葉子、純輝、竜也の3人は、静まり返った通路で彼らの帰還を待っていた。
重苦しい沈黙。
遠くで機械が低く唸る音だけが、かろうじてこの場所が生きていることを示している。
そのとき――一瞬、照明が落ちた。
闇。
すぐに非常灯が赤く点滅し、自家発電へと切り替わる。
施設全体が不気味な赤へと染まった。
葉子と純輝は目を合わせる。
「どうやらクイーンを始末したそうだな」
「ええ、後は脱出するだけね」
だが、安堵は続かなかった。
――ガタン。
奥から金属が倒れるような音が響く。
葉子は無言でライフルのセーフティを解除し、音が聞こえたところへ駆け出した。
「見てくる」
赤い非常灯の下、警戒しながら進む。
足元で何かが転がる音がした。
カラカラ、と乾いた金属音。
ガスボンベが彼女に転がってくる。
その奥に、白衣姿の社員が立っていた。
身体を揺らし、今にも崩れ落ちそうなほど不安定な足取りだった。
全員死亡の報告だったはずだが、生き残りがいたのだ。
葉子は息を吐き、構えを緩める。無線を取った。
「純輝、生存者発見。保護するからそっちに……」
その瞬間。
左手に鋭い衝撃が突き抜けた。
「っ!?」
視線を戻すと、白衣の男が葉子の左手に噛みついていたのだ。
「うぐっ‼なっ、何すんだよ!?」
「葉子!」
駆けつけた純輝が男を引き剥がす。
拘束から解放された反動で、葉子は尻もちをついた。
「大丈夫か?」
「何なんだよ、あの野郎…。突然噛みついて来やがったよ…」
左手から血が滴る。
純輝は男に銃口を向けた。
「動くな!撃つぞ!」
男は反応しない。
低く、喉の奥から絞り出すような唸り声。
ゆらりと近づいてくる。
純輝は構わず足を撃ち抜いた。
だが。
表情は変わらない。
膝も折れない。
「なっ…こいつ…」
もう片方の足も撃つ。
それでも倒れない。
業を煮やした葉子はライフルを構え、胸部に連射した。
衝撃で男は吹き飛ぶ。
今度こそ動かない。
銃声の反響が消えた頃――
「今の銃声は!?」
玲奈、毅、憲之が戻ってくる。
「生存者が襲いかかってきたんだよ……。…っ、くそ…」
痛みで顔を歪めた葉子は左手にハンカチを巻いて、止血する。
そのとき、竜也が地面に目を止める。
「…妙ね」
「何が?」
憲之が問う。
「この血はもう固まっている。人間の血ってのはな、大体15分くらいで固まるんだ。でもこれはもう固まっているから、葉子のものではない。ということは、さっきあんたを襲った奴だと考えるのが妥当なんだが…」
竜也は言いながら、確信できずにいた。
「要するに…そいつは死んでいた…ってことか?」
「そんなの有り得ない!さっきの奴は確かに生きていた!」
「おい!死体がないぞ!」
振り向く。
血溜まりだけが残っている。
死体は消えていた。
「…嫌な予感がする!さっさと逃げよう!」
「隊長たちが戻るまで行かないよ」
この発言に
「……誰も、戻ってこない…」
「は?それってどういうことだよ⁈」
葉子が憲之の胸ぐらを掴む。
「しっ!静かに…!何か聞こえないか?」
耳を澄ます。
聞こえてきたのは金属を引きずる音。
次にたくさんの人の気配。
更に複数の足音と呻き声。
角の向こう、機械の陰から――それは現れた。
腕が欠け、腹が裂け、首が不自然に傾いた人間“だった”もの達。
「何だこいつら!?」
葉子はどういうことか思考を巡らせようとしたが、途端に横から先ほどの男が再び襲いかかってきた。
葉子は頭を掴み、首を折った。
今度こそ完全に動かなくなる。
しかし周囲は埋め尽くされていく。
考えている暇などない。
葉子たちは銃乱射した。
弾丸が肉を穿ち、血飛沫が舞う。だが、それでも彼らは誰一人として倒れない。
「何でこいつら死なないんだ⁈」
「いいから黙って撃て!近付けるな!」
弾丸が機械に当たる。
白いガスが漏れる。
「ガスよ!爆発す………」
玲奈が警戒するよりも早く轟音と共に爆発が起きた。
爆風によって玲奈の身体が吹き飛ぶ。
耳鳴りと視界の揺れが意識が遠のきそうになる。
そんな玲奈を誰かが引きずる。
「おい、しっかりしろ!」
「あ……あぁ……」
玲奈を頑張って引きずりながら、竜也は呼びかける。
「奴ら、銃声につられている!こっちだ!」
竜也の声が聞こえたが、玲奈の意識はここで落ちてしまった。
残された4人は周囲に群がる。
「くそっ!このままじゃ弾がなくなるぞ!」
徐々に退路が塞がれていく。
「おい憲之!そこのドアを開けろ!そこから逃げる!」
「分かった!」
だが、指が震えるせいで数字を打てない。
「いつまで時間かかってんだ!?9桁の数字を打つだけだろ!?」
「まっ、待ってくれ!」
「…ああ、くそ!俺が打つから、お前はパスワードを言え!」
「早くしな!弾が無くなるよ!」
「256…885…149!」
ドアが開き始める。
安堵したその直後――
扉の向こうは、密集した“群れ”。
「嘘だろっ⁈」
純輝は囲まれ、掴まれる。
「やっ、やめろ!」
「純輝!」
葉子が地獄の中へと飛び込む。
しかし純輝は奥へ引きずられていく。
腕、肩、首に群がる手。
「ぐあああぁぁぁ‼助けてくれえぇ‼」
絶叫が響く。
やがてそれは、肉が裂ける音に掻き消された。
血が飛び散り、葉子の右腕に歯が食い込む。
「いやあぁ‼」
憲之と毅が引き剥がす。
「葉子、もう純輝は無理だ!行くぞ!」
「放せ!純輝!純輝‼」
純輝の声は次第に濁り、やがて途切れた。
通路に残るのは、銃声の残響と赤い非常灯の明滅だけだった。