ウォールナットの暗号化ログ   作:アラン・リコリス

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『裏帝』の系譜と、かりんとうの甘くない真実

 

 

第一章:深淵の底の、さらに底

 

「……ふぅん。楠木ババアがDAのトップだなんて、最初から一ミリも思っちゃいなかったけどさ。まさか、ここまで根が深いとはね」

 

深夜の喫茶リコリコ。ボクは、いつものようにゲーミングチェアの上であぐらをかき、トリプルモニターが放つ冷たいブルーライトの中で、チュッパチャプスを転がしていた。

 

今回のターゲットは、DA(Direct Attack)のメインサーバー……ではない。そんなものは、とっくの昔に骨の髄までしゃぶり尽くしている。

 

ボクが今アクセスしているのは、DAのネットワークのさらに奥底。現代の量子暗号やデジタルファイアウォールで守られた「電子データ」のさらに下に眠る、アナログな歴史文書を無理やりスキャンして電子化しただけの、いわば『地層の最下層』だ。

 

表の政府(霞が関の官僚や政治家たち)が、DAという組織をコントロールしきれずに胃に穴を開けているのは、以前のログで話した通りだ。

 

でも、じゃあ一体「誰が」DAという組織を創り、「誰が」楠木司令に命令を下しているのか?

 

資金源は? 権限の根拠は? そもそも、あの異常なまでの超法規的措置を、日本の国家システムのどこに接続すれば正当化できるのか?

 

その答えを探るため、ボクはデジタル化された古文書の海を泳ぎ、一つの『不可視のフォルダ』に行き着いた。

 

ファイル名はない。ただ、アイコンの代わりに、三本足の鴉の紋章が刻まれているだけだ。

 

「……『八咫烏(やたがらす)』。日本神話で、神の使いとして勝利に導いたとされる鳥。随分と仰々しい名前をつけてくれるじゃないか」

 

ボクは、解読したテキストデータをモニターに展開した。

 

そこに記されていたのは、DAという組織の「本当の顔」……いや、この国の成り立ちそのものに関わる、あまりにも巨大すぎる黒幕の正体だった。

 

第二章:『金鵄』の三羽烏と、花々の暗殺者

 

読み進めるうちに、ボクは思わず口に咥えていたチュッパチャプスの棒を噛み折ってしまいそうになった。

 

DAの歴史は、戦後なんていう浅いものじゃない。

 

記録によれば、その起源は『明治政府の樹立以前』にまで遡る。

 

江戸幕府が倒れ、日本が近代国家へと生まれ変わろうとしていた激動の時代。その裏側で、国家を陰から守護し、不要な因子を極秘裏に排除するために結成された影の組織。

 

それが『八咫烏』だ。

 

そして、この組織には『金鵄(きんし)』と総称される、実働を担う3つの恐るべき部署が存在していたという。

 

ボクは、その部署名と役割の記述を見て、背筋に冷たいものが走るのを禁じ得なかった。

 

一つ。『鴉(からす)』。

 

彼らの指揮下にあるのは、男系の暗殺部隊。その名を『君影草(きみかげそう)』という。

 

二つ。『雅(みやび)』。

 

彼女たちの指揮下にあるのは、女系の暗殺部隊。その名を『彼岸花(ひがんばな)』という。

 

三つ。『鵶(あ)』。

 

彼らの指揮下にあるのは、影武者部隊。その名を『花葵(はなあおい)』という。

 

「……なるほどね。よくできてるよ、本当に」

 

ボクは乾いた笑いを漏らした。

 

『彼岸花』。秋のお彼岸に咲き、毒を持つ不吉で美しい赤い花。その花を、学名(ラテン語)で何と呼ぶか。

 

――Lycoris(リコリス)。

 

『君影草』。春に鈴のような白い花を咲かせ、同じく強い毒を持つ花。その花を、英語で何と呼ぶか。

 

――Lily of the valley。すなわち、Lilybell(リリベル)。

 

「千束やたきなが所属してる『リコリス』も、男の部隊の『リリベル』も、戦後に作られた新しい組織なんかじゃなかった。明治の昔から存在していた『彼岸花』と『君影草』っていう暗殺部隊の名前を、GHQの占領下か何かのタイミングで、洋風に横文字化してロンダリングしただけだ」

 

そして、各部隊には「大烏(おおからす)」と呼ばれる3名のトップが配されているらしい。

 

DAの楠木司令の権限が異常に強いのも、彼女が警察官僚だからではない。彼女はおそらく、この『雅(女系暗殺部隊)』を統括する、現代の「大烏」の一人なのだ。現場のトップ(司令)でありながら、その背後には明治から続く途方もない血と歴史の重みがバックについている。

 

だからこそ、警察庁長官だろうが内閣官房長官だろうが、表の権力者たちは彼女をアンタッチャブルな存在として扱うしかなかったんだ。

 

第三章:裏帝(りてい)と東京奠都(てんと)

 

だが、ボクのハッキングはこれで終わりじゃない。

 

「大烏」が3人いるなら、その3人を束ねる「本当の黒幕(絶対権力者)」が必ず存在するはずだ。

 

その答えは、組織の拠点移動の歴史に隠されていた。

 

資料によれば、『八咫烏』は江戸時代まで、京都に本部を置いていた。

 

しかし、明治時代に入り、『東京奠都(てんと)』――つまり、都が京都から東京へと移されたタイミングに完全に同調して、組織の中枢機能も東京へと移転している。以降、彼らは東京の守護に全力を注ぐようになっているのだ。

 

そして、資料のあちこちに、絶対的な不可侵の存在として登場する二文字の単語。

 

『裏帝(りてい)』。

 

「……裏の、帝(みかど)」

 

ボクは、モニターの光に照らされながら、その単語をゆっくりと口に出した。

 

明治、大正、昭和、平成、そして令和。

 

5つの時代にかけて、日本の表の歴史がどれほど激動しようとも、決して揺るがずに日本を陰から統治し、守り抜いてきた存在。

 

京都から東京へ、表の権力者(帝)が移動したのに合わせて、その影として共に移動してきた最強の暗殺組織。

 

点と点が、一本の強靭な線として繋がった。

 

DAの本当の黒幕。楠木司令のさらに上に立つ、絶対的な主。

 

それは、総理大臣でも、官僚のトップでもない。

 

この国の中心に座す、最も古く、最も神聖な存在。あるいは、その存在を影から守護し続ける、皇室の裏側に巣食う「特務機関」そのものだ。

 

「……笑えないね、こりゃ。霞が関の官僚どもがDAに手出しできないわけだ。DAを潰すってことは、この国の根幹そのものに弓を引くことと同義なんだから」

 

DAは、政府の機関ではない。

 

表の政府(内閣)ができるずっと前から存在している、天皇家の影の近衛兵。『裏帝』の私兵なのだ。

 

だから予算も法律も無視できるし、警察も手が出せない。国家そのものが、彼らの存在を前提にして作られているからだ。

 

第四章:元宮内庁料理長と、かりんとうの甘くない真実

 

「でも、どうしてそんな途方もない仮説に辿り着けたかって?」

 

ボクは、二本目のチュッパチャプスを取り出しながら、ニヤリと笑った。

 

どんなに完璧な隠蔽工作も、日常のほんの些細な「違和感」からほころびるものだ。ボクがこの『八咫烏』のファイルを探し当てた直接のきっかけは、最高度の暗号解読スキルでも、政治的な陰謀の匂いでもない。

 

――千束の、他愛のない愚痴だった。

 

『ねえクルミ聞いてよ! DAの関東本部の寮のご飯って、すっごく美味しいの! なにせ料理長が【元宮内庁の料理長】なんだから! でもね、あの人、甘いお菓子は【かりんとう】しか出してくれないの! ケーキとかパフェとか食べたいのに、渋すぎない!?』

 

いつだったか、千束がリコリコのカウンターでパフェを頬張りながら、ぷんぷんと怒っていたことがあった。

 

その時は「ふぅん、DAも福利厚生にお金かけてるんだね」くらいにしか思わなかった。

 

だが、ハッカーの直感が、ボクの脳内で警報を鳴らしたのだ。

 

考えてもみてほしい。

 

DAは、戸籍のない孤児たちを幼い頃から暗殺者として育て上げる、血も涙もないブラック機関だ。

 

そんな極秘の非人道組織の寮に、なぜ『元宮内庁の料理長』なんていう、表の世界で最高峰のステータスと身元保証を持つ人間が、わざわざ料理を作りに行っているのか?

 

そして、洋菓子などいくらでも作れるはずの腕利きの料理長が、なぜ孤児の少女たちに、頑なに『かりんとう』という昔ながらの和菓子しか与えないのか?

 

「……偶然じゃない。すべては、繋がっている」

 

ボクはキーボードを叩き、一つの歴史的背景を導き出した。

 

『宮内庁』。それは天皇や皇室の事務を司る機関。そこの料理長を務めた人間がDAにいるということは、DAと皇室(裏帝)の間に直接的なパイプがあるという、何よりの物理的な証拠だ。

 

彼らにとって、リコリスやリリベルたちは「使い捨ての道具」であると同時に、「裏帝に仕える誇り高き影の近衛兵」でもある。だからこそ、その身体を作る食事には、最高峰の料理人を配しているのだ。

 

そして、『かりんとう』。

 

小麦粉を揚げて黒砂糖を絡めた、明治時代から庶民にも愛された伝統的な和菓子。同時にそれは、日持ちがし、高カロリーで、過酷な任務に就く暗殺者たちの「携行食(レーション)」としてのルーツを持っていたのではないか。

 

あるいは、明治の昔から『彼岸花(リコリス)』の少女たちが愛した、歴史と伝統の味。あの頑固な元宮内庁の料理長は、彼女たちが「西洋の安っぽいケーキ」に魂を売ることを良しとせず、裏帝の兵士としての誇りを、一本のかりんとうに込めて与え続けているのだ。

 

「……千束のアホは『渋すぎる』なんて文句を言ってたけど。あのかりんとう一本に、この国の近代史の血と影が全部詰まってるなんて、思いもしないだろうね」

 

第五章:不可侵の聖域と、ウォールナットの決断

 

ボクは、すべてのデータを読み終え、深く背もたれに寄りかかった。

 

楠木司令(大烏)の上に立つ、3つの部隊(鴉・雅・鵶)。

 

そのさらに上に君臨する、明治から続く『裏帝』。

 

そして、彼らを支える宮内庁直系のインフラ。

 

これが、真島のような規格外のテロリストがいくら暴れようとも、霞が関の官僚たちがいくら怒り狂おうとも、DAが絶対に揺るがない理由だ。

 

DAのシステムを破壊することは、日本の歴史と国家の根幹そのものを破壊することを意味する。真島が「バランス」と喚いて旧電波塔や延空木を壊したところで、彼が本当に壊さなければならなかった「黒幕」は、そんな物理的なタワーなんかじゃなく、この国に千年以上根付いている「権威の影」だったのだ。

 

「……まいったね、こりゃ」

 

ボクは、マウスのカーソルを『全データ消去』のコマンドに合わせた。

 

この事実は、あまりにも大きすぎる。

 

警察庁の裏金問題や、政治家のスキャンダルなんて目じゃない。もしこの『八咫烏』と『裏帝』のデータが世に出れば、日本という国家の信用は根底から崩壊し、それこそ真島の望むような「完全な無秩序」が訪れてしまう。

 

ボクは世界一のハッカーを自負しているが、別にアナーキスト(無政府主義者)になりたいわけじゃない。

 

ボクが欲しいのは、ぬるくて平和な日常と、安全な隠れ家と、美味しいお菓子だけだ。

 

「こんな歴史の特大のパンドラの箱、ボクの手には余るよ。……それに」

 

ボクは、モニターから視線を外し、自室の床を見た。

 

この床の下には『喫茶リコリコ』がある。

 

そこでは、明治時代から続く『彼岸花』の血塗られた系譜の末裔であるはずの千束とたきなが、そんな重苦しい歴史なんて一ミリも知らずに、楽しそうに笑い合っているのだ。

 

「あいつらには、血の匂いも、国家の闇も、歴史の重圧も似合わない。かりんとうの由来なんて知らなくていい。ただ『ケーキが食べたい!』って無邪気に笑ってるくらいが、ちょうどいいのさ」

 

ターンッ!

 

ボクは迷いなくエンターキーを叩き、アクセスしていた『八咫烏』の隠しフォルダを、ボク自身の開発した特殊なウィルスで完全に「上書き(消去)」した。

 

これで、DAの最深部を漁ろうとする物好きが他に現れても、二度とこの真実に辿り着くことはできない。ボクの脳内にだけ、この国の最大の秘密をしまっておくことにする。

 

「……ふぁあ。頭を使いすぎたせいで、お腹が空いちゃったな」

 

ボクは大きく欠伸をして、パソコンの電源を落とした。

 

ブルーライトが消え、暗闇に戻った部屋の中で、ボクは立ち上がる。

 

DAの本当の黒幕が誰であれ、裏帝がどれほど絶対的な権力を持っていようと、関係ない。

 

もしそいつらが、千束やたきなの「平和な日常」を理不尽に奪おうとするなら、その時はボクが、この国のシステムごとハッキングして、めちゃくちゃに引っ掻き回してやる。

 

それまでは、この秘密はボクだけの胸に秘めておこう。

 

「明日の朝は、千束にお願いして、かりんとうよりずっと甘くて美味しいパンケーキを焼いてもらおうっと。……ボクは西洋の安っぽい甘さの方が、ずっと好きだからね」

 

自室のドアを開け、ボクは暗い階段を軽快な足取りで降りていった。

 

歴史の闇がどれほど深くても、リコリコに差し込む朝日は、いつも変わらず明るくて温かいのだから。

 

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