二泊三日の水難事故の防止授業を終えて、危うく海の藻屑に成り掛けていた早乙女君は句君の「乱馬、かわいいぞ」の一言で終わりを迎えた。
その後、早乙女君はちょっと顔を赤く染めて、チラチラと句君の事を見つめたかと思えば唸ったり悩んだりとしていたけど。
そういうこともあるかな。
「(早乙女君、すごく大変そうだったな)」
新しく買えた本を仕舞ったカバンを片手に歩いていると、早乙女君とあかねさんを見かけ、話し掛けようとした瞬間、大きな熊が現れ、女の子になった早乙女君にそっくりなお姉さんに迫っていた。
帽子もカバンも置き去りに駆け出し、熊の眉間に竜頭拳を打ち込んだ刹那、「動くな!」という怒声を聞き、熊の頭を蹴って真後ろに飛び退く────。
「(なに、強烈な闘気は!?)」
私の真下を通り抜ける迷彩柄のズボンを履いた青年の放つ荒々しく強大な闘気に驚きつつ、地面に着地すると同時に落ちてきた帽子とカバンを受け止める。
「怪我はねえか。おばさん」
「え、えぇ、ありがとう」
二人のやり取りを遠巻きに眺めつつ、あかねさんに近づいて「あの人、早乙女君に似てるけど。だれなの?」と小さな声で訊ねると「あの人は乱馬のお母さんよ。まあ、まだ名乗り出せていないけどね」と教えてくれた。
名乗り出せない親子関係。
そういうものは、ドラマやテレビの中だけだと思っていたけれど。意外と身近にあるものなのね。それにしても、さっきの熊を昏倒させた一撃、明らかに人体の急所を粉々に砕き、引き裂く技だった。
「家族関係なら、私は無関係だね。あかねさん、早乙女君、また学校でね」
「おう」「えぇ、またね」
二人と分かれてマンションを目指しているとスーツ姿の糸益君がウマカバーガーの窓際の席に座り、滅さんと話しているのが見えた。
「(そういえば指南とかしてたっけ?)」
まあ、糸益君は自分のパワーに任せた乱暴な動きで、格闘家というより喧嘩屋みたいなところある。変な事情も無かったら普通に話し合える親戚だね。
「ムッ。糸逢か」
「あら、切ちゃん」
「ガラス越しに声の音響合わせなくて良いかな」
そんなことしたらガラスが割れちゃうよ。まあ、流石にガラスを破るような事はしないだろうけど。ヒラヒラと二人に手を振ってみる。
糸益君、九能先輩と話すときの私みたいになっていたけど。ひょっとして、滅さんのことが好きなのかな?なんて想像したりしながら古本屋の前で足を止める。
新刊もいいけど、古書も面白いものばかりかな。