白馬姉「私の弟は最強なんだ!」 作:ボックス
白馬義従。幽州太守の公孫賛が有する白馬で統一された騎馬隊の名称だ。
戦場を駆けるその様は、宛ら一筋の剣のようにも見える事だろう。
「わーっはっはっはっは!!征くぞ!征くぞ征くぞ!征くぞォォォォォオオオオオ!!!」
「「「オオオオオオオオォォォッッッ!!!」」」
世界を揺らす鬨の声。
百騎の白馬義従。その先頭を突き進むのは、
白馬義従に選抜された白馬たちは、その何れもが大将軍が跨ってしかるべき名馬が揃っている。
それは足の速さやスタミナだけでなく、肉体の強靭さなども含めての事。
その選りすぐった白馬たちよりも、更に二回りは大きい黒鹿毛。美しい毛皮の下には強靭な筋肉が陰影を浮かび上がらせるほどに詰め込まれていた。
跨るのは、幽州最強の男、公孫越。
左手で手綱を握り、右手には戦場を駆ける彼にとって
それは、黒鉄の鉄塊だった。
柄の先から、先端まで只管武骨な黒鉄色。装飾などは一切なく。武器などにも一種の見栄を求める将軍級の持つ武装としては只管に地味だった。
金棒。柄から打撃部位に行くまでにゆるりと膨らんでおり、その打撃部位には殺傷力を高める為か不規則に金属の棘が拵えられている。
この金棒のちょっとした裏話だが、コレは公孫賛が自身の怪力で武器を壊してしまう弟の為に中華の技術のみならず異民族や、さらに西にある技術を裏から仕入れて腕利きの鍛冶師によって拵えさせた最上大業物であったりする。
彼女の思考としては、最強の弟が扱う武器は最高のものでなければならない、という発想から。
最上級の鋼を、数千回も叩いて伸ばして折りたたんで積み重ね、更に
大きさは3m強。恐るべきは、その密度。
数人がかりで運ばねばならないその重量を、公孫越は片手で振り回す。
白馬義従の群れの中、そこに趙雲も紛れている。
(何という速さか……!)
彼女も自ら客将として売り込むあたり、優れた武威のみならず戦術眼や騎乗スキルを有している。
しかし、そんな彼女をして手綱を握る白馬は乗りこなすだけでも神経を使わせる。
白馬義従に採用される白馬は、何れもが名馬である。それは、先の通りに。
ソレに加えて、世間一般で暴れ馬とも称される気性の激しい個体が多く採用されてもいた。
これは、戦場という荒事を生業にするが故の措置だ。
馬という生き物は、元来臆病なものである。広い視界を有するが、その死角に入られれば問答無用で蹴りを叩き込んでくる程度には。
如何に戦馬といっても、この馬が元々持ち合わせた気質を捻じ曲げることは難しい。
それ故に、戦場で名馬とされるのは如何なる危機であろうとも主と共に勇ましく駆けていく者とされている。
そして、公孫賛は逆に考えた。
乗り手に従順でない、気性の荒い馬ならば臆病に逃げ惑ったりしないのではないか、と。
脳筋理論であったが、この彼女の理論に目を輝かせたのが、
嬉々として、鮮卑や烏桓ですら乗ろうとしない暴れ馬へと裸馬でのロデオを敢行。見事に乗りこなしてみせた。
因みにその時にその場に居合わせた漢民族異民族問わず、ドン引きした目を向けていたのは公孫賛の記憶に刻まれていたりする。
そんな思惑を経て誕生した白馬義従。
僅か百騎という少数でありながら、鬨の声も相まってその見た目は千を越える手勢に見えたりもする。
彼らの行く先。そこに屯するのは
そのまま黄巾と称される、民の反乱である。
そして同時に、漢という国が完全にその機能を腐らしてしまったという証明でもあった。
地響きと鬨の声。それに気づいた黄巾の一人が、音の出所へと目を向けた。
「!?か、官軍!官軍が来たぞーーーーっっっ!!」
一人の叫びが伝播する。
次の襲撃の為に移動していた彼らにしてみれば、この襲撃は予想外。その動きは、鈍重という他ない。
そこに突き刺さるのは、大地を切り裂く一本の剣。
「わーっはっはっはっは!!!!」
呵々大笑と共に、剛腕と共に金棒が振り抜かれる。
馬の加速が乗せられたその一撃を防ぐ事は、不可能。
接触の瞬間、その場が爆発したような衝撃と共に金棒を叩きつけられた賊徒の群れは、まるで木端の様にその体を人型から肉片へと砕け散りつつその生を終えた。
金棒が振るわれる度に、肉袋が弾け飛ぶ。運良く金棒に当たらなかったとしても、彼の騎乗する暴れ馬の馬蹄によって踏み砕かれて地面の染みとなっていく。
公孫越が開いた傷口を、更に浸透するようにして白馬義従が付き従う。
彼らの得物は通常の騎馬兵とは違う。槍ではなく、矛を装備していた。
一人一人が、千人将を務めても問題ない実力を有するメンバー揃いだ。突き進む公孫越の背を追いながら、矛を振り回して恐慌状態に陥った黄巾を狩っていく。
(凄まじい……人が、あのように
得物である槍を突き出しながら、先を行く背中を追う趙雲は戦慄を隠せなかった。
幽州に来るまでも旅をしてきた彼女だ。その過程で、怪力自慢という話も幾つか聞いて、そして実物を見てきた事もあった。
だが、目の前のソレは最早別物。人間業ではない。
金棒が振るわれれば、それだけで十人単位の人間が挽肉へと変わっていた。逃げようとしても、馬蹄に踏みつぶされた。
圧倒的な貫通力を持った切っ先と、その切っ先が開いた傷口を浸透しながら押し広げる白い刃たち。
これぞ、公孫賛の白馬義従。
凡そ三千の黄巾の群れは、真っ二つに引き裂かれようとしていた。
「おのれぇ!我らが同士への蛮行、これ以上は許さぬぞ!!」
立ち塞がるのは、髭面の大男。
痩せ馬に跨っているが、その手に握った矛はそこらの賊徒が手に出来るものではない。
これ即ち、一度は官軍の襲撃を撃退し、勝利したという証に他ならない。
勝つ事は、自信に繋がる。そして、自信というのはそのまま率いる軍勢の士気にも繋がっていた。
だが、そもそもの前提が間違っている。
一つ、官軍と一括りに言ってもその実力は文字通り雲泥の差がある。名ばかりの軍勢もあれば、名は知られていなくとも実力の確かな者も居る。
一つ、彼ら黄巾が勝利したのはあくまでも行軍中の官軍への不意打ちが成功したに過ぎないという事。面と向かってよーいドンでぶつかれば勝率は五割もあればいい方だっただろう。
何より、今現在彼らを割断しようとする白馬義従は大陸内でも最低でも三本の指に入る化物騎馬部隊である。
そんな相手が全速力で突っ込んできたうえに、ろくにその加速を止められていないのならば最早勝敗など決まったも同然。
「ハーッハッハッハッハ!!!」
「ッ!?」
獰猛な笑いと共に迫って来る敵先鋒を前に、黄巾の頭は言い様の無い悪寒を覚えた。
自身の握る矛が、まるで爪楊枝のように頼りない代物に思え。他の賊徒に比べて二回りも大きい筈の自身の体が急速に縮んだように感じた。
同時に、迫りくる男はまるで、数倍の大きさに膨らんだような錯覚を覚える。
激突の瞬間、公孫越は掬い上げるようにして金棒を振り上げた。
恐怖に呑まれた黄巾の頭は、矛を引き寄せてその柄で金棒を受けようとするが残念ながら無意味に終わる。
頭の上半身が、痩せ馬の頭部と共に血霧と化した。
より正確には、金棒の打撃部先端がぶつかった矛の柄がぐしゃぐしゃにひしゃげて、守り切れなかった上半身の胸部と両肩、首、頭部を掬い上げられるように弾け飛ばされたのだ。
金棒の棘に肉片がこびりつくが、公孫越にとっては日常茶飯事。
頭目を失って恐慌状態に陥った黄巾に対して、一切の手を抜く事はない。
「鏖殺だァッ!!駆けろ駆けろ!!」
「「「「オオオオオオオオォォォ!!!!」」」
鬨の声は、蹂躙の終わるその瞬間まで絶えることは無かった。
@
夜。空には星が瞬き、静寂が辺りを――――
「わっはっはっは!さあ、吞め!食え!騒げ!がーっはっはっはっは!!」
包む事はない。
蹂躙現場を野犬やらが漁っている場所から数里離れた荒野にて、火が複数焚かれ白馬義従による宴の現場が出来上がっていた。
一際燃え上がる篝火の近くで、杯を干しながら上機嫌に肉を食い千切るのは公孫越。
彼だけでなく、兵のそれぞれが思い思いの場所に陣取り、酒を呑み、肉を食らう。
これぞ、公孫越の戦場での流儀。
「……」
「どうした、趙子龍。酒は嫌いか?」
「いえ、そのような事は…………公孫越殿」
「なんだ?」
「貴方は、戦い終わった後にはいつもこのような事を?」
「そうさな……」
趙雲の問いに、公孫越は杯を手に揺らめく炎を眺め、一息に酒を飲み干した。
「ぷはーーーっ!今日を戦い抜いた者には、酒と肉をもって報いる。俺が戦場に立って、最初に教わった事だからだな」
「……」
「命のやり取りを経て、生き残ったのならそれは誉れだ。誉れは、報いられてしかるべきだろう?」
殺し殺されの関係だからこそ、生き残った者には褒美を与える。
今日を共に生き残った者たちと共に時を共有する事によって、明日もまた立っていけるのだ。
「成程……では、黄巾を殲滅した事にも理由が?」
「ああ。どんな理由があろうとも、一度奪う事を覚えた者は総じて信が置けなくなる」
「更生できるとは?」
「思わん。可能か不可能かなら可能だろうがな?だが、残念ながら俺は完全に更生出来た賊というものを見た事が無い。一度でも奪う事を覚えれば、奴らの選択肢の一つに強奪する事が常に付きまとってくる。奴らは、自分達を肯定できるのなら、民からも平気で奪っていくぞ?」
だから、殺した。投降を呼びかける事も無かった。
因みに公孫越の実際の経験から得た考え方でもあったりする。
故に、彼は基本的に賊には容赦しない。例えそこに已むに已まれぬ事情があったとしても、賊として既に手を汚してしまったのならば皆殺しである。
豪放磊落に見えて、その実は民の事も考える名将。
(猪武者かとも思えば、部下を思う度量を持ち、且つ民の事も考える御仁という事……か。何より、圧倒的な武威を持つが故の兵たちの士気も高い)
酒に口を付けつつ、趙雲は内心で公孫越という男への評価を高く見積もっていく。
今も、彼は部下の一人と肩を組んで杯を交わしつつゲラゲラと楽し気にしていた。
まだまだ初日。杯を干しながら、そう言えばと趙雲は首を傾げる。
「何ゆえ、公孫越殿は黄巾の行方が分かったのでしょうか?」
斥候を放った様子も無かった。
そんな彼女の疑問に、答えたのは近くで飲み食いしていた白馬義従の一人だった。
「ああ、それはあの方の神がかった勘働きというものですな」
「勘働き?……つまり、あの突撃はあの方の直感によるものだと?」
「ええ。幼い頃から勘に優れた越様は、その勘を度重なる戦場によって磨き抜いた、正に本能型の最高峰とも言うべき領域に立っておられる」
「そうそう!若の直感は、曇る事を知らない。的確に敵の弱点を見切った上で最低限の損失で最大限の成果を上げるのさ!」
「越将軍の率いる我らが、常勝無敗でいられるのもこの直感による所が大きいですな。加えて、あの武威!男であろうとも惚れ込むというものよ」
口々に、白馬義従の面々は公孫越をほめたたえる。
幽州軍においては、最早神格化されているに等しいのが彼だったのだ。
余談ではあるが、今回の従軍にしても白馬義従の中で割と洒落にならないぶつかり合いを経てこの公孫越に追従する権利を得た選りすぐりだったりする。
周りからBGMの様に響く話を聞きながら、趙雲はこれからの事を夢想しつつ杯に口を付けるのだった。