白馬姉「私の弟は最強なんだ!」   作:ボックス

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 黄巾が征伐されて、暫く。

 

「もう少し、平和が続いてほしかったんだがな……」

 

 やれやれ、と公孫賛は頭を振る。

 彼女の手元にあるのは、彼女の手勢である隠密部隊が集めた情報を纏めた竹簡。

 彼女は幽州に座しながら、あらゆる情報を得ることができる。

 

「どうやら、都も騒がしいらしい。ご苦労だったな、美花(ミーファ)

「いえ、これも(わたくし)の務め。お嬢様とご主人様にお仕えする事こそ、この美花の喜びなのですから」

 

 傍に控えるメイドに、公孫賛は苦笑い。

 彼女こそ、公孫賛の耳目であり中華のあらゆる情報を探り当てる隠密部隊の長を務める者。

 名を、孫乾。字を公祐。己が影である事を是とし、公孫姉弟に絶対の忠誠を誓っているメイド兼護衛兼諜報部門のトップだった。

 

 思考を巡らせる公孫賛の傍らで、孫乾はお茶の準備を進めていく。

 お茶がサーブされ、同時に公孫賛が読み終えた竹簡などは更に小分けにされながら室内の棚へと収納。更に同時にお茶請けの甘い菓子が机の上に置かれた。

 

「ん……蜜煎果か」

「お嬢様は頭脳労働を主とされていますので。甘いお菓子は頭の働きに効くと旅のお医者様に伺ったのです」

「そうか……越も欲しがるんじゃないか?」

「ご主人様には、地酒と各地の肴を用意しておりますよ」

「それは良い土産だ」

 

 ザルの大酒飲み。公孫賛が気付いた頃には、弟は戦場で大宴会を催す様な酒飲みとなっていた。

 幸いなのは、彼が酒を呑むのはあくまでも自分の仕事が終わってから、等の余暇の時間に限定されている点だろう。

 トップがそのお陰か、下の兵卒たちも何れもオンオフの切り替えがハッキリとしている。

 公孫賛が見た中で酷かったのは、酒を呑んで油断していると思われた兵たちが次の瞬間には矛を片手に賊の群れを撃滅している瞬間だろう。

 

 因みに、公孫賛は上記の件をドン引きしていたが、彼女は彼女で割と洒落にならない事をやらかしている。

 直近だと、黄巾の一件。

 彼女は旅芸人三姉妹が原因であると把握した直後から動き、中央に対して()()張角の似顔絵を送っていた。

 偽といっても、実際に居る人物且つ周辺に被害を出していた山賊の頭をそのまま持ってきただけだが、これにより黄巾の頭目は髭面の男とされ、諸侯は揃ってコレを討伐せんと動いていた。

 結果、偽の張角は討たれ、本物である三姉妹を悠々と彼女は手に入れる事が出来たのだった。

 

 この策を聞いた時は、流石の趙雲も頬を引きつらせたというもの。

 もし仮に、中央に偽装がバレればどんな目に遭うかは火を見るよりも明らかだからだ。それでも、公孫賛は何のことはないと言わんばかりに押し通してその策を成立させてしまった。

 これは、彼女が異民族に対する多大な功績を打ち立てた有力諸侯の一人であったという事。そして、他諸侯に比べても圧倒的な情報収集、並びに統制力に長けていたから。

 対抗できるとすれば、孫呉だが。彼女らは現在袁術の支配下。独り立ちできない諸侯擬きでしかなく、情報提供者として公孫賛と比べればその信頼性は天と地の開きがあった。

 

 お茶を啜り、公孫賛は目を細める。

 

「さて、どう動いたものかな」

 

 彼女の手札は潤沢である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武勇は一日にしてならず。

 その標語は、幽州軍において絶対のものだ。

 

「突けェッ!」

「「「ハッ!」」」

「振るえェッ!」

「「「ハッ!」」」

「払えェッ!」

「「「ハッ!」」」

 

 一定間隔に並んだ男たちが、掛け声に合わせてその手に握る矛を振るう。

 幽州軍の武装は、決まっていない。剣でも槍でも矛でも斧でも一定以上の品質が約束された物品が希望に沿って支給されるのだ。

 そこから同じ武器を振るう者を集めて部隊とする。

 当人が選んだ武器を扱うため、それぞれのモチベーションは高い。勿論、適正というものはあるが余ほど酷いものでもなければ転向を勧められる事はない。

 

 調練を行っているのは、公孫越。その手に握るのは、常の戦場で握っている金棒ではなく硬い木材から削り出した六角形の棍棒。

 一頻り矛を振るって準備運動は終了。公孫越は声を張り上げた。

 

「よぉし、そこまで!次は組手だ!かかってこい!」

 

 右肩に棍棒を担ぎ、公孫越の指示が飛ぶ。

 幽州軍内では、地獄組手と称される無限組手である。

 期限は、公孫越の握る棍棒がへし折れるまで。初撃で折ってしまわない様に力加減をしているが、それはそれとして怪力無類を誇る彼の一撃は、手加減していても雑兵の意識を一瞬で刈り取ってしまう。

 

 緊張感を漂わせながらも、男たちはそれぞれに矛を手に腹を決めた。

 

「自分から、行きます!!」

「よし、来いッ!」

 

 矛の柄。その中ほどを掴んで、男はスリ足を意識しながらの速い足運びで公孫越へと接近。その勢いのまま袈裟斬りを繰り出した。

 

「もう一歩踏み込め。そこじゃあ、中途半端だ」

 

 袈裟斬りよりも遅く動き始めた筈の棍棒は、しかし真正面から矛を殴ってその動きを止め直後に左手の張り手が矛を持つ男の胴体へと叩き込まれる。

 調練の為に鎧を着ていたのだが、その防備など関係ないと言わんばかりに胃液がその口から零れ、身体は後方へと落ち葉の様に吹っ飛んでいった。

 

 勇気あるファーストペンギン(生贄)を皮切りに、男たちは最強の雄へと挑みかかっていく。

 一人、また一人屈強な男たちは宙を舞う。派手な金属音と土に擦れる音が響き、悶絶する彼らだが少しすれば痛みを飲み込んで立ち上がり、また挑む。

 コレで鍛錬になるのか、という話だがこの組手で求められるのは強さではない。

 肉体的な鍛錬にもなるが、最も求めているのは精神的な強化にある。

 

 即ち、圧倒的な強者を前にして竦まない心構え。そして、生き残る為の覚悟を定める。

 

 打撃音と男たちの悲鳴を聞きながら、趙雲は己の得物である槍を確かめていた。

 

「――――初めまして、常山の趙子龍」

「!」

 

 突然の呼びかけに跳ねる様に顔を上げる趙雲。

 警戒を滲ませながら、声の方へと顔を向ければそこに居たのは一人のメイド。

 

「……どなたですかな?」

「驚かせてしまい、申し訳ありません。(わたくし)は、孫乾。字は公祐。幽州牧公孫伯珪の耳目となり、影に徹する事を生業としている者です」

「貴殿が……?」

 

 孫乾の自己紹介に、趙雲はピンとくるものがあった。

 黄巾征伐の折の冀州遠征。その際に話題に上がった、公孫賛の情報網。

 そのトップと思しき人物とこうして出会うとは、彼女も思っていなかった。

 

「知っておられるようですが、改めて。私は、趙雲。字は子龍。孫公祐殿は、この幽州の隠密部隊に属しておられる方、という認識で宜しいですかな?」

「はい。お嬢様の命を受け情報を収集し、それらの統制や流布もまた私達の仕事となっています」

「伯珪殿とは、長いのですか?」

「そうですね……お嬢様が、まだ私塾に通っていた頃より、私は幽州でお世話になっておりました」

「ご出身は別の場所、という事ですかな?」

「はい。私の出身は、青州ですので」

 

 混沌の坩堝、青州。その治安の悪さは、中華屈指の物。

 そんな土地に生まれ、彼女もまた今日を生きることにのみに注力せねばならないほどに荒れた生活を余儀なくされていた。

 

 だが、天は彼女を見放してはいなかった。

 

「あの日、ご主人様が私を助けてくださったのです」

「ご主人……仲碕殿の事ですかな?」

「はい。あの方は、幼少の頃より優れた武威を持ち合わせたお人でした。その剛腕をもって、私の未来を拓いてくださったのです」

 

 穏やかに語る孫乾。その視線の先では、楽しそうに棍棒を振るい兵たちを吹っ飛ばす公孫越の姿があった。

 

 彼女は、瞼を閉じればすぐにでもその光景を思い出す事が出来た。

 暗く、辛い、明日を思い浮かべる事すらできない毎日の中。その全てを撃ち砕いて、力強い手で己を暗闇から引っ張り出してくれた少年の姿。

 今では成長し、鮮やかな赤毛を翻して金棒を片手に戦場を駆ける武将となった。その実力は、先の黄巾での一件を経て他諸侯も知る所。

 そして、幾つになっても孫乾にとっての公孫越というのは全てを粉砕する破壊者ではなく、己を地獄から引き上げてくれた救世主のままだった。

 

 故に、孫乾は絶対の忠誠を捧げている。

 彼女の世界の全ては公孫越の為にあり、そしてその姉である公孫賛の為にあるのだから。

 

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