部隊は森林を抜ける。視界が開ける。草原を見渡す。山岳は遠い。
先行していたリオは一歩、引いた。
霧の匂いが、森とは違う。
「ここからは、ゴブリンや亡者が出ます。先行をお願いします」
――ゴブリンは専門外だ。
レオンは、肩を強張らせる。
「行くぞ」
レオンとガルドを先導に進んでいく。
薄い霧が草原の草にだけ沈んでいた。
風はない。だが草葉がわずかに揺れている。
リオは足を止めた。
「…境界が、ずれています」
先行するレオンが振り返る。
「霧だろ」
リオは答えない。赤い視線を落とす。
地面の魔力の流れが、一定ではない。
通常の危険域は層になる。
だが、ここは違う。
流れが絡んでいる。
――重なっている。
リオが胸元のクリスタルに触れた。
淡い光が揺れる。反応が遅い。
「進むと、囲まれます」
レオンが眉をひそめた。
「根拠は?」
レオンの声色は硬い。
リオは言葉を選ばない。
「感覚です」
空気が止まる。
疑念が一瞬だけ部隊を覆う。
その瞬間だった。
霧が動いた。
横ではなく下から。
地面が膨らみ、黒い影が噴き上がる。
獣型の亡者が三体。さらに後方から二体。
伏兵。
レオンが即座に命じる。
「迎撃!」
前衛が斬撃を浴びせる。
亡者には、まるで影響がない。
リオは静かに後退し、杖を地面に当てた。
魔力を流し込む。
結界ではない。
退路の固定だ。
流れの乱れを一点に絞る。
こちらは生。
境、固定。
霧の動きが変わる。
亡者はひるむ。
包囲の形が崩れる。
「右です」
リオの短い指示で部隊が突破する。
戦闘は三十秒。だが、十分だった。
魔物が引いたとき、リオは杖を離した。
呼吸は乱れていない。
ただ、クリスタルの光だけが弱い。
――わずかに。
誰もそれに気が付かない。
ガルドがリオに掴みかかる。
「お前、なぜ逃がしたんだ! 数を削れた!」
リオは答えない。
亡者を減らしても意味がない。
説いたところで分からない。
ただ、鈍色の赤い瞳でガルドを見つめている。
「ガルド。十分だ」
レオンが止めにかかる。
ガルドは、リオを突き放す。
半歩下がる。
風が変わる。
北東。
――嵐の予兆だ。
リオは草原の先を見た。
「撤退しましょう」
即答だった。
ガルドが険しい視線を送る。
「お前…」
重い沈黙。
シオンが手を上げる。
「進む者。下がる者。各々判断すればいい」
「私は案内人を信じる」
シオンはリオを指さす。
一陣の風が草原を去る。
シオンが観る魔力の温度が0.4エルあがる。
危険な兆候だ。
レオンは、短く息を吐いた。
「…想定より、きついな」
それだけ言うと、もう次の指示を考えていた。