白馬姉「私の弟は最強なんだ!」   作:ボックス

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 その歩哨は運が悪かった。

 この野営地に来るまでの道中で、襲撃に散々追い立てられた挙句下っ端であった彼はそのまま歩哨に抜擢。

 彼含めて運の悪い者たちは眠い目を擦り、僅かな物音にも肩を跳ねさせながら次の交代が来るのを待っていた。

 

 その歩哨は、運が悪かった。

 

「ふあ…………ん?」

 

 零れた欠伸で滲んだ涙を拭いながら、歩哨は不意に顔を上げた。

 音を聞いた気がしたからだ。ここ暫く、何度も何度も聞いた恐ろしいあの音を。

 音が聞こえた方へと目を向ける。

 

 夜闇が広がっていた。同時に、天頂から降り注ぐ月光が暗い荒野を照らしている。

 

 そして、気付いてしまった。

 

「っ、ぁ…………」

 

 奥歯が嚙み合わず、顎が震える。

 化物がやって来る。馬蹄を鳴らしてやって来る。

 

 声も出ず、歩哨が最後に見たのは金棒を振り上げる鬼の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り抜かれる黒鉄の前では、木製の急ごしらえの柵など何の意味も持たない。

 

「全員遅れるなよ!ぶち抜いていくぞ!!」

 

 金棒を振り抜いた公孫越は、速度を一切緩める事無く連合軍の野営へと突撃していく。

 

 多数の騎馬が走れば、当然馬蹄の音が響くというもの。

 本来ならば、この突撃も察知される筈だった。

 だが、今の反董卓連合は疲弊している。連日のハラスメント攻撃によって人員を大きく削られた上に、物資も当初の半分あるかどうか。

 相手の動きを気にせねばならない武将などの上層部は未だに気を張っているが、末端の兵になればなるほど身体的精神的疲労の蓄積によって厭戦気分一色。とてもではないが、周囲に気を張れるような状態じゃない。

 

 これら相手の疲労を、公孫越は勘で読み取っていた。

 一切の躊躇なく、野営の陣を引き裂いていく。

 どこが弱く、何処が脆い。どこが堅牢で、何処が手強い。

 公孫越には、全てが分かる。そして、生半可な壁は彼にとっては障害の一つにも成りはしなかった。

 

 黒い暴威の後に続くのは、無数の修羅。

 『無貌』に決まった陣形は無い。ないが、自然と象る形がある。

 弓兵を内側に、長柄武器を中盤に、剣や手斧などを外側に。

 公孫越が穴をあけ、そこから鑢で傷口を削ぐように穴を押し開くのが彼らの仕事。

 

 恐るべきは、その突破力と機動力。

 公孫賛の選りすぐった白馬義従を上回るのだから、その能力の高さも分かるというもの。

 

 逃げを打つ兵士は捨て置いた。一度逃げ出した兵士というのは、常にその選択肢を抱える事になる。

 即ち、自分の身の危機を覚えた際に立ち向かうのではなく背を向けて逃げ出す可能性が大きくなる。そうなれば組んだ陣形も崩壊する。

 

「ハッ……優秀優秀」

 

 馬で駆けながら、遠目に陣形を整えつつある陣営を確認する公孫越。

 理路整然と動く兵も居れば、我先にと一ヵ所に向けて駆ける兵も居る。

 共通するのは、彼らが縋るべき対象が指揮を執っているという事。その手の陣営は、手強い相手であり下手に突っ込めば手痛いしっぺ返しを食らう事になるだろう。

 視覚と直感を併用し、公孫越は行く先を決めた。

 

「雑魚にはご退場願おうか」

 

 出血は、より多く。

 先の通り、兵が迅速に動く陣営がある一方で未だに混乱から抜け出せない、それどころかここ暫くのトラウマから混乱が更に大きくなっていく陣営に向けて公孫越は馬首を向けた。

 

 反董卓連合が壊滅しそうな勢いだが、実際の所彼女らは彼女らでそう簡単に引き下がる事が出来なかったりする。

 ()()()()()だからだ。現状、この名前は完全に形骸化しており、それどころか討伐対象ではない幽州勢力に良い様にされている。

 かといって、彼らは解散できない。

 名目を果たしていない上に、それどころか目的地に辿り着く前にボコられて解散しました、ではその後の領地運営に関わるからだ。

 それ処か、この場で分裂して敗北を認めればその後の雄飛など出来る筈もない。

 

 最早勝って当然の戦いは、勝てるかどうかも分からない負け戦へと変わってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………化物ね」

 

 報告を手に、メガネを光らせながら頬を引きつらせて賈駆は漸くそんな言葉を吐き出した。

 彼女は、幼馴染であり王にすると決めた少女の為に只管に邁進してきた。汚い事であっても、必要なのだと泥を被ってきた。

 それでも、結成されてしまった反董卓連合。

 賈駆は、勝ちの目が無かった。どうしても乾坤一擲の策が裏目に出る。

 中華全土が敵に回り、最早物量に叩き潰されるのが目に見えた。

 

 そんな時だった。態々自分達のような勝利の星に見放されたような者へと、態々手を差し伸べる相手が現れたのは。

 

 幽州。北方の雄にして、現中華においても謎の多い州の一つ。

 異常性の発露は、黄巾の折。

 固く閉ざされた城門を、一撃で破壊した武将。そして、統率の取れた騎馬隊とそれを指揮する二人の武将。

 

 少し考えれば、強い事は当然だった。

 彼ら彼女らは、常日頃異民族の侵略に対して武力をもって対応しているのだから(公孫姉弟の異民族での扱いを知らない者たちの感想)。

 

 精強な幽州騎馬。それは、彼らと同じく日夜異民族の対応に追われ、州内部でも内紛を抱えた涼州の騎馬隊を上回っているかもしれない。

 

 そして、今回。

 彼らは机上の空論にしかならないであろう戦術を見事に熟し、結果として連合の半数近くを削り切った。

 

「……盛ってるんじゃないの?」

「いいえ、ソレはありません。(わたくし)達は公孫伯珪様の耳目。伝達する情報には、一切の虚偽虚飾は存在致しません」

 

 賈駆の訝しむ問いに対して、返ってきたのは涼やかな声だった。

 影より浮かび上がる様にして部屋の隅から現れたのは、孫乾。

 彼女は、幽州軍が董卓側として参入して少し経ってから賈駆の元へと現れた。正確には、董卓と賈駆の護衛として公孫賛から派遣されてきたのだ。

 孫乾含めての数名による幽州隠密部隊の護衛は、実に有能だった。

 

 印象的だったのは、反董卓連合が組織された頃の事。

 連合を後ろ盾に、目障りな董卓と賈駆を消そうと動いた者たちが居たのだ。

 彼らは腕利きの暗殺者を雇い入れて、二人へと差し向けた。

 

 結果、暗殺者は物理的に首になり、暗殺者を差し向けた者たちは全裸に剥かれた上で己の屋敷の門の屋根から逆さ吊りされる事になる。

 

 その後、似たような事が数度起きて暗殺者をさし向ける者たちは居なくなった。因みに、権力者を全裸に向いて吊るしたのは公孫賛のアイデアである。

 

『あの手の連中は自尊心が強いからな。不特定多数の自分よりも地位の低い人間に馬鹿にされるのが、一番効くのさ』

 

 らしい。

 孫乾の口からその言葉を聞いた賈駆は頬を引きつらせる事になった。だろうね、と内心で頷きながらもいったいどこの誰がそんなことできるのか、と。

 

 竹簡を机に置いて、賈駆は孫乾へと振り返る。

 

「それで?公孫賛は、次はどう動くのか分かる?」

「公孫伯珪は、既に動いておりますよ」

「それは、連合軍を削る話でしょ?ここから先は、ぶつかるだけ?」

「いいえ。そちらも()()()()()()()()

 

 賈駆の問いに、孫乾は淡々としかしハッキリとした意志を宿らせて答えた。

 軍師の眉が上がる。

 連合軍が集まる前から各個撃破して相手の戦力を削り、更にそこから物資も奪う。この時点でも大金星と言っても良い成果。

 ぶっちゃけ、このままぶつかっても十分勝てると賈駆の頭は答えを出していた。

 にも拘らず、更に策があるというのか。

 

「中身を聞いても?」

「はい。この話になれば、相手も気になるだろう、と公孫伯珪は申しておりましたので」

「……それじゃあ、聞かせてくれる?」

「畏まりました」

 

 両手を腹の前で重ねた礼を挟んで、孫乾は仔細を口にする。

 

「策は、主に二つ。一つは、補給路の半壊にあります」

「半壊?破壊じゃなくて?」

「はい。完全に破壊してしまえば、再構築に人手が必要になります。それでも構いませんが、人手をもっと多く割くためのものです」

「人手を……………………成程、怪我人ね」

「はい」

 

 少しの思考を挟んで弾き出された賈駆の答えに、孫乾は頷く。

 それは、撤退戦などで用いられる戦術の一つだ。

 戦場において、死体はそのまま放置するしかない。回収は停戦後などに行われる事が殆ど。

 一方で、未だに生きている負傷者の場合はそうはいかない。

 治療をすれば助けられるのならば、見捨てる選択肢は早々にとれない。採ってしまえば、それは味方の士気にも直結するからだ。

 

 公孫賛が指示した補給線の半壊。

 物資を奪い、或いは燃やす事もそうだが相手に対して負傷兵というお荷物を生じさせることが一番の狙いだった。

 負傷兵は、戦場で真面に使い物にならない上に物資だけは消費する。かといって見捨てることを選べば先のとおり士気に影響を与えかねない。

 要は、出血策の一環だった。

 因みに担当しているのは、単経である。

 彼女は引き際を誤らない。こと、退却戦においては公孫越相手にも善戦する有望株なのだ。

 

 中々の悪辣な策に、賈駆は頭痛を覚えて眼鏡を外すと眉間を揉んだ。

 彼女が軍師としてこの状況になれば、ストレスが限界突破して血反吐を撒き散らす事になったかもしれない。

 

「ハァ……それで?もう一つの策は?」

「簡単な話です。彼らが自分達の領地防衛に専念せねばならない状況を作ってしまうのです」

「……ソレが出来たら苦労しないでしょ?曲がりなりにも連合として固まったんだから。ボクたちに味方してくれたのなんて幽州だけだったし」

「はい。ですから、()()()()を扱うのです」

「外って……まさか!」

「…………」

 

 内側でどうにもならないならば、変化を外に求めればいい。

 

 中華思想、というものがある。詳しくは省くが、中華を頂点としてそれ以外の土地やそこに住む者たちを蔑視する考え方である。

 善悪を説くと面倒な事になるが、この中華思想は無意識的にでも中華に住む者たちならば持っていて当然の考え方であった。

 

 だからこそ、賈駆も含めてそんな発想を持つ軍師は中華に居ない。

 同時に、中華思想を持ち合わせていない公孫賛だからこその策を弄した。

 

「つまり、公孫賛は異民族に通じている、という事?」

「正確には、あの方は異民族を()()()()()()。その上で交易という形を使い、利益を得ているのです」

「…………そんな報告は無かったけど?」

「公孫伯珪曰く、知っても知られなくても大した影響は無し。しかし知られると面倒だから黙っておく、という事でした」

「~~~っ……はぁ。被害を受ける場所は?」

「涼州、そして益州。この二つが確定。それに合わせて、馬騰、劉璋の陣営は連合軍から手を引かざるを得ないかと」

「…………一応、ボクたちも涼州出身の軍閥なんだけど?」

「既に連合が成立している時点で、涼州に董仲穎を受け入れる場所は無いかと」

「そして、中央からもボクたちは締め出される、か。そっちの当ては?」

「公孫伯珪は、如何なる人材も受け入れていただけるかと」

「…………そこまで計算ずくか」

「選択肢の一つとしてご検討くださいませ」

 

 一礼をするメイドに、賈駆は疲れたように天井を仰いだ。

 逃げる先が見つかったことを喜ぶべきか、或いは底知れない相手と敵対せずに済んだ事に胸を撫で下ろすべきか。

 同時に、連合に対して怒りの他に憐みの感情がほんの少し浮かんで来る。

 

 そして、夜が明ける。

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