白馬姉「私の弟は最強なんだ!」   作:ボックス

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 火計。状況次第だが、上手く使えばこれほど効果的な計略は無いだろう。

 発動するには、相応の準備が必要になる。燃えやすいものや、油。火種。そしてそれらを敵陣に仕込むための人員等々。

 天候などにも左右され、雨が降れば当然その効力を発揮する事は出来ない。

 

 孫家筆頭軍師である周瑜の計略が、正に火計だった。

 城攻めで、火計。それは寡兵であったとしても大軍の籠城を落とす事が出来る鬼札であるともいえた。

 現状、大きく力を落としている孫家としては、功績が必須。その一環として、今回の騒乱の首謀者とされる張角、張宝、張梁の首を取る事を目的としていた。

 準備を行った。隠密を秘密裏に送り込んで、火計の手はずを整えた。主家である揚州袁家に知られぬように情報統制も行った。

 

 そして、決行のその時――――策は破綻する。

 

「――――!――――ッ!」

「…………」

「――――冥琳ッ!!」

「ッ!雪蓮……」

 

 呆然と、殴り壊された門を見つめていた周瑜は、自身の真名を呼ぶ声によって現実に引き戻された。

 だが、その表情は絶望が見て取れる。

 

「見栄を切りながら、この体たらく……すまない、雪蓮。策は、失敗だ……!」

 

 血を吐くような懺悔。普段の彼女からは考えられないほどに、弱った姿だ。

 そんな親友の様子に、孫策は目に力を籠める。

 

()()()()()()

「っ……」

 

 まるで、火を灯したかのような熱のこもった言葉だ。

 目を伏せていた周瑜が、その言葉に引かれる様に顔を上げれば力強い蒼玉の瞳と視線がぶつかった。

 

「火は上がったけれど、まだ燃え広がっていない。門を破った彼も、まだそれほど時間が経ってない。今こそ、攻め時よ!」

「しかし……」

「それに、今回の幽州の動きは作戦ありきじゃないと思うのよね」

「なに……?」

「勘だけど。ほら!さっさと行くわよ!孫呉の兵よ、私に続きなさい!」

 

 気炎を上げて、馬に跨った孫策は宝剣を振り上げて道を示してみせる。

 戻る選択肢は、端から無い。その場に留まるなど、以ての外。

 ならば、進む。打って出るしかない。

 

 駆けていく背を見送って、周瑜は己の顔を挟むようにして両手で叩く。

 ジンッ、と熱を持った頬と共に腑抜けた心に活を入れた。

 

(そうだ、何を諦めている。横槍は入れども、策は半ば。明確に、我々が張角の首を討取った事を喧伝すれば如何に袁家といえども易々とは嘴を挟めまい。仮に首を求められたとしても、それはそれ。諸侯への覚えが悪くなるだけだ)

 

 孫家が一勢力として返り咲くために、功績は必須。子飼いにしてくる袁家としては力を削ぐ事に注力してくるかもしれないが、最早時勢は予断を許さない状況。

 周瑜の頭脳は、正確に自分達の主家となっている袁家の状況を把握している。

 

 現状、南陽袁家の軍事の中核を担っているのは孫家だ。コレは、名だたる将等が南陽袁家には少ない事に起因している。代わりに、佞臣はタップリだ。

 故に、南陽袁家軍師であり参謀であり宰相であり武将である張勲は絶妙な力加減の元、孫家を分断しつつその力を自分達で抑え込めるギリギリで保っていた。

 

(奴の計算を破綻させる。その為の、布石を今宵打つ!)

 

 今一度、軍師としての腹を据える。

 主君と認めた親友を雄飛させるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の外が騒がしくなる一方、城内を我が物顔で公孫越は練り歩いていた。

 得物である金棒を肩に担ぎ、その足はまるで頭の中に地図でも入っているかのように淀みなく迷う素振りの一つも見て取れない。

 

 そもそも、今回の幽州軍遠征。その目的は、黄巾討伐――――ではない。

 

『大衆を動かす歌女。使えそうだから連れてきてくれ。ああ、()()()張角は既にでっち上げ済みだ』

 

 そんな姉の言葉と共に、今回の遠征軍は組織された。

 幽州内、そして異民族にも大きな人気を誇る公孫越。その副将として、卓越した武威と戦術眼を持つ趙雲。公孫越が()()に入った際に指揮を執るベテランの田楷。

 以上三名に、()()()()()()()()白馬義従。

 やろうと思えば、一軍で黄巾を討てるであろう戦力を揃えた上で、行うのは歌女の誘拐。

 

 ド派手に公孫越が動いた事により、諸侯は手柄を立てねばならないと大わらわの様相。どこぞの、猫耳軍師が発狂している事だろう。ついでに、城内も蜂の巣を突いた様な騒ぎだ。

 そんな外野の事など知る由もなく、公孫越はやがて一つの扉の前でその足を止めた。

 徐に持ち上げるのは、空いていた左手。

 その手で扉の取っ手を、掴むことなく張り手を見舞った。

 撓んだトランプのような撓りを起こし、派手に吹き飛んだ扉。憐れにも、吹き飛んだ先にあった石壁に派手にぶつかり、減り込んでいる。

 騒音が響くが、現場に駆けてくるような者は居ない。寧ろ、音の出所に対して逃げるような者ばかりだ。

 部屋へと足を踏み入れた公孫越。

 そこに居たのは、三人の女性だった。

 桃色の髪をした女性が、他二人を抱きしめるようにして庇いつつ毅然とした目を部屋へと入ってきた怪物(公孫越)へと向けている。

 

「おー、居た居た。お前らが、今回の首魁だな」

「ッ、わ、私はどうなっても良いの!だ、だから、妹たちだけは……!」

 

 決死の覚悟と共に、声を震わせながら張角は懇願する。

 彼女の視点で見れば、急に破砕音が響き渡ったかと思えば、そのまま騒然となり。更にあちこちから火の手や煙が感じられる。

 そして、扉を突き飛ばして入ってきた巨大な金棒を肩に担ぎ上げた青年。

 端的に言って、詰み。となれば、彼女にとれる選択肢など自身を引き換えとした下の妹たちの助命嘆願だけ。

 

 もっとも、そこには両者の認識の差異があるのだが。

 

「何勘違いしてるのか知らねぇが、俺が用事があるのはお前ら三人だ」

 

 肩に担いでいた金棒を下ろし、その先端を床に突き立てた公孫越は纏っている漢服の腰の後ろの方へと手を回した。

 取り出すのは、太いロープの束。三つ編みの様に編み上げられたソレは、手元を少し解くとすぐに一本の縄へとその姿を変えた。

 何をするつもりなのか。それを察した眼鏡を掛けた彼女、張梁。しかし、分かった所で逃げ道はこの部屋に通じる扉しかない。武将でもない彼女らは、窓を突き破って逃げるような選択肢を採ることはできないのだ。

 ロープを纏め乍ら、公孫越は部屋の中を見渡すと目の前の彼女らのものであろう大きな寝台が目に入った。

 徐に、そこから剥ぎ取るのは寝台相応の大きさの布地。

 布地の大きさを確認して、公孫越は改めて顔を真っ青にする女性陣へと目を向けた。

 

「俺は、公孫越。幽州太守の公孫伯珪の弟だ。お前たちを攫うのは、姉上の指示でな。話は、終わり。大人しくしてな」

「…………命を奪うつもりはない、と?」

()()()。他の諸侯は知らねぇ」

「…………分かりました」

 

 震えながら、張梁は思考する。

 長女はマイペース、次女は直情径行。自然と三女である彼女は、旅芸人としての歌って踊れるアイドル業務だけでなくマネージャーとしての経営戦略などを担う立場となっていた。

 故に、考える。今この場の最善を。

 

 そして、決断した。

 

 頷いた末っ子に、ギョッとしたのは次女の張宝である。

 

「ちょ、ちょっと、人和!本気なの!?」

「これしか、無いと思います。今この場で生き残るには、これしか……」

「…………ッ!」

 

 悲痛な表情を浮かべる張梁に、張宝はキッと唇をかみしめながら公孫越を睨み上げる。

 彼女自身、自分達が詰んでいる事は分かる。しかし、頭で理解する事と心で納得する事はまた別の問題だった。

 褒められた態度ではない。少なくとも、自分達の生殺与奪の権利を握っているような相手にとっていい態度ではないのは確か。

 だが、

 

「はっはっは!跳ねっ返りは、嫌いじゃねぇよ。暴れなけりゃ落とすような事もしねぇさ」

「嘘吐いたら、許さないわよ!!死んだら化けて出て、呪い殺してやるんだから!!」

 

 気炎を上げる張宝に、公孫越は呵々大笑。

 豪快な彼としては、あーだこーだと理屈や理論をこねくり回して煙に巻かれるよりも、心のままに爆発してくるような相手の方が好ましい。

 

 そして、公孫越は三人を布地で頭の先からつま先まで包み込むとその上から絞め付け過ぎない程度にロープでぐるぐる巻きにしていく。

 

「うっし、行くぞ。暴れるなよ、落としちまうからな」

 

 太い布の丸太のようになった代物を肩に担ぎ上げて、そろそろ火の手が回り始めた部屋を後に――――

 

「ん?」

 

 部屋を出る前に、彼の直感が反応した。

 首を回して室内を見渡し、見咎めるのは一冊の書。

 

「…………」

 

 嫌な気配がした。目を細めた公孫越は、その目に着いた書を握り潰す勢いで手に取ると、中身を開くことなく燃え始めた部屋の隅へと火の薪としてくべてしまうではないか。

 書が燃えがった事を確認して、改めて彼は部屋を出る。

 

 既に火の手が回り、チリチリと肌を焼く熱気を感じられる廊下。

 公孫越は、右手に握った金棒を掲げる。

 柄が軋むのではないかと思えるほどに、その手に力が籠めれた僅かな溜を挟んで振り抜かれる一閃。

 

 道が入り組んでいるのなら、最短距離を進めばいいじゃない。

 

 ()()()()()

 

 マスターキーは、その手にあるのだから。

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