白馬姉「私の弟は最強なんだ!」   作:ボックス

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「――――よく帰って来てくれた」

 

 評定の間に響く静かな声。

 公孫賛の前に並ぶのは、ここ幽州における武の幹部陣。

 その集団から一歩前に出て拱手するのは、公孫越。

 

「ただいま、姉上!目的果たして来たぞ!」

「ああ、おかえり越。さて、」

 

 快活な弟へと笑みを返しつつ、公孫賛が見やるのは一塊になった張三姉妹。

 硬い表情の彼女らだが、これから存亡が決まるのだ。緊張しない方が無理というもの。

 もっとも、そもそも彼女らを所望したのは公孫賛なのだが。

 

「まずは自己紹介から。私は、()()()を務める公孫伯珪。今回、お前たちをこうしてここまで連れて来させた人間だ」

「は、はい!初めまして!」

「はっは、そう固くならなくても良いさ。私としても、色々と思惑があってのことだからな」

 

 がちがちに緊張する三人に、公孫賛は手を振った。

 因みに、彼女が州牧となっているのは太守の時点で幽州を纏めていたのが彼女であったから。そこから就任してから一度も異民族に攻め込まれていない手腕を評価されてこの地位となっている。

 

 程々に肩の力が抜けた所で、趙雲が手を上げた。

 

「伯珪殿。何ゆえ、この三人を求められたのでしょうか?」

「ん?そうだな……まず一つ目は、兵たちへの慰安がある」

「慰安?」

「ああ。黄巾の規模を考えれば明らかだ。あの規模の人員が熱狂する歌女となれば、効果は十分だろう?」

 

 数というのは、力に直結する。

 黄巾の乱を考えれば、この理論の信憑性が増すというもの。やせ細った農民が、訓練を積んだ官軍を打ち破る事すら出来たのだから。

 

 朗々と語る公孫賛。彼女がこの絵図を描き始めたのは各地で黄巾が発生し始めて割とすぐの事だったりする。

 彼女にとって重要なのは、再三再四となるが(公孫越)が如何にして活躍するかという事。その為にありとあらゆる手を尽くしてきた。

 その一環として、使える兵数が増えるのならばそれはそのまま戦場において出来る事が増えるという事。

 全員が戦うだけではない。工作兵などの裏方にも人員を回せれば、より弟の活躍を彩る事が出来る様になるだろう。

 

 そんな主君の内心を知る由もなく、趙雲は納得したようにうなずく。

 

「成程。確かに、人員確保にも繋がり且つ慰撫出来るのならばそれに越したことはない」

「だろう?」

 

 和やかなやり取り。

 一方で、冷や汗を背に伝わせている者も居たりする。

 

「あ、あのー……」

 

 趙雲に倣っておずおずと手を上げるのは、張角。

 

「その……州牧様が期待してる力は……私たちの歌には無いかなー……って」

「うん?どういう事だ?」

 

 首を傾げる公孫賛に、補足をするのは張梁。

 

「……私たちは元々旅芸人だったんです。ですがその……あまり売れていなくて……」

「今日食べるのも大変だったわ。その時に、易者に会ったの」

「易者?」

「はい。その人から一冊の書を渡されて……」

「ここまで広がった、と」

 

 顎に手を当てる公孫賛。

 三姉妹側からすれば、自ら利用価値は無いと宣言しているようなものだったがここでバレなくても与えられそうな役割的に何れはバレる。

 となれば、早い方が良い。何なら、張角としては妹たちを守る為の覚悟もとうに決めている。

 

 しかし、ここで意外な方向から援護射撃が飛んだ。

 

「ん?お前らの歌、結構良かったぜ。兵も盛り上がってたし」

「ですな」

 

 実際に、三人の歌と踊りを見た公孫越と趙雲の二人だ。

 若い感性を持つ二人を一瞥し、公孫賛は同じく帰路にて彼女らの歌を聞いたであろう老将へと視線を送った。

 

「田楷。お前はどう見る?」

「そうですな……」

 

 厳めしい顔つきで、顎髭を扱く田楷。

 彼は頭の中に言葉を探すと、徐に口を開いた。

 

「老骨の意見としましては、宜しいかと。兵たちも楽しんでおりました故」

「ふむ」

 

 下手なお世辞を言う事が無い老将の意見を受けて、公孫賛は顎に手を当てた。

 

 張角たちは少し思い違いをしているのだ。

 そも、確かに彼女らの()()()書の影響あってのものだったかもしれない。

 しかし、どんな形であれ大舞台に立ったという経験は三姉妹に大きな成長の機会を齎していた。

 もし仮に、彼女らが陣頭に立って歌って踊っていればそれだけで黄巾の士気は鰻登り。集まった諸侯を逆に打倒していたかもしれない。

 

 しばらく考え込んでいた公孫賛は、一つ頷くと改めて三姉妹へと向き直った。

 

「なら、まずは試すとしよう。うちの兵たちを客にしてその前でお前たちの歌と踊りを披露してくれ」

「ええっ!?い、今から、ですか?」

「勿論、準備が必要ならこっちで用意しよう。舞台も組もう。なに、心配するな。ここまで連れてきた以上、役に立たないと放り出すような事はしないさ」

 

 嘘はない。公孫賛自身の性根が善性である以上、態々騙す必要性も無いのだから。

 それに彼女は為政者として知っておかねばならない立場だ。流石に、ただ飯喰らいをずっと置いておくわけにもいかない。

 顔を見合わせた三姉妹。

 そして、一人が前へと一歩踏み出した。

 

「分かりました。精一杯、やらせていただきます」

 

 覚悟を決めた張角が胸を張る。

 戻る道は、最早無い。ならば進むだけ。

 満足したのか頷いた公孫賛。そう言えば、と声を上げる。

 

「さっき言っていた書?だったか。それは、何処にあるんだ?」

「え……?人和が持ってるんじゃないの?」

「え……ちぃ姉さんでは?」

「え……姉さんが持ってるんじゃないの!?」

 

 あれ?と首を傾げる三人に、公孫賛は弟へと目を向けた。

 

「お前は知らないか?」

「ん?嫌な気配がする黄色い表紙の書なら、燃やしたぞ」

「ええ!?燃やしちゃったの!?」

「あんなもん、無い方が良いだろ」

「お前がそこまで言うのは珍しいな。そこまでか?」

「ありゃ、持ってたらろくな事にならねぇだろうからな」

 

 張角は驚いているが、公孫賛としては弟の直感に全幅の信頼を寄せている。その直感が悪いものと判断したのなら、彼女にとっては必要のないものとなる。

 さっさと記憶から書の存在を消して、公孫賛は一同を見渡した。

 

「では、これより舞台を作成するとしよう。兵たちの慰安も兼ねている、段取りは私が組むから他の者は私が声を掛けた時に動けるよう準備をしておいてくれ」

「おう!」

「了解いたしました」

「何なりと御申しつけください、姫君」

「それと、張三姉妹には改めて話しておくことがあるから残っておいてくれ。では、解散」

 

 手が打ち合わされて、この場はお開きとなる。

 

 それから数日。

 多くの人足が投入され、幽州内でも腕利きの大工一座が招かれて練兵場の端で行われた大規模工事。

 工作兵の調練も兼ねて行われた舞台の製作は、突貫工事とは思えないほどに立派なものが出来上がっていた。

 

 そして、始まる大舞台。

 最前列には幽州へと戻る道すがらにファンになった兵士たちが詰めかけており。更に、舞台を組み上げる為に招聘した大工や人足といった者たちも集まっていた。

 

「盛り上がってんな」

 

 最後方。兵の鍛錬に使われる大岩の上に腰掛けた公孫越は、瓢箪を傾けて中身を呷りつつ歌に耳を澄ませていた。

 不意に、岩の近くに人の気配。

 

「私にも一杯くれるか、越。杯はある」

「珍しいな、姉上」

 

 瓢箪の注ぎ口を拭って、中身を差し出された杯へと注ぐ。

 並々と注がれた杯を手に、岩へと凭れかかった公孫賛は杯を呷りつつ歌へと耳を傾ける。

 

「……彼女らには、悪い事をしたかもな」

「真名だけって奴か?本人が気にしてねぇなら、良いだろ」

「そうは言うがな………」

 

 公孫賛が憂う。

 というのも、張三姉妹の名はこの中華に悪名として轟き過ぎた。その為の措置として、公孫賛は三人の姓と名を奪い、新たな名前を名乗る様に求めたのだ。

 結果として、旅芸人の頃から真名でコールアンドレスポンスを行っていた彼女らは、真名をそのまま名乗る事となる。

 

 真名。それはこの中華において、不用意に触れると首を刎ねられても文句は言えないという扱いに難しいもの。

 

 勿論、個人差がある。張三姉妹としては親しみが生まれるから、と寧ろ真名で呼ばれる方が好みであったりするのだから。

 因みに、公孫越にも()()()()()

 

「お二人で、逢引きですかな?」

「子龍。滅多な事を言うんじゃない。私と、越は姉弟だぞ?」

「そこです。お二人は、互いを真名で呼び合う事はありませんな」

 

 小ぶりな酒甕を片手に二人の元へとやって来た趙雲は、酒気に頬を赤くしながら指摘する。

 まあまあな長さ幽州軍に身を置く彼女だが、一度として公孫賛が公孫越の真名を呼んでいる場面に出くわした事が無かった。逆もまた然り。

 こうなると、趙雲としては少し困った事になってしまう。

 先の通り、真名というのは中華において大きな意味を持つ。そして、武将が主に己の真名を預けるという事は生涯の忠誠を送る事に等しい。

 趙雲からすると、公孫姉弟へと忠誠を誓う事に何の躊躇いも無い。

 だが、肝心の姉弟が互いを真名で呼び合う事が無い。これでは、二の足を踏んでしまうのも無理は無いだろう。

 

 趙雲の指摘を受けて、公孫姉弟は顔を見合わせた。

 

「そういえばそうか」

「異民族の相手が増えると、どうもこちらの文化が疎かになるな」

「……という事は、お二人とも特に真名を疎んでいるような事はない、と?」

「ああ。越も私も真名に何かしらある訳じゃない…………そうだな、丁度良い。子龍、お前にも真名を預けようか」

 

 杯を干して、岩に凭れていた公孫賛は背筋を伸ばして趙雲へと向き直った。

 

「私の真名は、白蓮。よろしく頼むぞ」

「ッ!はい、白蓮様。我が真名は、星。この槍に誓い、貴方様の道を切り開き、突き進んでご覧に入れましょう」

「ああ、よろしく星。それはそうと、コレも合縁奇縁というものかな」

「……と、いいますと?」

 

 首を傾げる趙雲に、公孫賛は岩の上に座っている弟へと笑みを向ける。

 

「越、お前も来い」

「おうよ、姉上」

 

 瓢箪の口を閉めて、岩へと飛び降りた公孫越が趙雲へと向き直る。

 

「俺の真名は、黒星(ヘイシン)。今後ともよろしく」

「な、成程……黒星(ヘイシン)(セイ)、という事ですな。確かにこれは縁がある、というものでしょう」

 

 酒気とは別の意味で、頬を赤くする趙雲。

 

 舞台は、最高潮。歌って踊れの大宴会。

 

 そして、歴史のページは時を刻む(次を捲る)

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