白馬姉「私の弟は最強なんだ!」   作:ボックス

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 中華の各地で巻き起こる、黄巾の争乱。

 民の蜂起が相次ぎ、各地の鎮圧は最早朝廷だけでは熟せるものではなくなっていた。

 代わりに諸侯が鎮圧に動いているが、その一方で平和を享受している場所もある。

 

 幽州。公孫賛が治めるこの土地は外部からの黄巾の流入があれども、その一方で黄巾に靡いて太守へと反旗を翻そうとする者は居なかった。

 

 必要が無いからだ。

 黄巾に後から参加した者たちの大半は、漢の統治に不満を持つ者たちだ。

 裏を返せば、不満が無ければ参加する意味がない。

 

 公孫賛は、幽州において独自の税率を掛けていた。

 それは他と比べれば遥かに少なく、安い税率だ。そこから更に朝廷へと献上するとなれば、彼女らの取り分は雀の涙ともなるだろう。

 だが、彼女たちは飢える事も干乾びる事も無い。寧ろ、栄えていると言っても良いだろう。

 その理由は、異民族にある。

 中華において、異民族という存在は自分らとは価値観の違う存在。相容れぬ、存在。

 間違ってはいない。現に、両者の文化は根底から違うのだから。当然、文化に根差した価値観というものにも差が出来て当然というもの。

 それらを理解した上で、公孫賛は行動した。

 彼女にとって重要なのは、いかにして弟が活躍するかどうか。そこに儒教的とか、墨家的な考えなどは存在しない。

 

 鎮圧した異民族を生かす代わりに貢物を得る。加えて、彼らの助力をする事で繋がりを強化して相互扶助とも言うべき関係を構築してきた。

 無論、朝廷には報告を上げていない。あくまでも公孫賛個人による繋がりであるから。

 だが、その影響力は馬鹿に出来ない。

 中華内部ではなく、その外での影響力。有力諸侯も軽んじるソレを、公孫賛は有効活用しているのだ。

 

 故に、彼女はその来訪者に困ってしまった。

 

「うーん……正直な話、手は足りているんだが…………」

 

 ポリポリと頭を掻く公孫賛の前に居るのは、五人の女性。

 何れも見目麗しい姫武将揃い。その内一人が、公孫賛の私塾時代の知り合いだった。

 

「ですが、人手が多ければその分出来る事も増えるのでは?」

 

 困った公孫賛の呟きに反応したのは、艶のある黒髪の女性。

 彼女の言う事は、尤もだ。

 どんな強者であろうと、天才であろうと一人で出来る事には限りがある。

 一騎当千の強者も、計略と数の前では膝を屈するしかないのだから。

 だが、公孫賛は首を振る。

 

「確かに、人手が多ければ出来る事も増える。だが……その分、維持するためには多くの物資が必要な事は分かるな?」

「…………」

「何より、うちの主力は騎兵だ。だが、そちらは農民上がりの歩兵が大多数の義勇軍。連携が取れないんだ」

 

 根本的な問題。

 軍というのは、組織したものによってその特色が大きく出る。

 歩兵に比重を置く者。弓兵を多用する者。騎兵を走らせる者。工作兵を用いて戦場に細工を施す者。

 公孫賛の主軸は、騎兵だ。異民族との繋がりから、良質な軍馬を調達する事が可能な点が理由としては大きい。

 白馬義従がその最たる例だ。しかし、ソレを抜きにしても騎馬が多い。

 一方で、今回幽州にやって来た義勇軍。

 その本質は、兵ではなく信徒が正しいかもしれない。

 

 何より、

 

「幽州で黄巾は出ていないんだ」

「そ、そうなの!?」

「ああ。うちは領民の戸籍もとっているからな。税に関しても最低限で、中抜きをしようにも元の額が低ければ採れる量も微々たるものさ」

「……では、州の運営はどの様に行っているのでしょうか?」

 

 問うのは、帽子を被ったショートカットの少女だ。

 彼女は彼女で、裏の目的があり自身が主君として定めた女性の雄飛の為にこの土地へとやって来た。

 だが、事態は思うようには進まない。

 公孫賛は、為政者として優れていた。武威に関しては分からないが、それでも最低限以上は動ける事だろう。

 故に、情報を求めるしかない。

 そんな相手の内心を、公孫賛は読み取っていた。彼女にとって、腹芸など日常茶飯事だったのだから。その魑魅魍魎の伏魔殿のような政治の世界を乗り越えて、彼女は今こうして幽州を纏め、異民族にもその手を広げている。

 

私たち(幽州)にとって、良い取引相手が近くにいるだろう?」

「……ッ、成程。異民族、ですか」

「ああ」

「!?異民族、だと……!?」

「目を剥くのも分かるが、少し落ち着け」

 

 目を三角にする黒髪の彼女に、公孫賛は手を振った。

 

「おかしな話ではないだろう?ただ、やり取りをする相手が外か内かの違いだけだ」

「ですが……!」

「それは…幽州独自の取引、でしょうか?」

「ああ」

「でしたら、中央が黙っていないのでは?」

「そうだろうな」

「…………」

「そう怖い顔をしないでくれ。残念ながら、お前たちが思う程この漢って国には力が残って無いんだよ」

 

 公孫賛は、淡々とそんな不敬一直線の言葉を吐き出した。

 目を剥かれるが、為政者として一州を任される彼女からしてこの指摘は至極当然という他ないものなのだ。

 

「各地で黄巾の蜂起が起きている。これらを鎮圧するのは、各地の有力諸侯だ。朝廷の官軍じゃない。それどころか、洛陽から派兵された軍が逆に黄巾に返り討ちにあっている事も多い」

「…………」

「既に、先を見ている奴らはそれぞれの方針で自分達の陣営に力を蓄えているさ。何かしらの大望を胸に秘めている者は居るからな」

 

 腐った屋台骨。何も手を付けないのなら、その先に待っているのはただの倒壊だ。

 そして、漢の腐った屋台骨は最早手の施しが無いレベルで腐りきっている。オマケに、腐った状態の方が住みよい寄生虫の温床となっている。

 為政者として、先達として、公孫賛は言葉を続ける。

 

「残念ながら、ここにお前たちを受け入れる土壌は無い。そうだな……荊州の劉表殿か、益州の劉焉殿を頼ると良いんじゃないか?劉備なら、劉姓のよしみで話を聞いてくれるだろう。私の方から、一筆認めてもいい」

「ぱ、白蓮ちゃん……」

「悪いな、()()()。そっちの軍師も色々と考えているようだが……生憎とここには、()()()()()()()()

「ッ……!」

 

 スッと細められた赤交じりの金の瞳に、少女の肩が跳ねた。

 才能ある彼女だが、知識はあれども経験がまるで足りていない。その優れた知能には、無意識のうちの傲りがこびりついていた。

 ソレが今、目の前の相手に見透かされた。自身が主と定めた彼女の()()()にしようとした、無意識に低く見た相手に、だ。

 気まずそうに眼を逸らされた公孫賛は、肩から力を抜く。

 

 もしも。今回訪ねてきた彼女らが、義勇軍として共同歩調ではなく、麾下に入れてほしいと頭を下げてきたのなら公孫賛が渋る事は無かっただろう。

 この幽州は、公孫賛が自身の弟の為に整えた場所なのだから。末端兵のみならず、民に至るまで弟がその力を存分に振るうために存在する。

 

 そこに、(異分子)は必要ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公孫賛の執務室を後にして、劉備はしょんぼりとその肩を落としていた。

 

「ごめんね、朱里ちゃん」

「桃香様の謝る事ではありません!…………私の、見通しの甘さが招いた事です……」

 

 唇を噛むのは帽子を被ったショートカットの彼女、諸葛亮。

 経験不足、そして情報収集不足。少なくとも、後者を徹底していたならば今回のような事態は未然に防ぐ事が出来ただろう。

 不幸中の幸いは、公孫賛からの一筆を貰えた事か。

 太守である彼女だが、既に幽州内では州牧同然の扱いと言っていい。寧ろ、こうして義勇軍程度の人間と顔を合わせてくれただけ温情が与えられているというもの。

 

 彼女らが城を出ると、丁度複数の馬蹄の音が響いてきた。

 見れば、白馬で統一された騎馬隊がどうやら帰って来たらしい。

 

「お前ら!馬への感謝を忘れず、丁寧に馬番へと引き渡してこい!そして、身体に不調のある者は直ぐに救護室へと向かえ!良いな!!」

「「「はっ!!!」」」

 

 揃った男たちの声と共にバタバタと現場が動き出す。

 号令を出しているのは、鮮やかな赤毛の青年だ。

 

「「ッ……!」」

 

 その背を見た瞬間、関羽と張飛の二人は背筋が粟立つのを感じた。

 桁が違う。直感的に理解させられたからだ。

 二人の視線に気づいたのか、青年が振り返る。

 

「ん?姉上への客人か」

「は、はい!ぱい……じゃなくて、こ、公孫伯珪太守の知り合いで……!」

「そうか」

 

 ファインプレー。背筋を伸ばしながら、劉備は自身の失言を無意識のうちに回避していた。

 彼女の強みは人を惚れ込ませるカリスマもそうだが、同時に強運と悪運の強さもまた優れている点だと言えるだろう。

 一方で、公孫越は彼女らを見やり、しかし興味が失せたのか直ぐに視線を外した。

 

「んじゃ、そういう事で」

「え……」

 

 興味がない。そんな内心がありありと見て取れた態度に、反応したのは諸葛亮だった。

 彼女の主である劉備は、天性の人たらしだ。いつの間にか話の輪の中心に居り、初対面であっても何かしらの反応を相手が示す程。

 だが、公孫越は靡く事はおろか名前を問おうとすらしてこない。

 補足をするなら、彼からすれば姉の客人であり今から帰ろうとしている相手を引き留める理由がない。更に、前もって姉からの話も無かったとなれば自分には関係ない、という判断を下していた。

 馬の手綱を馬番に渡した公孫越はさっさと彼女らの脇をすり抜けて、城内へとその背中は消える。

 呆気にとられる者たちに、代わりに涼やかな声が聞こえてきた。

 

「あいも変わらず、気の早い方だ。もう少し、肩の力を……いや、あれは十分に抜けているか」

 

 慌てて振り返れば、そこに居たのは白い装束に()()()()()で後ろ髪を纏めた女性だった。

 

「貴女は……」

「ああ、コレは失敬。私は、趙雲。先に進まれた公孫仲碕殿の()()を務めている者」

「!趙雲というと、常山の趙子龍ですか……まさか、ここにいらっしゃるとは」

 

 黒髪を揺らして、関羽が感嘆の言葉を零す。

 趙雲はニヒルな笑みを浮かべた。

 

「私も、有名になったものですな」

「貴方ほどの実力者が、副将に居る、と?」

「はっはっは!コレは、異な事を。そちらのお二人は、あの御仁を見れば分かったのではないのですか?我々とは、領域が違う、と」

「ッ、それは……」

「私は、その行く先を見たいと思いその背を追う事を決めたのです。貴殿らは…………どうやら、伯珪殿のお眼鏡には適わなかった様子。では」

 

 趙雲もまた長々と話す気は無いのか、劉備たちの脇を通って公孫越の後を追う。

 

 彼女もまた、公孫賛の()()()()()()()()()

 もしも、完全に彼女の脳が焼かれる前に劉備たちに出会っていたのなら、もっと違う結果となった事だろう。

 

 しかし、それは机上論の域を出ることはないのだった。

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