「…うっ、ぐおぉぉ…」
「あまり動かない方が良いかな。広背筋をねじって両腕を使えないようにしているから」
お寺の本堂を借りて、気を失っていた公紋竜の全身の筋肉を解して破傀拳「広背掌」のダメージを抜きつつ、万全な状態に戻してあげる。
早乙女君と戦うとき、ダメージを残して戦うのは無謀だから当然の事だけど。公紋竜はうつ伏せのまま背中に股がっている私の事を睨み付ける。
「阿婆擦れが」
「むっ。私はそんなんじゃないよ?」
「ハンッ。どうだいででででっ!?」
「私は人妻だよ。浮気は悪い文明、わかる?」
にっこりと微笑んであげると彼はギィッと目を細め、睨み付けるばかりで全く理解してくれない。お父さん、彼の父親に何をしたのさ。
そう内心で考える。
「くっ。親父はこんなヤツの父親に負けたのか!」
「それ。私と君のお父さん達が戦った話を聞きたいんだけど。どういうことなの?私のお父さんが誰かを無闇に傷付けるとは思えないんだけど」
「その考え方は傲慢だぞ。どんなに聖人を装ったところで人間は悪行を行う生き物だ。お前だって人に言えない秘密ぐらいあるだろう」
「無い」
私の人生に悪行も敗北も無い。
ゆっくりと公紋竜の背中から降りて、立ち上がって構える公紋竜を無視して、本堂の床に正座して、眼鏡を外して右目を閉じる。
「私の左目は視力が無い」
「それがどうした。同情は誘えんぞ」
「君は人に言えない秘密はあると言ったよね。私の秘密はこの目だよ、六歳か七歳の頃に私は親戚のお兄さんに武術の指導を受けていた。その人は、糸色家の当主になりたかった。だけど、その人に資格はなかった」
そうっと瞼を閉じた左目を手のひらで隠し、右目を開けて構えを解かない公紋竜の事を見つめる。
「私には資格があった。羨ましくて妬ましくて仕方なかったんだろうね。彼は、私の顔を力任せに殴って、わざと左目を突いてきた。その人が17歳のとき、私は本当の意味で悪意を全身に受けた」
顔も腕も身体も足も殴られて、蹴られた。
「───だけど。勝ったのは私だ」
糸色家の悪縁を切る。
そういう願いを籠めて付けて貰った私の名前は絶対に違える事の出来ない誓いの名前だ。糸色家の当主になれなくても私が、悪縁を全てを裁ち切る。
「悪行をする?そんなことをやっている暇なんて私にはないかな。好きな人と結ばれた、あと残っているのは糸色家に仇成す存在を見つけること」
私の名前に誓って、因果を裁つ。
そう私はお父さんとお母さんに誓っている。