獣拳。
私も完全に会得したとは言い難く、むしろ未だに体得していないと言っていい拳法。俗世に関わることを由としない私の師匠バット・リーの影響でもあるけど。
ゆっくりと全身に気を巡らせ、纏う。
「ホウ。あの歳で気功闘法を使えるのか」
「しかも拳種は蛇形とは…」
後ろのほうで私の構えや動きを考察する早乙女君とあかねさんの父親達の声を無視して、目の前に立つ相手の顔を見据える。
「りゃあっ!」
「しぃいやっ!」
手刀の降り下ろしを左手で受け止め、右手の五指を気功法で練り固めた突きを放つ。ミシリと骨の軋む音を響かせながら、後ろに吹き飛んだあかねさんは喜色に染まった顔で私を睨みつける。
良いわね。すごく、心が震える。
まだ心の中の獣と分かり合えていない私でも分かる。あかねさんと戦うのは楽しい。当主には興味なかったけど、ひょっとして当主になったら強い人と戦える?
それもそれで面白そうかな。
「強いわね、切さん」
「あかねさんも強いよ」
本当に早乙女君には勿体無い強さだ。
私が男の子だったら絶対に逃がさないかも、なんて考えながら。左手を上に、右手を下に、大きく前進制圧の天地上下の構えを取るあかねさんに笑みが溢れ、此方も力強く床を踏み締め、両腕を拡げる。
「なんと、ハブのような狂暴な構えだ!」
「聴こえてるわよ!」
さっきから人の構えを見る度に驚かれるのも本当に疲れるからやめてもらえるかな?そう不満に思いながらもあかねさんと目を合わせる。
縦と横の構えだ。
「ハアッー!」
「デェエッ!」
私の繰り出した左右の拳打を下段に弾き落とし、軽やかに天井を踏み台に加速して向かってきたあかねさんの振るう右のかかと落としを十字に組んだ腕で受け、ぐんと横隔膜に力を込める。
「スネーク拳、大蛇砲!!」
「しまっ…!?」
口内に蓄えた気力を撃つ。
実際はガスバーナーのように局所的な光を放った一撃であり、本家本元の「スネーク拳」の大蛇砲であれば両腕を使っている。
「ケホッ、使い勝手が悪い…」
そう悪態を吐く私の背後にやって来たシャンプーの手を掴み、櫛やドライヤー、洗髪料を奪い取って静かに彼女を見る。
「流石にやり過ぎかな」
「それが、あかねに使ったヤツか!?」
「あっ、え?早乙女君?」
私から道具を奪い取った早乙女君は気絶しているあかねさんの頭を桶に漬け込み、ワシャワシャゴシゴシと物凄く雑に洗い始める。
「う、うわあぁ……」
「あちゃー」
「我が息子ながら何と雑な…」
あれだと痛いだけですね。