白馬姉「私の弟は最強なんだ!」   作:ボックス

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 董卓討つべし。その檄文が、中華の各諸侯へと届けられる。

 有力諸侯の一角にして、北方の雄である公孫賛にもまたその檄文は当然のように届いている。

 

「さて、今回は集まってもらってすまないな」

 

 机に両肘をつき手を組んだ公孫賛。

 彼女の執務室に集められたのは、弟を筆頭とした軍政それぞれの幹部陣だ。因みに、公孫賛の斜め後ろには孫乾が控えている。

 

「つい先日、袁紹からの檄文が届いた。曰く、都で暴政を働く董卓を討つために同盟軍を起こす。とな」

 

 ひらりと揺らされた書状に視線が集まる。

 そんな中で手を上げたのは、桃色の髪をした八重歯が印象的な活発な少女だった。

 

「はいはーい!お嬢はどうするんです?えんしょーに味方しちゃいますか?」

「その話し合いの為にお前たちを呼んだんだ。単経、お前はどう見る」

「アタシっすか?んー……何というか、ちゃちいっすよね!」

 

 バッサリとそう言いきり、単経は笑った。

 能天気な馬鹿にも見える彼女だが、タイプ的には公孫越に近い。野生の勘が鋭いタイプの本能型の武将だった。

 あっけらかんと放たれた単経の言葉は、しかし的を射てもいる。

 

「そう言うな、単経。幾ら天下の袁本初でも、単体で戦える訳じゃない。何せ、董卓は専横してると言われても相国の立場。持ち合わせている兵力もかなりのものだ。何より、幾ら董卓を討つためといっても朝廷に直接弓を引く形になれば周囲からの反発は避けられない」

「故の同盟軍、ですね」

 

 公孫賛の言葉を引き継いだのは、黒髪の女性だった。掛けたメガネのブリッジを左の中指で押し上げて位置を調整しながら淡々と熱の乗らない言葉を紡ぐ。

 

「古くは始皇帝が中華を統一する前、大国であった秦に対して韓、魏、趙、燕、楚の五国が合従軍となりコレに対抗。しかし、函谷関の守りは堅く突破する事敵わず、別動隊が咸陽を攻めようとしますが叢が落とせず合従軍は撤退を余儀なくされた、とか」

「ありがとう、厳綱。彼女の言うように、合従軍もとい同盟軍そのものは古くからある手法の一つだ。大敵を前にして、敵の敵は味方である、と手を結ぶ。ただ、これが上手い手かと言われると微妙な所だ」

「互いの利益による睨み合い、ですな」

「ああ」

 

 趙雲の答えに、公孫賛が頷く。

 連合軍、同盟軍。何れも、元は互いに睨み合っているような立場で状況から手を結んだに過ぎない。

 その為、表面上はどうあれ腹の中では自分達の損耗をいかにして軽微に押さえ、且つ利益を多く得るかを考えているというもの。

 先の厳綱が言うように、対秦における同盟軍は互いの損得勘定の結果本来の力を発揮しきる事無く敗退した。

 如何に兵数が多かろうと、優れた将兵が集おうともその心が一致していなければ烏合の衆でしかないのだ。

 

 しかし、

 

「まあ、意思統一を抜きにしても今回の連合軍に対して董卓が勝つ事はまず無いんだろうけどな」

「何でだ?姉上」

「簡単な話さ。如何にそれぞれの思惑があろうとも、結集するのは中華全土の英傑たちだ。そんな相手に、幾ら粒ぞろいといえども一勢力で相手取るのは不可能だ。うち(幽州)でも無理だ」

 

 弟の疑問に答えながら、公孫賛は斜め後ろに控える孫乾へと視線を送る。

 その意図を正確に読み取った孫乾は一礼すると、徐に壁の一角へと向かい何かを垂れ下げるようにして大きく広げてみせた。

 そこに描かれているのは、中華全土の地図。州毎に色分けされており見やすくされている。

 地図が広げられたことを確認して席を立った公孫賛は、その足で地図の側に立つと右手の甲でコレをノックする。

 

「まず、袁紹は確定。そして袁紹が出るという事は、袁術もほぼ確定。続いて袁紹が檄文を送る相手の候補は三つ。一つは、私。二つ目は兗州の曹孟徳。三つ目は荊州の劉表だ。前二つは、私塾の関係もあるから。三つ目の劉表は、袁紹と何進関係からだな」

「加えて、涼州軍閥もこれに加わる事でしょう」

 

 公孫賛の言葉を補足する孫乾。

 今回攻められる事になる司隷は、その地理関係からどこからでも攻められる上に逃げ場がない。

 元々は涼州の有力諸侯である董卓だが、涼州自体も青州に負けず劣らずの世紀末。一度締めだされるともう一度戻る事は難しい。

 しげしげと地図を眺めていた趙雲は顎を撫でつつ感嘆の意を零した。

 

「いやはや何とも、八方塞がりとは正にこの事というものですな。董相国も随分と厄介な相手に恨まれたものです」

「恨み、というよりも妬み嫉みという奴だろう。アイツは、そういう人間性をしてる」

 

 だからこそ人間らしい。公孫賛は、袁紹という人物をそう評する。

 逆に、口には出さないが彼女が最も()()()()()()()と思うのは劉備だったりする。

 

 劉玄徳に武力は無い。何なら政治関連で机仕事の多い公孫賛の方が強いだろう。

 劉玄徳に知略は無い。決して馬鹿ではないが、それでも軍師軍略家を名乗れる知力は無い。

 劉玄徳に軍才は無い。兵の先頭に立って敵軍に突撃すれば、その前に馬から振り落とされるのが落ちだ。

 

 無い無い尽くしの彼女だが、自然とその周りには人がいた。

 誰かが彼女の足りないものを助けてくれる。今現在で言えば、武力は関羽と張飛が。知略は諸葛亮と鳳統が。

 劉玄徳は象徴である。彼女の存在こそが、義勇軍の導きの星であり、そして汚れさせる事を許さない旗印となっていた。

 

 星は、人ではない。どれだけ手を伸ばしても届かない存在。

 

 それ故に、()()()()()()()()()

 

(まあ、それでいうと(公孫越)も似たようなものか)

 

 内心でそう結論を付けて、公孫賛は思考を戻す。

 他を隔絶した存在は、ただそれだけで注目を集める。その点で言えば、天性の人たらしも、天性の武力も似た様なもの。

 

 思考を切り替えた公孫賛は、改めて部下たちを見やる。

 

「さて、私達の選択肢は三つある。一つは、このまま連合に加入する事。袁紹自らの檄文なら参加する事も無下にはされないさ」

「お嬢!他の二つは?」

「董卓に味方をする。若しくは、どちらにもつかず静観する」

 

 右手の指を三本立てて、公孫賛は選択肢を示した。

 何れの選択肢にも一定のリスクとリターンが含まれている。

 

「楽なのは、一つ目と三つ目。一つ目は、私達が主攻にならなければ良い。適当に物資を補填しつつ援護に徹すれば、人的被害は無し。物資にしても直ぐに取り返せる。三つ目は、言わずもがな。動かないんだから消耗のしようがない。異民族が活発で離れられない、とでも言えば言い訳も立つだろうさ」

 

 一と三は消極的な策。リターンは少ないが、リスクもほぼ無い。北方の安全を預かる関係上、冀州の袁紹としては参加にしろ何にしろ公孫賛が動かない方が都合が良い面が大きい為だ。

 一方で、二つ目の選択肢はハイリスクな上にリターンを得られるかも微妙な所。

 

「姉上。董卓は悪いのか?それとも、悪くないのか?」

「その辺りは、公祐に話してもらおうか」

 

 公孫越の問いに、公孫賛は脇に控えた孫乾へと目を向ける。

 恭しく頭を下げた彼女は、ついで凛とその背筋を伸ばした。

 

「私共が調べた結果、袁本初の檄文は嘘偽りと言えるでしょう。寧ろ、都における董卓の支持は篤く、寧ろ専横を極めていた宦官たちを締め上げて国の為の政治に終始していらっしゃいました。私も、この目で確認しております」

「成程……姉上。二つ目の方針をとった場合、勝てるのか?」

「確実とは言えないが、やりようはあるな。まあ、五分にまでは確実に持っていける」

 

 小さなどよめき。

 当然だ、九分九厘負けているような戦況を半分にまでもっていくと言っているのだから。

 元より、孫乾が保証した董卓の濡れ衣。勝てる可能性が出てくるのなら、善性が集まるこの場においては自然と議題の流れが決まってしまいそうになる。

 だが、ここで待ったをかける者が居た。

 

「私は、反対です」

 

 眼鏡の位置を正しながら、毅然とした態度で言い放つのは厳綱。

 クソ真面目の堅物と評される彼女だが、だからこそ理性をもってブレーキを掛ける大切さというものを知っていた。

 

「お嬢様の策が成ったとして、勝率は五分。もし仮に敗れるとすれば、その後のこちらの滅亡は必定。多くの将兵が死に絶える事になるでしょう。何より、北方の守りが崩れれば、それだけで異民族側からの侵入を受ける事になります。中華が混沌の坩堝となる事は想像に難くありません」

 

 始まる前から、敗北を考えるなど場合によっては臆病者の誹りを受ける事だろう。

 しかし、厳綱にとってそんな事はどうでも良い。自分が馬鹿にされるだけで皆が一度立ち止まる理性を持てるのならば、彼女は喜んで泥を被るのだ。

 淡々と響いた上記のセリフ。流れそうになった場を、今一度見つめ直すには十分な冷や水となった。

 

「私としては、弱きを見捨てることは避けたい事ですな」

 

 趙雲が口火を切る。

 善性に加えて、正義感を有する彼女からすれば濡れ衣を着せられたまま討伐されそうになっている董卓は救うべき対象であり見捨てるという行為は出来る限り避けたい選択肢だった。

 理性と感情。どちらもが大切なもの。

 

 あちらを立てればこちらが立たず。であるのなら、横車を押すしかない。

 

「よしっ、二つ目の選択肢にしよう」

「…………よろしいのですか?」

 

 眉を顰め、厳綱が問う。

 その問いは、感情によるものではなく理性の問い。

 問いの中身を理解しながら、公孫賛は頷いた。

 

「私としても、弱い者いじめは避けたい。何より、そろそろ動き出そうとも思っていた所だからな」

 

 彼女自身は、天下への興味は薄い。しかし、一方である事を顕示したい欲求もあるのだ。

 

 

 “私の最強()を天下に示す”

 

 大計略が動き出そうとしていた。

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