「大変な事になってしまった」
「五寸釘君のせいだからね?」
まるで他人事のように呟く五寸釘君を注意し、チラリと校庭を走り回って無差別に爪磨ぎを繰り返す早乙女君の姿を見据える。
あれは猫の動きを完全に模倣している。やっぱり獣拳の流れを汲んだ格闘技を早乙女君も体得していたのねと感心する最中、此方に向かってきた彼を威圧する。
蛇は猫の天敵。
私が獣拳を学んだ師匠バット・リーの極めた獣拳はバット拳、その強さはコウモリの動作を模倣し、空も支配してしまう飛翔拳法の至宝だ。
「ニャアア゛ア゛ァ゛ッーー!?」
「ホウ。睨んで押し返したのか?」
九能先輩は感心したように呟くものの、言い方を返ると睨んだだけで猫を怯えさせてしまった。バット・リーなら睨んだだけで猫をメロメロにしていたはず、まだまだ私は彼の足元にも及ばない。
そう悔しく思いながら逃げ惑うクラスメートに混じって、何だかカメラを構えた青年がシャッターを切り、静かに此方を見つめている。
初めて見る人だけど。
アレは学校の生徒なのだろうか。
「五寸釘、お前の責任だ。行って来い」
「僕は普通の男子なので拳法の達人に勝てるわけないじゃないですか。九能先輩か糸色さんが早乙女君を止めてくださいよ」
正しく他力本願な考え方だ。
けど、私達の言っていることはそこそこ正しいと思う。そう内心で考えながら地面を削り、木を削り、校長先生の銅像を削った早乙女君が、もう一度此方に近づいてくることはない。
そんなに怖かったかな?
少しだけショックを受ける私に「あれは早乙女乱馬が情けないからだ」と九能先輩は励ましてくれ。何だか照れ臭くて顔を逸らした先で、あかねさんが早乙女君を止めるために叫んでいるのが見えた。
「僕も手伝ってこよう。サスケ、極上の鰹節を用意してくれ」
「ハッ。既に用意しております」
「流石は我が九能家に仕える忍び!」
サスケと呼ばれた人の差し出す鰹節は木刀のように長く鼻腔を擽る芳醇な鰹節の香りが振るう度に広がり、早乙女君も九能先輩に意識を集中させる。
鰹節の剣で倒せるとは思えないものの、どうやって倒すのだろうかと二人の動きを見つめた刹那、早乙女君の右手が鰹節を細かくスライスした。
見事な爪捌き。
そう感心しながらも九能先輩を見遣る。
「神谷活心流柄の上段ッ!!」
九能先輩は辛うじて残った柄を振り上げ、早乙女君の顎を殴り上げる。───が、その柄さえも一瞬の内にかつお節にされてしまった。
これはもう猫の速業だね。