TS憑依禪院直哉~甚爾君のお嫁さんになれなかったから恵君を食おうと思う~ 作:八握剣異常性癖魔虚羅
『禪院直哉』になったと自覚してから数年が経った。段々と私と俺とウチが混ざってきたような気もする。自己同一性にちょっと悩んだ気もするけど、甚爾君のお嫁さん(願望)を目指すことで落ち着けた。疾風迅雷やね。
この数年、ひたすら身体を磨き続けた。トレーニング的な意味でも、花嫁修業的な意味でも。おかげで甚爾君の嫁に行っても恥ずかしくない。これに関しては原作の『禪院直哉』に明確に勝っている点だと思う。あのお坊ちゃんは全部使用人任せだっただろうから。まあ禪院家の女という時点である程度は避けられなかったのだけど。真希ちゃんや真依ちゃんもある程度仕込まれていたのだろうか?
肉体的なトレーニングの方はと言えば──
「や、信朗君。今日もよろしゅうな」
「……直哉様。戯れも程々に」
躯倶留隊。術式を持たない禪院家の男児が集められている戦闘集団。とはいえその実力はピンからキリまで。その上甚爾君より強い人は一人も居ない。術式なんて無くても強くなれるのは原作で日下部が証明しているはずなのだが……家風の問題な気はする。
そんなところに当主の子供とはいえ、明らかに体格の劣る小娘が一人。禄でもない結末は誰でも予想できるというものだろう。とはいえ。
「そんじゃかかってきぃや。君ら術式無いんやから、せめて玉ぐらい付いてるとこ見せなアカンやろ?」
才能があれば話は別だ。
一対一であればまず負けることは無い。なにせこちらは相手より速く動けるのだから。というより甚爾君の動きに普段合わせているのに、今更呪力で強化した程度の相手についていけなくなる訳が無い。困ったことがあるとすれば、ただ一つ。
「鈍いなぁ。それで全力なん? そんな弱ぅて生きてて恥ずかしく無いんか? 男やろ? 女の3歩前きちんと歩けやカス」
流れるように出てきてしまう罵声ぐらい。
言い訳をさせて欲しいのだが、やりたくてやってる訳では無いのだ。ただ、禪院甚爾というアッチ側の存在を見下している癖に、自分達の実力は私にも劣る程度という情けない奴等には一言言いたくもなり……そして、『禪院直哉』は、遠回しな悪口などは喋れないらしい。私としては『そんな弱いのに甚爾君を見下すなんてよく出来るね?』程度しか言うつもりは無かったのに。
これは躯倶留隊からのレビューも星0になろうというもの。もしかしてこれが噂の天与呪縛なのだろうか。性格がドブカスになる代わりに一級術師になれるくらいの才能が得られる……コスパはいいのかもしれない。協調性は終わるけど。
「そんで? 君らは見てるだけなん? お仲間がちいちゃい女の子にしばかれてんのに眺めてるだけ? それで戦闘集団なんて名乗れんの? 今からでも大阪行って芸人目指した方がええんのとちゃう?」
挑発が効いたのか、もしくは最初からそのつもりだったのか。躯倶留隊の面々がまとめてかかってくる。数は力。常識的に考えれば一対一での試合よりは苦戦するだろう。
「……あまりにも隙だらけや」
投射呪法。普段は加速の為に使っている術式だが、使い道はもう一つ。投射呪法使用中の私が掌で触れた相手も24フレームで動きを作らねばならず、失敗すれば一秒フリーズする。とはいえ戦闘中にいきなり対応できる相手なんてアッチ側の人間か同じ術式の父ぐらいなもので、実質触れた相手を無条件で一秒フリーズさせるようなものだ。
周りを囲む人間に触れる。一秒停止した彼らは後続への障害物となり、体勢を崩したところへまた触れていく。繰り返すうちに己にかける投射呪法により私の速さはどんどん増していき──
「あーやめやめ。これ以上は殺してまうわ」
唐突に止まった……というか、止めた。躯倶留隊の上位陣ならともかく、一般隊員程度ではまず負けないだろうし。コマ打ちをミスってフリーズすれば別だが、生憎私は生まれてから一度も投射呪法を失敗したことはない(甚爾君に妨害された時を除く)
「女の3歩前を歩けへん男なんて死んだらええ。信朗君もそう思うやろ?」
「弛んでるというのは同意しますね。いくら当主の娘とはいえ、女の子に負けるようじゃ戦闘集団の名が泣くってもんですよ」
遠回しに私も馬鹿にされてる? 女の子であることは否定できないから言い返せはしないのだけど。流石に覚醒真希と数合打ち合える相手に勝ち切れるとは私も断言できないし。
「……ま、そこは頑張ってな? ウチも暇潰しの相手は多い方が嬉しいし」
「ええ。雑魚と戦って驕った子供を躾けられるぐらいには育てて見せますよ」
あ、これ私嫌われてるわ。
「ふーん。なんならウチは今躾けてもらってもええけど? 出来るなら、の話やけど」
「止めておきましょう。手足を折るぐらいならともかく、万が一にでも子供を産む機能が壊れてしまっては困りますから」
「せやねえ。幾ら玉無し集団でも本当に玉潰されたら困るもんなぁ」
表面上だけ見れば和やかに会話しているように見えたかもしれないが、内容がマイナス百点だ。というかこいつも結局禪院家だね。女性蔑視が身についてらぁ。最大限好意的に解釈すれば自信の表れと言えるかもしれないけど。
とはいえ、私が別に男だったとしても好かれることは無いだろう。なんでこの身体は全方位に敵対するような言葉しか話せないのか(甚爾君を除く)
うーん、天与呪縛ならせめてその分の恩恵が欲しい。甚爾君と結婚できるとか。
♢♢♢
閉鎖空間で過ごしていると刺激も少なく、早くも一般社会で言えば小学校を卒業するぐらいの年齢になった。
禪院という家は因習村みたいなものなので、女には教育など必要無いという思想もまかり通っているし、時間という貴重な資源を一般学校生活などで浪費させてたまるかと、男にしても教育役が直々に指導することになっている。分家の方の方針までは知らないけれど、少なくとも本家ではそうだ。
そんな中で私については、女だから教育より家事修行だろう派と、次期当主候補なのだから外に恥じない教育を身に付けさせるべき派で分かれていたらしいのだが……結局後者が勝ったらしい。兄さん方がもう少しパっとしていたら危ない所だったかもしれない。
ともあれ。一般転生者としては今更義務教育レベルの勉強と言われても退屈なわけで。もっぱら呪術師としての訓練と甚爾君との交流に熱意を注いでいるこの数年間だったのだけれど──
「俺はもう家を出ることにした。一応、直毘人とお前には伝えておこうと思ってな」
「ゑ?」
言われたのは知っていたはずのこと。あえて考えないようにしていたこと。
「ウチと甚爾君が家から出るって?」
「当主の娘を連れてく訳ねぇだろ。俺だけが出てくんだよ」
「ウチのこと捨てるんか!? ウチの初めてを奪っておいて!?」
「記憶を捏造すんな。いや待て……お前、夜這いとかしてないだろうな……?」
出来たらしてた。残念ながらフィジカルギフテッドの五感を欺けるほどの隠密性は持ち合わせていないので諦めた。既成事実を作ってしまいたかったのに。
「甚爾君のいけず。ウチのこと振るんや。そんでどうせ外で女誑かしてヒモとして生きていくうちに、逆に自分が絆されて、結局子供作るような黒髪ショートヘアの美人な運命の相手に会うんやろ?」
「なんで被害妄想がそんな具体的なんだよ」
「連れてって……なんていくら言っても無理やろし……じゃあせめてウチと一日思い出作りしてくれへん?」
「抱けとか言わないよな?」
「甚爾君ウチのこと淫乱かなんかやと思っとる? ちゃうよ。やるのは──」
大暴れ。
呪術界において有力な力を持つ御三家というものがある。
六眼という特異能力を持つ者が産まれる五条家。政治的な立ち回りで影響力を確保し続ける妖怪のような加茂家。そして実力主義と術式主義を掲げた武闘派集団の禪院家。つまり我が家である。
禪院家は実力を貴ぶ。なので特に呪霊絡みの任務などの無い時でも大体の人間は鍛錬に励んでいる。まあもちろん躯倶留隊みたいな強制されているから仕方なくという人達もいるけど。
ともかく。そんな家であるからこそ、怪我人というのも珍しくは無いし──何より、襲い掛かっても対応できない方が悪いという無茶な理屈が成り立つのである。
「アッハッハッハ! なんなん甚爾君! 最初からこうしとけば良かったやん!」
「アホ抜かせ。お前明日から白い目で見られんの確定だぞ?」
「今日の楽しさに比べたら安すぎるわ!」
私は今甚爾君の背中におぶさっている。もっと言うと、彼に常に掌で触れている。24フレームで動きを作ることに成功し続ければ理論上無限に速度が上がっていく。それをフィジカルギフテッドの身体で行うとどうなるのかを、身をもって体感しているところだ。
「やっぱ凄いわぁ甚爾君は。どうやったら空なんか走れるん?」
「出来るもんは出来る、それだけだ」
投射呪法は物理的に不可能な動きは作れない。例えば空を走ったり、水の上を沈まずに駆けたりするような動きを作れば不可能とみなされ1秒フリーズする。そんな動きが出来るのはそれこそアニメの中だけだからだ。
しかし、それが物理的に不可能で無い人間が居たら?
まさしくアニメのように空を駆ける。ゲームの中の動きのように空を蹴って数度跳ぶ。そしてそれが投射呪法の重ね掛けによって加速された状態で行われるのだから、対応する方が無理というものだろう。
副産物ではあるが、この甚爾君の動きは私にとってもプラスになった。術式というのは解釈によって形を変える。それは投射呪法の『物理的に不可能な動きをすればフリーズする』という縛りも同じだ。今回の経験で、私の中で空を蹴って駆け回る事も水上を走ることも『物理的に不可能』では無くなったのだ。
閑話休題
フィジカルギフテッドとしての速さに術式を加えた速さ。躯倶留隊など当然相手にならず、術式を持った『灯』も捻じ伏せられる。面制圧が出来るような術式──通称ブサイクメテオ──が辛うじて対抗手段になったかもしれないが、生憎速度が乗ってからではもう遅い。パッとしない術式の叔父さんはとっくに打ちのめされて泣いて気絶してるし。
「やっほ、オトン。元気?」
「ハッ、随分派手にやったものだな甚爾、直哉」
「今までのお礼にな。だがまあ、猿一匹まともに捕まえられない方が悪いだろ?」
「違いない」
「オトンもやる? 仲間外れも寂しいやろ?」
「馬鹿抜かせ。禪院という家が一個人に負けた時点で俺の負けだろう」
実際真正面から戦ったらどっちが勝つのかは私としては気になるのだけど。動きをお互い作れる以上フリーズはさせられないから甚爾君が勝つかな? 父の強みは術式の使い方の上手さだし。
「それじゃあこれでおしまいやね。どうする? 甚爾君。記念にオトンの首でも持ってく?」
「そんな一円にもならねぇもん誰が欲しがるかよ、そうだな……」
結局甚爾君は呪具を幾つか持って家を出ることになった。原作でも使ってた刀と鎖と、知らない何か。ギャンブルの種銭にでも生まれ変わるのかも分からんね。
そして当然のこととして、この日以降私に下手に近づいてくる人間は居なくなった。禪院家の全員に(激ウマギャグやね)甚爾君という恐怖が刻み込まれた以上、藪蛇を避けたいということだろう。
代わりに当主として忙しいはずの父との関わりが増えた。甚爾君との繋がりのためなのか、家中から嫌われてる娘をせめて鍛えようという親心なのか、はたまたただの気まぐれか。私としても父は嫌いではないし、『禪院直毘人』というキャラクターはむしろ好きだったから良いことではある。
甚爾君が家から出て数年も経たないうちに、やけに楽しそうな顔をした父から甚爾君についての話があると呼び出された。個人的に親交を持っているのは禪院家では父だけだ。私はメールを書いては消し書いては消しを繰り返している。好きな人には気軽に話しかけられない乙女心である。
「来たか直哉。甚爾の奴だが、子供を作ったらしくてな。それが──」
「あ゛?」
子供。十中八九伏黒恵のことであろう。父はその子が才能……要は術式を持っていれば云々と話しているが、正直あまり頭に入ってきていない。
勿論原作としてそういう流れだとは知っている。細かい所はもう覚えていないが、流石に主要キャラぐらいは分かる。だが、それでもあえて言わせてほしい。
「寝取られやんけ~!!」
「寝てから言え。婿ぐらい幾らでも連れてきてやるぞ?」
「最低限甚爾君ぐらい強くなきゃ嫌や」
アッチ側に行くんは、私だと思ってた……
結婚したのか……私以外の奴と……
まあ幾ら汚れようと構わない。最後にこの直哉が甚爾君の隣に立てればいい。そのためには……最低限五条悟に時間稼ぎが出来る強さ、かぁ……
「オトン、ウチのこと鍛えてくれな?」
「ああ。お前には五条のとこの子供に匹敵してもらわなくてはならんからな」
御三家としてもそうなるよなぁ。禪院と五条は仲悪いし。
「
ざけんなや
お嫁に行けへん
寝盗られ……がぁ……!