ウォールナットの暗号化ログ   作:アラン・リコリス

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灰の中から蘇る鴉と、電波塔のパラダイムシフト

 

第一章:狂気の総力戦と、使い捨てられた『影』

 

「……歴史ってやつは、本当に胸糞の悪いリフレイン(反復)の連続だね」

 

ボクは、コーラ味のチュッパチャプスを新しいものに取り替えながら、戦前の暗殺記録からさらに数年後――1940年代の分厚い暗号化アーカイブへとハッキングのメスを入れた。

 

二・二六事件という前代未聞のクーデターを経て、軍部が完全に国家の主導権を握った時代。いわゆる、太平洋戦争へと突入していく狂気の総力戦の時代だ。

 

「天皇(裏帝)の影の近衛兵だった『八咫烏』は、あの泥沼の戦争の中でどう動いたのか……っと」

 

復元された当時の軍部の極秘作戦要綱や、内務省の通信記録をスクレイピングして、ボクは呆れ果てた。

 

そこに記されていたのは、かつて帝都の暗闇を支配し、絶対的な権力を持っていたはずの影の暗殺組織の、あまりにも惨めな「転落」と「消費」の記録だった。

 

戦争が激化し、国家のすべてのリソースが軍部に集中する中。

 

『八咫烏』もまた、軍部の巨大な歯車の一つとして完全に組み込まれ、陸軍や海軍の「補佐」という名の汚れ仕事を強要されていたのだ。

 

『――昭和十九年。南方戦線ニテ、彼岸花(リコリス)ノ分隊ヲ敵陣深クニ浸透サセ、補給線ヲ爆破セヨ。尚、生還ハ期待セズ――』

 

『――満州国境ニテ、君影草(リリベル)ヲ用イテソ連側ノ諜報員ヲ排除。遊撃部隊トシテ陸軍ノ盾トナレ――』

 

ボクはモニターの前で、重いため息をついた。

 

彼岸花や君影草の少年少女たちは、もはや「帝の影」という高尚な存在ですらなかった。

 

ただ身体能力が高く、戸籍がなく、死んでも誰も悲しまない「極めて便利な使い捨ての歩兵」として、アジアの泥濘(でいねい)やジャングルの奥深くへと次々に送り込まれ、弾雨の中で文字通りすり潰されていったのだ。

 

「……どんなに優れた暗殺技術を持っていようと、国家規模の暴力(戦争)の前では、ただの肉の盾に過ぎない。八咫烏の上層部も、軍部の暴走を止められず、自分たちの組織の子供たちを砲弾の餌食として差し出すことしかできなかったんだ」

 

そして1945年8月。2度の原爆がこの国に投下され、日本は敗戦を迎える。

 

この時、八咫烏という組織は、歴史の表舞台から完全にその姿を消した……「かに見えた」のだ。

 

第二章:敗戦と解体、そして『特高』のロンダリング

 

「……さて。ここからが、日本の官僚たちの本当に『しぶとくて汚い』ところだ」

 

ボクはキーボードを叩き、戦後のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による占領期のデータを呼び出した。

 

日本が戦争に負け、アメリカを中心とするGHQが乗り込んできた。彼らは、日本の軍国主義の温床となった組織を徹底的に解体し始めた。陸海軍はもちろんのこと、国民の思想を弾圧し、恐れられていた内務省の『特別高等警察(特高警察)』も、歴史の表舞台からパージ(追放)された。

 

この時、GHQの厳しい調査の目を逃れるため、八咫烏の上層部もまた、組織の存在を示すあらゆる文書を焼却し、表向きは完全に「解体」されたことになっていた。

 

帝の影として暗躍した彼らが戦犯として裁かれれば、その刃は皇室そのものへと向かいかねないからだ。

 

「でも、バケモノの心臓は、そう簡単には止まらない」

 

ボクは、戦後復興期の警察庁や公安調査庁の設立に関する裏名簿を解析し、幾つかの「奇妙な一致」を見つけ出した。

 

GHQによって解体されたはずの特高警察の幹部たち。彼らは数年の空白(公職追放)を経た後、東西冷戦の激化と「レッドパージ(共産主義者追放)」の波に乗じて、日本の新たな治安維持機関――『公安警察』や『公安調査庁』の中枢として、しれっと歴史の裏側で復活を遂げていたのだ。看板を掛け替え、アメリカの都合のいいように反共の盾として立ち回ることで、かつての権力を取り戻したのである。

 

「そして、八咫烏も全く同じルートを辿った」

 

公安警察という新たな『表の盾』が形成されるその足元で、彼らと密接に結びついていた八咫烏の残党たちは、水面下で組織を再構築していた。

 

GHQやアメリカのCIAでさえ気づかない(あるいは、反共の汚れ仕事をさせるために黙認した)絶対的なブラックボックス。

 

和風の『八咫烏』『彼岸花』『君影草』という古臭い名前は、この時、GHQの目を誤魔化すためのロンダリングの一環として、西欧風の『DA(Direct Attack)』、『Lycoris(リコリス)』、『Lilybell(リリベル)』へと英訳・改称されたのだ。

 

「表向きは組織の影も形もない。しかし裏に潜むその構造は、明治・昭和の戦前とほぼ変わらない形態のまま、令和の現代まで受け継がれたってわけだ。……本当に、ゴキブリも真っ青の生命力だよ」

 

第三章:『DA』の誕生と、君影草(リリベル)の黄金期

 

戦後から平成にかけて。

 

DAという新たな看板を掲げた彼らは、高度経済成長期の裏側で蠢く過激派や国際テロリストを未然に排除し続け、現在の「世界一の治安」という歪なシステムを完成させていった。

 

だが、ここでボクは、DAの人事アーカイブの変遷にある「偏り」を発見した。

 

「……なるほど。少し前まで、DAの主力は女の子(リコリス)じゃなくて、男の子(リリベル)の方だったのか」

 

現代のDA関東本部において、実働部隊の主力を担っているのは、千束やたきなのような制服姿の少女たち――『リコリス』だ。

 

しかし、過去の作戦記録を遡っていくと、約10年前までのDAの最重要任務(ハイリスクな制圧作戦や要人警護)のほとんどは、男系暗殺部隊である『リリベル(君影草)』によって独占されていたことが分かる。

 

「理由は簡単だ。組織の上層部を占めているのが、戦前からの古い価値観を引きずった『頭の固いジジイども』だったからさ」

 

ボクはチュッパチャプスを噛み砕きながら、当時の作戦評価レポートに目を通した。

 

『体力、筋力、および作戦遂行における攻撃性において、リリベルはリコリスを凌駕している』

 

『リコリスは市街地での隠密性(女子高生の擬態)には優れるが、正面切っての殲滅戦においては、リリベルを主力とすべきである』

 

馬鹿馬鹿しい。要するに、「男の方が戦闘に向いている」という前時代的な軍事ロジックと、腕力至上主義によって、リリベルがDAの「花形」として重用されていたのだ。

 

この時代、リコリスはあくまでリリベルのサポート役か、あるいは軽微な情報収集、後方支援(要するに格下)として扱われていた。

 

現在の楠木ババアが司令塔に就く前の、男尊女卑が色濃く残るDAの暗黒期だ。

 

「……でも、その『リリベル最強伝説』は、ある夜を境に完膚なきまでに叩き壊されることになる」

 

ボクは、キーボードを叩く指に少しだけ力を込めた。

 

10年前。東京のシンボルを舞台に引き起こされた、あの未曾有のテロリズム。

 

真島が仕掛けた、『旧電波塔事件』の極秘ログだ。

 

第四章:旧電波塔事件 ―― 全滅の夜と、一輪の狂い咲き

 

10年前のあの日。

 

真島率いる大規模なテロリスト集団が、完成したばかりの旧電波塔を占拠し、無数の爆薬を仕掛けた。

 

人質を取り、日本政府に対する要求を突きつける大規模なテロ。表の警察やSATでは手出しができないと判断した政府(とDA上層部)は、当時の「最強のカード」を切った。

 

『――状況は極めて深刻。第一種戦闘態勢へ移行。リリベルの第一および第二強襲部隊を投入し、テロリストを完全排除せよ――』

 

軍用ヘリから降下し、旧電波塔へと突入していく、最新鋭の装備に身を包んだ無数のリリベルたち。

 

彼らはDAの誇る最強の殺し屋の集団だった。筋力に優れ、感情を殺し、ただ機械のように敵を殲滅する完璧な兵器。

 

上層部は、この作戦も数時間で「リリベルの完全勝利」によって終わると疑っていなかった。

 

「……だけど、相手が悪すぎた」

 

ボクは、当時の監視カメラの映像と、通信の音声ログを同時に再生した。

 

そこに記録されていたのは、制圧劇ではない。

 

真島という「アランの才能」を与えられた規格外の化け物による、一方的な『屠殺(とさつ)』だった。

 

『アルファ1より司令部! 敵の火力が想定を上回っている! 重機関銃およびRPGの集中砲火!』

 

『ブラボー班、壊滅! 敵のリーダー(真島)の動きがおかしい! 銃弾をすべて避けられている!』

 

『退路が爆破された! 応答せよ、司令部! 応答――ギァアアアッ!!』

 

凄惨な悲鳴と、肉が弾ける音。

 

旧電波塔の内部は、真島の仕掛けた罠と圧倒的な暴力によって、文字通りの地獄と化していた。

 

筋力がなんだ。戦術がなんだ。

 

アラン機関が作り出した「殺しの天才」の理不尽なまでの暴力の前では、小手先の訓練を積んだだけのリリベルたちは、ただの「少し丈夫な案山子(かかし)」に過ぎなかった。

 

『――現在、投入したリリベル部隊の80%がロスト(心停止)。作戦は失敗。電波塔が崩落する危険あり――』

 

DA本部がパニックに陥り、上層部のジジイたちが絶望に顔を歪めた、その時だ。

 

「……歴史のパラダイムシフトってやつは、いつもたった一人の『規格外(イレギュラー)』によって引き起こされるんだよね」

 

ボクは、メインモニターの映像を切り替えた。

 

絶望的な血だまりと硝煙の立ち込める電波塔の展望台。

 

全滅したリリベルたちの死体の山を越えて、たった一人、軽やかな足音と共に「それ」は現れた。

 

まだ幼さの残る、赤い制服を着た少女。

 

錦木千束。

 

当時わずか7歳(あるいはその前後)の、一人のリコリス。

 

『なんだぁ、お前? まだDAのネズミが残って――』

 

真島の部下が機関銃を構えた瞬間。

 

千束の姿が、ブレた。

 

映像のフレームレートが追いついていない。彼女は弾丸の雨を文字通り「舞うように」すべて躱し、無傷のまま敵の懐へと潜り込んだ。

 

そして、放たれる非殺傷弾(ラバーバレット)。

 

バンッ! バンッ! バンッ!

 

真島の配下のテロリストたちが、一瞬にして顎を撃ち抜かれ、膝から崩れ落ちていく。

 

真島自身も、その異常な動体視力と戦闘能力の前に圧倒され、ついに旧電波塔は半壊しながらも、テロリストの制圧という結果をもたらした。

 

「……たった一人の幼い女の子が、DAの最強部隊(リリベル)が全滅した地獄を、たった数分でひっくり返しちゃったんだ」

 

映像の中で、倒れ伏す真島を見下ろしながら、硝煙の中でケロッとした顔をしている幼い千束。

 

彼女の撃った銃弾は、テロリストを倒しただけじゃない。

 

100年間続いてきた八咫烏、そしてDAにおける『男尊女卑のパワーバランス』を、根本から木っ端微塵に撃ち抜いたのだ。

 

第五章:権力闘争の果て、現在のリコリスへ

 

「この事件が、DAの内部にどれほどの激震をもたらしたか、想像に難くないね」

 

ボクは事後処理の政治的なログをスクロールしていく。

 

旧電波塔事件におけるリリベル部隊の全滅と、たった一人のリコリスによる事態の解決。

 

これは、それまでリリベルを贔屓にしていた保守派の上層部にとって、致命的な失態だった。

 

『圧倒的な筋力や火力よりも、市街地における隠密性、そして何より「個の絶対的な才能」の運用こそが、現代の非対称戦においては重要である』

 

この事件を契機に、DA内部で激しい権力闘争(派閥争い)が起きた。

 

旧態依然としたリリベル至上主義の幹部たちは失脚し、代わりに台頭してきたのが、リコリスの潜在能力と運用効率を高く評価していた革新派――そしてその革新派に担ぎ上げられたのが現在のDA司令塔である『楠木』だったのだ。

この時司令だったミカは責任を取らされる形でDA司令を降ろされている。

もっともミカ自身は15年前に警備会社からのスカウトされたいわゆる外様枠だったので切られるのも早かったという側面もあるようだが。

 

「あいつがトップに立ち、DAの主力は完全にリリベルからリコリスへとシフトした。そして、表の街並みに溶け込む女子高生の制服というカモフラージュが確立され、今の『見えない治安維持システム』が完成したってわけだ」

 

男系暗殺部隊である君影草(リリベル)は、主力から「特務(あるいはリコリスの粛清など、さらに裏の汚れ仕事)」へと格下げされ、日の当たらない場所へと追いやられた。

 

すべては、あの日、幼い千束が見せた圧倒的な才能がもたらした、歴史の変動だ。

 

「……皮肉な話だよね」

 

ボクは、キーボードから手を離し、背もたれに深く寄りかかった。

 

千束本人は、自分が歴史を変えたなんて、これっぽっちも思っていないだろう。ただ目の前の敵を(殺さずに)倒しただけだ。

 

だけど彼女のその行動が、結果的に数多くのリコリスたちを最前線の地獄(矢面)に立たせることになり、同時に、DAという狂った組織の延命を決定づけてしまったのだから。

 

「軍部に使い捨てられた戦争の時代。特高警察と一緒に解体されたふりをして潜伏した戦後。そして、リリベルの全滅を経て、リコリスが主力となった現代」

 

ボクは、明治から令和へと続く『八咫烏』の血塗られた系譜のすべてを、再び深い深い暗号化の海の底へと沈めた。

 

こんな血みどろの歴史、誰の目にも触れさせるわけにはいかない。

 

「組織の形が変わろうと、主力が男から女に変わろうと、根本の『システム』は何も変わっていない。戸籍のない孤児たちを使い捨てにして、この歪な平和を維持するっていうバケモノの心臓はね」

 

ボクは自室のモニターをすべて落とし、暗闇の中で大きく息を吐いた。

 

階下のカフェフロアからは、いつものように、千束の明るい笑い声と、たきなの真面目くさったツッコミの声がうっすらと聞こえてくる。

 

「あいつらは、自分たちが歩いている場所が、どれだけの死体と権力闘争の上に成り立っているのか、一生知らなくていい」

 

ボクは、最後のチュッパチャプスを口に放り込みながら、ドアノブに手をかけた。

 

歴史の裏側を覗き見るのは、ボクみたいなひねくれたハッカーだけで十分だ。あいつらには、ただ目の前の美味しいパフェと、平和な日常だけを味わっていてほしい。

 

それが、世界一のハッカーたるウォールナットが、この狂った世界に対してできる、唯一で最大の「反逆」なのだから。

 

ボクからの歴史の裏側の解説は以上だ。

 

使い捨ての時代を経て、しぶとく生き残った八咫烏。そして、旧電波塔事件という最悪の地獄の中で、千束が図らずも引き起こしてしまった「リリベルからリコリスへのパラダイムシフト」。

 

血みどろの歴史のピースが、すべて現在の「喫茶リコリコ」の平和な日常へと繋がっていること、堪能してくれたかな? ボクは少し頭を使いすぎたよ。美味しいスイーツでも食べて、糖分を補給するとするよ。じゃあね。

 

 




投稿は続きますが
次回からは毛色が変わります

具体的には表の治安維持も飾りではないということです
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