バイオハザード ラストリベリオン   作:GZL

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第5話 喪われたもの

意識を失った玲奈を背負い、竜也は銃撃戦の現場から離脱していた。

あの無秩序な発砲の中に留まっていれば、流れ弾を受けても不思議ではない。

そう判断した結果だった。

 

だが、走りながら竜也の胸中には別の焦りが渦巻いていた。

 

1つは、この施設の構造をまったく把握していないこと。

無闇に進めば仲間のもとへ戻れなくなる可能性がある。

 

そして、もうひとつ――背中の玲奈の存在だった。

 

動きが鈍るのは当然だ。

だが、それ以上に彼を困らせているのは、彼女の端正な顔立ちだった。

寝息を立てている彼女の美貌に思わず、息を飲む。

こんな状況だというのに、心臓は落ち着くどころか早鐘を打ち続けている。

 

(俺、何やってんだよ……)

 

自分の情けなさに呆れながらも、背中のぬくもりと静かな寝息が妙に意識を乱す。

 

「……」

 

その寝顔を見てしまえば、なおさらだ。

このままでは冷静な判断などできない。

 

竜也は足を止め、玲奈を起こす決意をした。

 

角を曲がった先に、小さな部屋があった。

周囲には、かつて動物を収容していた檻が並んでいるが、すべて内側から引き裂かれている。破れた檻には血肉が付き、嫌な予感しかしなかった。

 

床に玲奈を横たえ、肩に手をかけた、そのとき。

 

――グルル……

 

低く湿った唸り声が、背後から響いた。

 

竜也はゆっくりと振り返る。

 

もし、さっきの連中なら――武器のない今の状況は最悪だ。

 

だが、現れた“それ”を見た瞬間、竜也の喉から乾いた声が漏れた。

 

「嘘だろ…勘弁してくれよ…」

 

そこにいたのは犬だった。

 

しかし、もはや生き物の形を辛うじて保っているだけの存在。

裂けた皮膚の下からは骨と内臓が露出し、血に濡れた体がぬらりと光る。

口は異様に裂け、黒ずんだ舌が垂れ下がっていた。

 

犬は、竜也と玲奈をじっと見据えている。

 

竜也は一瞬だけその姿を見返し、すぐに玲奈を抱き起こした。

 

その動きを合図にしたかのように、犬は地面を蹴った。

 

凄まじい速度で迫るそれを背に、竜也は玲奈を背負い直し、小部屋へ飛び込む。

直後、犬が扉に体当たりする。同時に爪が金属製の扉をガリガリと引き裂く。

 

「……っ」

 

扉一枚で遮られているだけだ。安心などできない。

 

だが次の瞬間、竜也の体は別の何かに掴まれた。

 

振り向くと、警備員の制服を着た男が立っている。

目は虚ろで、口元からは黒い液体が垂れていた。

 

竜也は躊躇なく腹部に蹴りを叩き込み、男の体を棚へ叩きつける。

薬品の瓶が床に散乱し、刺激臭が広がった。

 

男は、それきり動かなかった。

 

そのポケットから拳銃が覗いているのに気づき、竜也は素早く抜き取った。

 

「残り7発…か…」

 

予備弾はない。

これであの犬を仕留めるしかない。

 

その前に――

 

「玲奈、起きろ」

 

ぺちぺちと頬を叩き、玲奈を無理やり起こした。

 

「うっ…りゅ、竜也…?どうして…私…」

 

「事情は後で話す。いいか?今この部屋の外に狂った犬どもがいる。そいつを今から殺しに――」

 

言い終える前に、窓ガラスが爆ぜた。

 

血塗れの犬がガラスを突き破って室内へ飛び込んできたのだ。

 

「なに…あれ!?」

 

「いいから出るぞ!」

 

竜也は玲奈の手を引き、部屋の外へ飛び出す。

 

だが、その先に広がっていた光景に、玲奈の喉から小さな悲鳴が漏れた。

 

「ひっ!」

 

廊下の先に、同じような犬が何匹も立っていた。

血に濡れた牙を覗かせ、低く唸りながら2人を取り囲む。

 

玲奈は思わず扉に背中を打ち付け、怯える。

 

正反対に竜也は拳銃を構えた。

 

犬たちが一斉に飛びかかる。

 

こちらに来る前に引き金を引いた。

1発、また1発。

 

恐怖で震えそうになる身体を抑え込み、竜也は全ての弾を正確に頭部へ撃ち込んだ。

 

7体の犬の頭部が弾け、肉片が壁に叩きつけられる。

 

「…ふぅ…」

 

安堵の息が漏れる。

 

だが、安心は一瞬だった。

 

先ほど室内に侵入した1匹が、再び元に戻ってきたのだ。

 

竜也は銃を向ける。

だがスライドは後退したまま――弾切れだ。

 

犬が跳躍する。

 

とっさに腕を差し出し、噛みつきを防ごうとした、その瞬間。

 

玲奈が前に出た。

 

その瞳は、迷いのない戦士のものだった。

 

「せええぇぇい‼」

 

回転を伴った蹴りが犬の顔面を捉え、骨が折れる鈍い音が響く。

犬の体は壁に叩きつけられ、動かなくなった。

 

竜也は言葉を失う。

 

(なんて強さだ…)

 

玲奈自身も、呆然と自分の足を見つめていた。

 

記憶はなくとも、体が覚えている――。

 

「……とにかく、早くここから離れよう。犬がまた来たら大変だ」

 

玲奈は力強く頷いた。

 

 

 

 

 

2人はやがて、施設の表側と思しき出入口に辿り着いた。

 

床には散乱した書類、乾いた血痕、そして身体の一部。

静寂の中に、異様な気配が残っている。

 

竜也は書類を拾い上げるが、専門用語ばかりで意味を成さない。

 

「何か…ないのか…」

 

そのとき、左側のガラス越しに大きな衝撃音が響いた。

 

振り向くと、血に濡れた口を剥き出しにした“奴”がガラスを叩いている。

だが、この厚さなら割れることはない。

 

竜也は息を吐いた。

 

「竜也…!あれ…!」

 

玲奈の震える指が示す先。

 

そこに、黒髪のショートヘアの女性が立っていた。

 

ふらふらと揺れる足取り。

しかし、竜也は彼女の顔を見た瞬間、目を見開いた。

 

「千鶴!無事だったか!」

 

「待って!彼女…どこか変――」

 

玲奈の制止も聞かず、竜也は駆け寄り、彼女を抱きしめる。

 

返事はない。

 

「千鶴?どうし…」

 

「グアアアアァ‼」

 

獣のような咆哮とともに、千鶴は竜也に馬乗りになった。

 

噛みつこうと迫る顔。

竜也は必死に抵抗するが、彼女を押し倒すことができない。

 

「千鶴……お前…っ」

 

その瞬間。

 

千鶴の体が硬直した。

 

ポタポタと血が竜也の顔に落ちて、すぐに力なく崩れ落ちた。

 

竜也の視界に、鈍器を握った玲奈の姿が入る。

 

「………」

 

血に染まる床の上で、竜也は目が開いたままの千鶴の目をそっと閉じた。

 

「彼女は…俺の妹だ」

 

「え?」

 

「千鶴はアンブレラで働いていた。でも、この施設のことは何も言ってくれなかった…」

 

竜也の声は震えていた。

 

玲奈は静かに耳を傾ける。

 

「数時間前…千鶴から電話があったんだ。助けを求める声だった…」

 

 

 

 

「おい、千鶴!電話するなって…」

 

『はぁ…はぁ…。た、助けて……』

 

「ち、千鶴?どうした?おい!?」

 

『助け……て………た、す……け……………』

 

「千鶴!返事しろ!おいっ‼」

 

 

 

 

 

「そんなことが…」

 

「……本当は俺、公安なんだ。アンブレラの不正には気づいてた。でも証拠がなかった。千鶴の電話の数分後、アンブレラが動いた。だから俺は――」

 

声が途切れ、嗚咽が漏れる。

 

玲奈は、まっすぐ竜也を見据えた。

 

「全て終わったような言い方しないで…。竜也にはまだやることがあるでしょ?この事実を世界に暴露するのよ!私たちで!それが……彼女のために唯一出来ることよ」

 

「玲奈…。…そう、だよな…。警察は真実を明らかにするのが仕事だもんな…」

 

「そのためにもまずは脱出しないとね!」

 

「ああ、行こう!」

 

2人は駆け出す。

 

立ち去る直前、玲奈はもう一度、千鶴の亡骸を見た。

 

その瞬間、記憶の断片が開く。

 

『私が……アンブレラのハイブに穴を開けるから、あなたはその隙に……』

 

『…分かった。でも条件……』

 

――千鶴と話していた。

 

何かを盗むよう、頼まれていた。

 

だが、それが何だったのかは、まだ思い出せない。

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