだ。
九能家のインターホンを押して、彼女が九能先輩より先に出てくるのは珍しいと思いつつ、彼女に案内されながら、見慣れた玄関でスリッパを借りて、なぜな応接室に案内される。
今日は、デートの約束だったんだけどな……。
「小太刀さん、九能先輩は?」
「お兄様なら剣道部の交流試合のために友引高校に行っていますわよ?面堂家の長男は何かとお兄様を敵視していますし、対抗するために対立流派を習う程です」
「対立流派?」
「えぇ、面堂家の長男はお兄様の修めた神谷活心流と対立する古流剣術の使い手だそうですわ。全くスケベでハレンチな男が、剣道界の超新星と名高きお兄様に勝てると思っているのかしら!」
プンプンと可愛らしく怒る小太刀さんの反応に思わず、私はクスクスと笑ってしまう。いつも喧嘩しているのに、やっぱり信頼し合っているんだね。
そう思いながら小太刀さんの差し出してくれた紅茶を受けとり、甘く豊潤な香りを楽しんでいると何かを思い出したように彼女は私を見てきた。
「ところで、切さんはいつお兄様と結婚するんですの?私、貴女なら今すぐにでもお義姉様と呼ぶ準備は整っているのだけれど」
「えと、あぅ…ゆ、指輪は貰ったよ?」
恐る恐る、気恥ずかしさに耐えながら交際初日に貰った指輪と、海の旅館で贈られた婚約指輪の二つを見せると、小太刀さんは満足げに頷いた。
うう、なんだか恥ずかしいかな。
「おほほほっ。良かったですわね、お義姉様」
「……うん、すごく嬉しかった♪︎」
ゆっくりと薬指の指輪を優しく撫でる。
こんなに優しく大切にしてもらえるのは、凄く嬉しくて幸せな気持ちになる。もしも無事に結婚できたら、九能先輩のやりたいことは出来得る限り答えてあげるつもりでいる。
「切さん、男の願望を嘗めてますわね」
「え?」
「お兄様の秘蔵品、お見せしますわ」
その言葉に私は小首を傾げながらも頷き、小太刀さんに案内されるがままに、九能先輩の寝室に入って、哀れみの視線を向けるサスケ君にまた戸惑ってしまう。
翌日の風林館高校───。
糸色切は少しだけ九能から距離を置いた。
「切君、何故離れる!?」
「ひうっ。な、なんでもないかな」
風林館高校、ベストバカップルの二人のいざこざに全校生徒は珍しく危機感を感じ、乱馬とあかねもただならぬ雰囲気に理由を探った翌日、二人も似たような事になり、一週間ほど風林館高校はぎこちなかった。