白馬姉「私の弟は最強なんだ!」   作:ボックス

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 各地で散発する黄巾の暴走。

 しかし、所詮は農民の群れ。正規軍の中でも名ばかりではない者たちの相手ではない。

 徐々に徐々に、追い詰められた彼らは冀州にて最後の反撃を行うべく、奪い取った城とその周囲に集まっていた。

 

「わっはっは!壮観壮観。こいつは、ぶち抜き甲斐があるもんだ」

「正しく、人の群れというものですな。とはいえ、こちらも錚々たる面子である事は確かですが」

 

 戦場北部の高地へと陣を構えた公孫越は、右手を庇に眼前に布陣する者たちを見下ろした。

 傍らの趙雲が言うように、今この場には中華の今後を左右する綺羅星達がこぞって集まっている。因みに、彼らは、幽州から動けない公孫賛の名代として公孫越を大将に据えた遠征軍であったりする。

 

 さて、この場に集った諸侯たちは、しかし快進撃とはいかない。

 その理由は簡単な話だ。彼らそれぞれにとって他陣営というのは、方向性こそ一緒であったとしても功を競い合うライバルでしかないのだから。どんな弱小諸侯であったとしても、いかにして周りを出し抜いて自分達が第一功を手に入れるかを考えている。

 

「それで?どうされるおつもりで?」

「ん~……」

 

 趙雲の問いに、公孫越は顎を撫でると腰の後ろに提げた朱塗りの瓢箪を手に取った。

 栓を抜き、その中身を呷る。

 強い酒気が、その吐息と共に零れ落ちた。

 

「機を待つ」

「機?」

「今、この戦場には思惑があちこちから溜まって渦巻いてる。牽制しあってる以上、そう簡単には動かんだろうよ」

「成程。では、その機を見極めるのは……」

「勘だな」

「でしょうな」

 

 根拠にも本来ならばならない言葉に、趙雲は当然とでもいう態度で頷いた。

 既に、何度も彼女は傍らの男との戦場を共にしている。その最中に何度となく、神がかった直感による蹂躙劇というものを目撃してきた。

 相手からすれば、理不尽だ。自身らの急所がいつの間にか見抜かれた上に、最も来てほしくないタイミングで一つの生き物のような統率で突っ込んでくる騎馬隊を相手取らねばならないのだから。

 更に恐ろしいのが、その損耗率の低さ。

 公孫越に追従するのは、基本的に白馬義従だが彼らを除いたとしても幽州の騎馬隊は優れていた。

 馬術もそうだが、矛や槍の技術。更には、騎射も行える。

 

 一度だけ、趙雲は白馬義従()()()()騎馬隊と共に公孫越と戦場を共にした事があった。

 結論だけ言えば、怪物を彼女は見た。その衝撃は、未だに彼女の脳裏にこびりついて落ちる気配がない。

 今回ついてきているのは、白馬義従。

 

 公孫賛曰く、件の騎馬隊は幽州の虎の子。白馬義従はあくまでも他所にも知られた騎馬隊でしかない。らしい。

 

 飲み口が拭われて差し出された瓢箪を受け取り、そこで趙雲はそう言えば、ともう一つの疑問を口にする。

 

「此度の黄巾が、歌女による発端とは事実なのでしょうか?」

「姉上の情報網は正確だ。十中八九、間違いない」

「公孫伯珪の隠密、でしたな」

 

 公孫賛の麾下に収まって暫く。未だに趙雲は、主である彼女が駆使する隠密に出会った事が無かった。

 無論、畑が違うため知らなくて良いと言われればそれまでなのだが、それはそれとして気になるというのは当然の好奇心というものだった。

 

「仲碕殿は、面識が?」

「ん?まあな。そもそも、アイツを拾ってきたのは俺だからな」

「ほう……伯珪殿の下に居るのは、如何様な理由が?」

「そうだな……アイツの能力的に正面から殴り合うよりも裏を取る様な動きが合ってたから。後は、姉上が諜報部隊を組織するってんで、向こうの管轄だ」

「成程」

 

 確かに、と趙雲は頷いた。

 諜報部隊というのは、組織する事が難しい上にその訓練を積ませる事もまた難しい。

 必須なのは、信頼と信用。それこそ、麾下の中でも一層の忠誠心を求める。

 そうでなければ、獅子身中の虫を飼う事になるのだから。その先に待っているのは、破滅だ。

 

 趙雲は、戦地に直接立って槍を振るう事にこそ意味を見出しているがだからといって脳筋の馬鹿ではない。寧ろ、涼やかな視線で状況を把握した上で次の動きを決める怜悧な頭脳を有している。

 そんな彼女故に、これ以上の藪を突くような真似はしない。

 少なくとも、主である公孫賛と惚れ込んだ公孫越の両名が信を置いて重用している人物を疑う理由が彼女には無いのだから。

 

 それからしばらく、幽州軍は動かなかった。今は攻城戦なのだ。その主役は歩兵であり、弓兵であり、工作兵。寧ろ、機動力の生かせない場での騎兵運用など殺してくれと言っているようなものだった。

 

 そして、時は来る。

 

「――――!」

 

 酒をかっくらい、大の字で転がり鼾をかいていた公孫越は何を感じ取ったのか勢いよく跳ね起きた。

 

「子龍!」

「お目覚めですかな」

 

 いつもの調子を残しながら、趙雲は得物を手に指示を待つ。

 

「隊を三つに分けろ!そのうち二つはお前が率いて、西へと逃げる黄巾が居れば迷いなく討ち滅ぼせ!」

「承知。他陣営への配慮は如何致しますかな?」

「そいつらが抜かれたら、お前が襲い掛かれ」

「委細承知」

「良し。田楷(でんかい)!」

「ここに」

 

 公孫越が呼びかけるのは、老年の将。巌のような筋肉をその身に搭載した重戦車のような印象を受ける白髪の武人である。

 

「俺と共に、城へと駆けろ!そして、俺が城に入ると同時に周辺の黄巾を掃討し、退路を作っておけ」

「かしこまりました、若君」

 

 拱手をみせる老兵から視線を外し、公孫越は振り返る。

 

「行くぞ!お前ら!幽州騎兵の力を示せ!」

「「「オオオオオオオオォォォ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景に、この場に駐屯している諸侯は目を剥いた。

 もう間もなく、日が暮れる。賊を相手にどれだけかけるのか、という話だが戦というのはそう簡単に終わるものではない。

 少なくとも、明日への持越し。英気を養い、策を練り、足りない物資などは補給の目途を立てねばならないだろう。

 そんな諸侯を出し抜くように、幽州騎兵は駆け出した。

 

 同時刻、ある女軍師が別の理由で呆然と目を見開いていた。

 

「馬鹿な……!」

 

 あり得ない。そんな内心が、立ち尽くす足と力の抜けた肩からありありと見て取れた。

 褐色の肌に、艶のある黒髪と知性を感じさせる彼女の名は周瑜。字は、公瑾。

 中華内でも東南を領有とする彼女らは、今回の黄巾討伐においてとある策を弄していた。

 恐らく、諸侯の中でも屈指の隠密部隊を擁するのが孫家。そんな精強な部隊を活用して行うその策は、現在の主家である二袁の片割れにも明かしていない。

 身内愛の強い、孫家の面々の中でも幹部級の一握り。策を明かしたのは、それだけだった。

 

 にも拘らず、騎馬隊が突撃してくる。

 攻城戦に騎馬隊を用いることは、まずあり得ない。その定石を知る者たちからすれば、今回の幽州軍は失笑の対象というものだった。

 だが、その機動力を目の当たりにすれば嘲りの笑みは、頬の引き攣った冷や汗の伝うものへと変わっている。

 

 ひときわ目立つのは、二つに分かれた集団の片割れ。その先頭を駆け抜ける騎馬。

 デカい。通常の軍馬よりも二回り以上に大きく、その肉体はまるで筋肉の塊が疾走しているように見えた。

 その巨馬を苦もなく乗りこなす、鮮やかな赤毛をなびかせる青年。

 

「ここまでだ、田楷!蹴散らしてこい!」

「ご武運を」

 

 老兵に送り出され、公孫越は笑みを深めた。

 自身の認めた乗り手の意思をくみ取って、馬蹄が地を蹴る速度と力が増した。

 その姿は、まるで一筋の黒い流星だ。

 

 そして、

 

「飛んだ…………」

 

 誰かが呆然と呟いた。

 周瑜の策を成す為に、周囲にバレない様に撤退偽装をしながら門扉の前に集まっていた孫家の兵だっただろうか。

 彼らの真上を超質量の肉の塊が、跳び越えていった。

 着地してからも、馬蹄は止まらない。

 だが、その鼻先が向かう先は、未だに固く閉じられた門扉だ。

 馬は巨体だが、しかしだからといって人馬の高さを遥かに超える門扉を突進するだけでその馬蹄で破る事が出来るような代物ではない。

 瞬きの間だった。加速し続ける人馬は一直線に門扉へと突き進み、

 

 黒鉄が閃いた。

 

 反射的に耳を塞ぎたくなるような、爆音と衝撃が戦場を揺らす。

 粉塵が舞い上がり、地響きが収まった所で彼らは見た。

 

「……うそ、だろ?」

「ありえねぇ…………」

「ば、化物だ……人間業じゃねぇよ………!」

 

 兵たちの口々に飛び出す、呆然とした恐怖に濡れた言葉たち。

 彼らが見たもの。

 

 それは、ぽっかりと口を開けた門だった。

 

 つい先ほどまで、官軍を寄せ付けない鉄壁を見せつけてきた堅牢な門扉が、門から内側に向かってその頑丈だった表面を歪ませ砕かれて城の内部に横たわっている。

 何が起きたのか。事を成した公孫越からすれば、『撲った』ただそれだけだ。

 仔細を語るならば、まず門へと向けて一気に加速。そして、タイミングを見計らって騎手である公孫越が合図を送って、馬は一切のラグなく前方へと跳躍。

 馬の加速と跳躍によって生じた慣性。更に右腕に振り被った金棒を、その発達した広背筋や腹筋その他の筋肉を動員して溜め込んだ力を合成。

 後はそれを、門扉に叩きつけた。それだけだ。

 

 裏を返せば、公孫越は何時でもこの城を落とす事が出来た、という事でもある。

 

 彼が愛馬から降りて、城内に降り立つと同時に夜陰と夕暮れの境目の空に陽光とは違う赤が揺れた。

 城のあちこちから立ち込める煙。そして、パチパチと万雷の拍手の様にあちらこちらから聞こえてくる不気味な音。

 

 赤が、猛る。

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