白馬姉「私の弟は最強なんだ!」   作:ボックス

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 暗雲立ち込める。

 

(読み違えた、わね)

 

 椅子に腰かけ、曹操は自身の目も鈍ったか、と内心で自嘲していた。

 汜水関を前に集結した反董卓連合。

 その兵数は、()()()()()十数万、或いは数十万に迫る数を用意する事が出来た。

 だが、蓋を開けてみればどうだろうか。

 兵数は、その半分以下。精々が五~六万程度であり、オマケに士気が低い。

 これでも対応の速い陣営が出血を可能な限り抑えてこの始末だ。

 

(白蓮……いいえ、公孫伯珪。貴女は、正に爪を隠した鷹であった、という事よね)

 

 曹操が思い出すのは、行軍の道中。

 元々、数万規模の兵数を動員する場合はどうしても通れる道というものが制限されてしまう。二人一列で冗長な行列を組むなど馬鹿のする事だ。

 

 この馬鹿の所業を、諸侯は強いられた。

 大軍を通せる道はその大半を岩や大木といった瓦礫によって塞がれるか、或いは道そのものが物理的に寸断されている場所もあった。

 自然とギリギリ通れる道へと兵を通す事になる。

 そして、通る道を制限されるという事は、相手からもどこを通るのか読みやすいという事でもあった。

 

 曹操のみならず、連合に参加した諸侯の全てが最低でも一度の襲撃を受けた。

 百単位から千単位の被害を一発で叩き出された上に、更にその人数を養うための物資を根こそぎ奪われる始末。

 加えて厄介なのが、その襲撃が昼夜問わずに行われる点。

 

(まさか、()()()に騎馬を走らせるなんて)

 

 歩兵を主とする曹操ではあるが、彼女は万能の天才。騎兵に関する知識も当然ながら持ち合わせている。

 騎馬の強みは、何と言ってもその機動力と突破力にあるだろう。

 歩兵が流動する壁ならば、騎兵は戦場を切り裂く矢。特に平地における騎兵の恐ろしさというものは群を抜いている。

 しかし一方で、騎兵は制限も多い。

 森などの遮蔽物が多い土地では満足な機動は発揮できない。室内など馬で乗り入れば、的になるだけだ。

 制限があるが故に、限定的な状況に頗る強い。

 

 その考えは、今回の件で覆されていた。

 

「華琳様、今お時間宜しいでしょうか?」

「入りなさい」

 

 曹操の天幕にやって来たのは、猫耳フードが印象的な少女。

 荀彧。曹操率いる軍の軍師であり、同時に重度の男嫌いでもある。

 

「状況はどうかしら?」

「ありていに言って、最悪、というものかと」

「そう…………幽州にはしてやられたわね」

 

 フッと笑みを浮かべる曹操に、荀彧は唇を噛んだ。

 軍師であり、王佐の才とも称される彼女だが今回の件は予想外な事が多すぎた。

 

 まず、幽州の動きを読めた陣営が居ない。

 ここ数年、公孫賛が仕切る様になってから、幽州の地はそのほとんどがブラックボックスと化している。

 先の黄巾の件で、漸く化物のような騎馬隊を有しており怪物のような武将が居る事が知れた位だ。加えて、その情報にしても解決策がない。

 

「一刀はどうかしら?」

「………どうやら、あの男の知識にも今の幽州の情報は無いようです」

「そう……天の知識が及ばない状況、という訳ね」

 

 曹操が口に出したのは、とある少年の事。彼女が己の陣営を立ち上げて少し経った頃に、空から落ちてきた。

 北郷一刀と名乗った彼には、この中華には無かった様々な知識が備わっていた。この知識による貢献は、決して馬鹿に出来たものではない。

 彼自身の為人も相まって、曹操軍の中では中心人物の一人に数えられている。

 

 そんな天の知識が、今回は役に立たない。元々、その知識を主軸に据えていた訳ではない曹操からすればそれ程驚くべき事ではないが、当の少年はひどく驚いていた。

 

「ふふふ……良いわね」

「か、華琳様?」

「障害というものは、大きければ大きいほど越え甲斐があるでしょう?白蓮共々、私の手に収めたいわね」

 

 蠱惑的な笑みだ。

 元々、彼女はスカウト癖があった。それこそ、他陣営であったとしても自身の琴線に触れるのならば勧誘も躊躇う事はない程に。

 そんな彼女にとって、友である公孫賛は既に私塾時代の印象を逸脱していた。

 

 故に覇王は欲する。

 

 その手綱を握れるかどうかは、また別の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 執務机に両肘をついて、指を絡めて組んだ公孫賛は月光が射しこみながらも薄暗い部屋にて地図を眺めていた。

 彼女の耳目が情報を集めて出来上がったソレは、州それぞれの正確な位置関係のみならず地形の高低差なども分かる様になった優れもの。

 絡めた指を解いて、その表面をなぞる。

 

「星を先行させて、汜水関と合流。上手くやっているらしいな」

 

 汜水関の守将であった華雄とも上手くやれている、と報告を貰っていた公孫賛。

 指先を滑らせていく。

 

「連合軍は、ほぼ半壊。兵数が稼げない上に、物資は目減り。オマケに士気もどん底とくれば……もう、五分処じゃないか。流石は、越だな。やっぱり、アイツは強い。それに()()()()を表に出す事にして良かった」

 

 コツコツ、と指先で地図を叩き公孫賛は笑みを浮かべる。

 彼女にとって、弟が勝利する事には一切の疑いも無い。そもそも、そんな思考は最初から彼女の中に存在しない。

 勝って当然。()()()()()()

 続いて、更に指が滑った。

 

「とはいえ、連合は漸く集合した。となれば、ここからは単経だな」

 

 頭の中の絵図は、もう殆ど完成している。

 彼女は、この戦争が自分達の参加によって五分になると言った。

 しかし、実の所コレは誤りだ。

 

 前提条件として、公孫賛という女性は自分に対する自信がそれ程強くない。

 自己肯定感がない訳ではない。弟からの尊敬もあって一定以上の自負はある。しかし、同時に怪物を見続けた結果彼女自身が自分の力を正当に測れていないのだ。

 

 政治家にして、軍師にして、大将にして、国交大臣にして、盟主。

 

 肩書だけ見ても、この中華にここまで兼任している者はまず居ない。

 公孫賛は、これらの仕事を至極あっさりと熟している。それも、何れも高い水準で。

 

 彼女の在り方は、決して先陣を切って突き進むものではない。

 場所を作り、背中を押して支えてくれるそんな安心感。

 

 だからこそ、皆が全力を尽くした。

 

 公孫越は、敬愛する姉の為に昼夜など知った事かと暴れ回る。

 趙雲は、自身の主と定めた者の為に武威を磨く。

 孫乾は、己の居場所を作ってくれた上に全幅の信頼を寄せてくれた主君の為に大陸を駆ける。

 田楷は、幼い頃より見てきた、そして忠を尽くすと決めた主の為に矛を握る。

 厳綱は、自分を拾い上げ見出してくれた主の為に忠を捧げる。

 単経は、大好きな主の為に野を駆ける。

 

 彼らだけではない。兵も民も、皆が公孫賛の頑張りを知っている。

 異民族にすら、武力ではなく政治手腕と軍略で恐れられているのだからその能力は推して知るべし。

 

「さて、あちらの仕込みは上々。そこで連合から最低でも()()陣営が消える。詰んでいこうか」

 

 画竜点睛。公孫賛は竜を空へと解き放つために、気を抜かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が天頂に輝く時間。

 野営を敷いた反董卓連合は、決戦に向けて少しでも英気を養うために休息の時を迎えていた。

 

()()、準備完了しました。何時でも可能です」

「よしっ」

 

 距離凡そ数里。報告を受けて、公孫越は遠くに見える野営に目を細めた。

 

「さあ、最後の仕事だ。汜水関に合流する前に、奴らの士気をへし折る。まあ、一当てするだけだ。まさか、脱落するような奴は居ねぇよな?」

 

 彼が問うのは、ここ暫くの間幾度となく連合の分岐した部隊を襲っては壊滅させていった騎馬隊の面々。

 

 白馬義従、()()()()

 幽州における()()()公孫越が率いるべき部隊が、彼らなのだ。

 

 特徴的なのは、統一()()()()()()装備の数々。

 

 剣を、槍を、矛を、棍を、斧を、槌を、弓を、月牙を、棍棒を、双鉤を、それぞれが思い思いの武器を装備しており、武器だけでなく防具もまた各々がそれぞれに装備している。

 重装の者も居れば、毛皮を利用した革鎧であったり、急所にのみ装甲を持たせて後はそのままという者も居る。

 

 『無貌(むぼう)』ソレがこの部隊の名前。

 

 この部隊に所属する者たちは、何れもが公孫越自らが見出して引き抜いてきた者たちで構成されている。

 顔の無い部隊。そう名付けられたこの部隊は、()()()()()()()()

 隊員たちは何れも幽州軍内の別の兵科の部隊へと割り振られており、全員が最低でも千人将以上の実力を持つ者ばかり。

 更に付け加えるなら、この部隊に所属する隊員は漢民族だけではない。

 その証拠に、異民族特有の刺青を刻んだ者たちも多く見受けられた。

 

「はいはいしつもーん!」

「おう、どうした」

「隊長よりもぶっ殺して良いんすよね?」

「そいつは良いや。この所、農民上がりの賊やら逃げ腰の敗残兵を狩るばっかりで詰まらなかったんだ」

「やるなら、派手にぶつかりてぇよな」

 

 隊員からそれぞれ声が飛び出してくる。

 己の武威に自信がある者が多いからか、何かと好戦的なのがこの部隊。

 力を信条とし、だからこそ絶対的な力こそが手綱を握る。

 

「おい、注目」

 

 鋭い柏手が響き、その場の視線が一人に集まった。

 

「まず、今回の一当ては本命じゃねぇ。あくまでも削りだ」

「えー!」

「えーじゃない。雑魚を散らせば、相手の武将も出てきやすくなるだろうよ」

 

 不満たらたらの部下を無視して、公孫越は愛馬へと跨った。

 

「さあて、もう一仕事頼むぞ相棒」

 

 声を掛けつつ首筋を叩けば、鋭い嘶きと共に巨体が震えた。

 背筋を伸ばし、夜風に鮮やかな赤毛が揺れる。

 その背を見た瞬間、スイッチが切り替わった。

 無駄口を叩いていた者も含め、全員の目が据わり口は言葉を発するのではなく呼吸をする為だけの物へと変化する。

 各々の得物を握り直し、その時を待つ。

 

「――――征くぞ」

 

 連合に安寧は無い。

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