バイオハザード ラストリベリオン   作:GZL

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第2話 ハイブ潜入

「…………ん、んぅ……」

 

深いような、浅いような眠りの底から――玲奈はゆっくりと意識を覚醒させた。

 

なぜ目が覚めたのか、彼女自身分からない。

 

「あ……あぁ……」

 

かすれた声が喉から漏れる。

 

うつ伏せのまま、どうにか上体を起こそうとするが、身体が痺れて思うように動かない。

力を込めても、指先すら自分のものではないようだった。

 

――冷たい。

 

足元に違和感を覚え、視線を落とす。

 

床には薄く湯気を立てる温水が溜まり、玲奈の足を濡らしていた。

 

どうやら、シャワールームで意識を失っていたらしい。

 

しばらくして痺れが引き始めると、玲奈は洗面台に手をつき、ふらつきながら立ち上がった。

 

裸のまま、曇った鏡を手で拭う。

 

そこに映ったのは――自分の身体。

 

まず目に入ったのは、鎖骨の下に残る手術痕だった。

それだけではない。腕、脇腹、太腿……至る所に同じような痕が残っている。

 

なぜこんなものがあるのか。

まるで何も思い出せない。

 

それよりも――ここはどこなのか。

 

玲奈はクローゼットを開け、見つけたバスローブを羽織った。

だが、寒さは防げない。床から這い上がる冷気が、足元から全身を侵していく。

 

窓の外は、すでに夜の闇に包まれていた。

 

シャワールームのすぐ外には大きなベッド。

その上には、黒いパーカー、使い込まれたジーンズ、ブーツが置かれている。

 

どれも、自分のサイズとほぼ同じだった。

 

――用意されていた?

 

小さな机の上には、1枚のメモ。

 

『君の望みが叶うことだろう、玲奈』

 

「……望み?」

 

自分の名前を見て、玲奈は息を呑む。

 

試しに同じ文章を書いてみる。

だが筆跡は明らかに違った。

 

望み。

そんなもの思い出せない。

 

それどころか――

 

ここがどこなのか、自分がどんな人間なのか。

 

何一つ思い出せなかった。

 

(もしかして……記憶喪失?)

 

そう考えると、シャワールームで倒れていた理由とも繋がる気がした。

 

「うーん……」

 

玲奈は小さく唸った。

 

 

 

 

 

その後、部屋の中を探し回った。

 

ベッドに置かれていた服に着替えても寒さは変わらない。

上着を探そうと棚を開けていくが、どれも同じ色、同じデザインの服ばかり。

 

ため息が漏れる。

 

そして、一番下の棚に手をかけた瞬間――

 

「……!」

 

ガタッ。

 

玲奈は尻もちをついた。

 

そこに収められていたのは、黒一色のメタリックな塊。

装飾は一切ない。だが圧倒的な威圧感を放っている。

 

それは拳銃だ。

 

それも一つではない。

様々な種類の銃器や武器が整然と並んでいた。

日本では持つこと自体が禁止にされているはず…。

 

しかし、電子ロックがかかっており、取り出すことはできない。

――それが、かえって救いだった。

 

玲奈は逃げるように部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

扉の先は、大きなロビーのような空間だった。

 

教会を思わせる広場。

奥には大理石のマリア像が静かに佇んでいる。

 

いくつもの窓から差し込む月光が、床を青白く照らしていた。

 

だが――ベンチも、十字架もない。

祈るための場所ではないのだろうか。

 

玲奈は戸惑いながら一歩踏み出す。

 

そのとき。

 

1つの写真立てに目が釘付けになった。

 

そこには、幸せそうに微笑む玲奈と、見知らぬ男性。

 

結婚式での記念写真だった。

 

玲奈は震える手で、自分の左手を見る。

薬指には、プラチナ色の指輪。

 

そっと外し、裏側を覗く。

 

刻まれていたのは名前ではなく――

 

『アンブレラからの御祝い』

 

「……なに、これ……」

 

指輪を戻し、もう一度写真を見る。

 

写真の中の自分は、今の自分とは別人のように笑っていた。

 

(いつか……こんな笑顔を取り戻せるのだろうか)

 

そう思った、その時。

 

写真立てのガラスに――玲奈の背後を走り抜ける人影が映った。

 

「誰!?」

 

振り返る。

だが、そこには誰もいない。

 

代わりに、冷たい風が吹き抜けた。

 

閉まっていたはずの扉が開き、北風がカーテンを揺らしている。

 

玲奈は足早に近づいた。

 

「誰か……いるの?」

 

外を覗く。

人の気配はない。

 

それでも、どこかに潜んでいる気がして――

 

「誰かいるの?」

 

再び問いを投げた。

返事はない。

 

気のせい…そう思った直後だった。

 

風が、不自然にうねり始めた。

 

落ち葉が舞い上がり、横倒しの竜巻のように渦を巻く。

まるで問いに応えるかのように、玲奈へ向かって吹きつけた。

 

恐怖が背筋を走る。

 

玲奈は慌てて建物の中へ戻った。

 

その瞬間――何者かに腹を掴まれた。

 

「きゃあ!! なっ、何⁈」

 

「いいから来い!」

 

若い男の声。

 

玲奈が抵抗する間もなく――教会の窓ガラスが一斉に砕け散った。

 

完全武装した兵士たちが雪崩れ込んでくる。

 

男は玲奈を突き飛ばし、腰の拳銃を抜こうとする。

だが撃つ前に弾き飛ばされ、兵士に押さえつけられた。

 

両腕を背中に回され、拘束される。

 

「いてて‼ 折れる折れる‼ もう抵抗しねえからやめろ‼」

 

男は腕を捻り上げられ、情けない悲鳴を上げていた。

 

同情したのか、兵士は力を緩め、手錠をかけるだけに留める。

 

周囲を取り囲む兵士は7名。

全員がヘルメットを被り、重武装している。

 

その中で、ひときわ体格の大きい兵士が、壁際で震えている玲奈へ歩み寄った。

 

「状況は?」

 

ヘルメット越しの低い声。

聞き覚えはない。だが男性だと分かる。

 

「状況? な……何のこと?」

 

玲奈には、その言葉の意味すら理解できなかった。

 

「……覚えていないのか?」

 

玲奈は、ゆっくりと頷く。

 

それを見た兵士はヘルメットを外した。

 

現れたのは、豪傑という言葉が似合う顔つきの男だった。

幾多の戦場を潜り抜けてきたような、圧倒的な存在感がある。

 

「葉子! そいつは何者だ?」

 

拘束した男の後ろにいた兵士――葉子もヘルメットを外した。

 

軽くウェーブのかかった黒髪が揺れる。

 

葉子は男のズボンから財布と警察手帳を抜き取る。

 

「……名前は佐々木竜也。見ての通り、警察官のようね」

 

「本当か? 警視庁のデータベースで調べろ」

 

葉子は胸ポケットからスマートフォンを取り出し、素早く検索する。

数秒後、その表情が曇った。

 

「データベースに該当なし。どういうことかしら?」

 

竜也は焦ったように言い返す。

 

「明日から警視庁勤務なんだよ!」

 

葉子は疑いの視線を向けたが、それ以上追及はしなかった。

調べている時間すら惜しかったのだろう。

大柄な男へアイコンタクトで「問題なし」と伝える。

 

「玲奈とその男も連れていく! 憲之!」

 

30代前後の兵士・憲之が黒いリュックを下ろし、タブレット端末を操作する。

 

すると、大理石のマリア像が音を立てて動き、秘密の通路が現れた。

 

「ついてこい」

 

拒否する余地はなかった。

 

玲奈は銃を携えた兵士たちの圧に飲まれ、黙って従う。

竜也も葉子に拘束されたままだ。

 

 

 

 

 

長い階段を下りた先に広がっていたのは、地下鉄のホームのような空間だった。

 

列車が停車している。

周囲には山積みの物資が置かれていた。

 

兵士たちは無言で黒い鞄を積み込んでいく。

 

憲之が運転席に乗り込み、列車を動かそうとした――その時。

 

「隊長! タイヤが線路から外れています!」

 

「直せ。時間がない」

 

「私がやるわ。こいつをお願い」

 

名乗り出たのは葉子だった。

 

竜也を別の隊員:純輝へ引き渡し、ライフルを床に置く。

ペンライトを口に咥え、車両の下へ潜り込んだ。

 

ライトで照らすと、確かに車輪が外れている。

だが、修復不可能な損傷ではない。

 

「憲之、器具ある?」

 

「ああ、待ってろ」

 

そのとき、葉子は奥に視線を向けた。

 

ライトの先に見えたのは、破られた通気口の金網。

自然に朽ちたのではない。何かに内側から突き破られたような形状だった。

 

「ほら」

 

憲之が器具を差し出す。

 

葉子は一瞬迷ったが、些細なことだと判断し、修理を優先した。

 

「OK。行けるよ」

 

「了解。発車させる」

 

列車が動き出す。

 

外観の古さとは裏腹に、凄まじい加速だった。

玲奈と竜也は思わずよろめいた。

 

数分間、誰も口を開かなかった。

 

だが――

 

ガタン……!

 

近くの扉から鈍い音が響く。

 

兵士たちの緊張が一気に高まる。

玲奈と竜也も扉に視線を向けた。

 

大柄な男が銃を構え、扉を一気に開け放つ。

 

そこから1人の男が倒れ込んできた。

 

意識は朦朧としている。

 

「こいつは……!」

 

「毅!」

 

兵士の何人かが叫ぶ。

 

玲奈も気付いた。

 

――写真の中で、自分と並んでいた新郎。

 

この男だ。

 

「様子が変だな。春奈、検査を」

 

春奈が駆け寄り、ペンを取り出す。

 

「これを目で追って」

 

毅は言われるまま、ペンを目で追う。

 

数秒後、春奈は診断を下した。

 

「記憶障害を起こしていますが、命に別状はありません」

 

「そうか。ご苦労」

 

 

 

 

 

その後、何も起こらないまま20分ほどが過ぎた。

 

列車は別のホームに到着する。

 

目の前には、巨大で分厚い鋼鉄の扉が鎮座していた。

 

憲之と純輝が機械を取り出し、切断作業を開始する。

 

その間、大柄な男が玲奈たちへ向き直った。

 

「時間がかかる。説明しておこう」

 

彼はタブレットに地図を表示する。

 

「我々が通ってきたのは、この施設へ入るための緊急通路だ。通常は使用されない」

 

(緊急事態……?)

 

玲奈は首を傾げる。

 

「ここはアンブレラ社の極秘研究所。通称:ハイブ。非合法な新薬の開発と研究が行われている」

 

玲奈たちは言葉を失う。

 

「玲奈と毅。君たちはこの通路の警備担当だ。それを悟られないため、偽装として結婚している」

 

「そんな……」

 

玲奈と毅は顔を見合わせた。

 

信じられない。

だが、指輪と写真がそれを裏付けている。

 

竜也が口を開く。

 

「じゃあ、なぜ君たちはここにいる? 緊急通路なんだろ?」

 

玲奈も同じ疑問を抱いていた。

 

大柄な男は、わずかに目を伏せる。

 

「……3時間前。このハイブにいた約500名の従業員及び研究者が死亡した」

 

「……!」

 

空気が凍りつく。

特に竜也の目は大きく見開き、小さく「嘘だ…」と呟いた。

 

「原因は不明。だが施設を管理する人工知能――“レッドクイーン”の暴走が有力だ。

事故か、故意かは分からない」

 

玲奈は息を呑んだ。

 

地上の平穏の裏で、そんな惨劇が起きていたなど想像もしなかった。

 

「そして我々の任務は――」

 

彼は鋼鉄の扉を見据える。

 

「レッドクイーンの破壊だ」

 

その瞬間。

 

切断が完了し、扉が重々しい音を立てて開いた。

 

その先に待つ恐怖を、玲奈たちはまだ知らない。

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