魔法少女とは何だ。
世界の平和を守る者。
人々の安寧を守る者。
誰かの幸福を願う祈り。
輝かしい未来の創造主。
魔法少女とは。
魔法少女とは────それでいい。それだけで、いいんだ。
この世界には魔法少女がいる。
人類を脅かす異次元よりの侵略存在“魔物”と戦う少女達が、いる。
魔物、M、未確認降臨体……呼称は様々あるが人類にとってその属性は徹頭徹尾の“敵性”である。
奴らは次元に穴を穿って突如としてこの世界に侵入した。
ある時は動物に、植物に、昆虫に、鉱物や機械に、姿形を模し性質を変え特殊な能力をもって────人間を襲う。
奴らの存在が初めて観測されたのは15年前。
世界中で開いた無数の穴の向こうからこちら側へとやってきた魔物共によって数十万の人々が犠牲となった。
当然、世界中で武力による魔物の駆除が試みられたが、尽くが失敗に終わった。
通常火器は魔物に対して大きな損傷を与えることはできても、殺傷することはできなかったのだ。心臓を貫こうが頭を潰そうが、あるいは総体を大火力によって焼き払おうが、奴らは死なない。微量な肉片、あるいは焦熱した煙からでも奴らは再生する。
有史以来殺傷能力を突き詰めて不断の努力と異常な情熱で開発された数々の破壊兵器も、魔物の侵攻を一時食い止めるまでが関の山。
もはや人類は、謎の侵略存在がもたらす滅びの運命を受け入れるしかない……かに思われたその時。
救世主は現れた。
煌びやかな彩光と素敵な奇跡を携えて。
『ホーリー・アロー!』
瀟洒で愛らしいフリル付きのドレス。その姿はさながら舞踏会へと赴くお姫様だが、手にしているのは金銀で装飾された弓であり、放つは矢羽根もシャフトも鏃も光で構築された矢。
それを胸に受けた巨大な羆のような黒い魔物は、光の粒子に変わって消え去っていった。
『もう誰も傷付けさせない。私がみんなを守る! 守ってみせる!』
魔法少女。
魔物を唯一消滅させる力を持った少女達。
可愛らしい衣装を身に纏い、宙を舞い踊る少女達の活躍をPC画面に流し見て、俺は独り言ちる。
「大変だな」
往年の特撮ドラマを思わせるドラマパートが終わり、映像が切り替わった。
今度はどこかのスタジオで三人組の少女達が大写しになる。色とりどりのライティングが彼女らを照らし出し、画面下にタイトルと作曲・編曲者名のテロップが浮かぶ。
前奏が始まるや、少女達は溌溂とダンスを始めた。
センターを飾る蒼い衣装の少女の美声が響く。動画サイトに投稿されたMVが1億再生を超えたのだとネットニュースで読んだ覚えがある。
大人気である。
救世主、国防の要、人類の希望、そんな魔法少女は今や世界のアイドルでもあった。
「……」
ぼんやりと配信画面を見た。正直、流行りに疎い自分に歌の良し悪しはよくわからない。同時視聴者数の表示が刻一刻増えてそろそろ10万人に届こうかというのだから良いものなのだろう、と俗人なりの感想を抱く。
アイドル活動などというものはきっと気苦労の絶えない仕事に違いない。
ある意味、戦いよりも余程に。
「いや」
戦いなど知らずに済めばそれでいい。暴力を振るうことに甲斐など、どうして覚える必要がある。
そんなものはない。
戦いとは、高尚でも高潔でもなく、ただ痛ましいだけだ。
歌って踊って、振り撒く笑顔で人々を魅了し元気づける。ずっと価値あることだ。
少女達を画面の向こうに認めることで、俺は一人勝手に安堵を噛み締めていた。
『お兄ちゃん、私ね、魔法少女に選ばれたの』
誰かの声がする。あの子の、声がする。
嬉しかったんだろう。憧れが、夢が叶う。俺も嬉しかった。あの子が嬉しそうだったから、ただそれが馬鹿みたいに喜ばしくて。心から祝った。祝福を、言祝ぎを口にした。
馬鹿みたいに。愚かに。何も知らず。
魔法少女が何かも知らず。
────そして遊離した意識が現世へと引き摺り落とされる。
「…………来た」
テーブルでスマホが震えた。アパートの一室、広くもない居間、少女の歌声を掻き消す無遠慮なその震動を止めてスマホを耳許へ当てる。
誰何の必要はない。画面の表示を見るまでもなく俺は要件を承知していた────“それ”を感知していた。
『S市郊外にM粒子の流入を観測した。粒子の魔力質量から魔獣種、それもカテゴリーA相当だ。“リリィ”達の手には余る。“サレナ”を出すことになるだろう』
「了解。10分で向かいます」
そう口にする頃には上着を着て玄関でスニーカーを履いている。
自宅待機とは休暇ではない。いつ何時の呼び出しにも即応できるよう五体は十全に整っている。
『……今、報告が入った。現場では既にリリィ一名が交戦状態だと。所轄も車両封鎖に手間取って現着が間に合わんそうだ。糞、
「! 俺が、直接現場へ」
『市街地で“装甲”するつもりか? そんなもの許可する訳もない。焦れてるならとっとと指示車へ来い』
電話の向こうで冷厳と女は言い捨てた。
『小娘を守りたいんだろ?』
神経は苛立つより肥大と伸長を選んだ。電気刺激などと生ぬるい。それは電荷を伴う電撃となって肉体に厳命を下す。
血流が増す。鼓動が暴れる。より多くより速く、それは全身を巡り巡り力を行き渡らせる。
肉の膨張、骨子の変形。
変態する肉体。遠退く人間世界。現れたる、人外の領域。
全てが見える。聞こえる。
しかしまだ。まだだ。
ここで変わる訳にはいかない。戦う
そうだ。
この体は、その為だけに存在するのだから。
「
マネージャーの声が背中を叩く。
私は振り返らなかった。視線は一直線、目の前の光景を見据えている。
今日は、新衣装のお披露目の為のPV撮影の日だった。ロケーションは郊外のアウトレットモール。といっても営業してる店はほとんどない開店休業状態のだだっ広い廃墟みたいなところ。
幸か不幸かで言えばこの状況は間違いなく幸運だった。
買い物客や通行人のような一般人が巻き添えに遭わずに済む。
この、災厄の。
魔物。
魔物は時と場所を選ばず突然この世界に侵入してくる。養成所で勉強した通りだ。
そいつは白い、四つ足の蜘蛛のような
蜘蛛とは違って腹はなく、起伏のない細長い体にのっぺりとした楕円形の頭が生えていて、顔と思しい部位の中央に一つだけ眼球が埋まっている。瞼は縦ではなく、左右に開閉した。
体長4メートルあるかないか。動物園で見るゾウの方が体躯に厚みがあって大きく見えたくらい。
不気味な現代アート作品にでもありそうなデザイン。生物的なフォルムのくせに、色も質感も異様に無機質。
「こんな魔物……見たことない」
最近ようやく閲覧許可の下りたデータベースで過去に出現した魔物についてきちんと復習したつもりだったけど、そのどれとも違う。
何故かそう思う。自分でも解らないが、そう感じられてならない。
異質で、異常な存在感。
「凜々花!」
「戦います! この魔物は絶対普通じゃない。今ここで逃がしたら近くに住んでる人達が危険になる。ここで私が倒します! デビュー前の新人ですけど……私だって、魔法少女なんですから!」
「違う! 君のデビューはこの後にちゃんと……っ、そいつは違う! そいつは、
「? それってどういう……っ!」
爪が降ってくる。音もなくそれは近付いてきていた。
まるで気配を感じない。生き物ではないからだ。
勿論、過去の出現データにも身体を無機物で構成した魔物は存在する。けれど。
けれど、この、冷たい無機質さはなんだ。
訓練や実地研修で相対した魔物はもっと、なんというか可愛げがあった。でもこいつは。
蜘蛛の爪は何の抵抗も感じさせずアスファルトの地面を、その下に敷かれた基礎や地盤すら貫いた。そして、地面は膨張して爆発する。
「!?」
不自然な現象に驚きながらもその場を跳び退き、既に腕のスマートデバイスは起動していた。
「フルドレス!」
空中に桃色の彩光が煌めく。幾何学模様の円陣、魔法陣が全身を覆い通過したその瞬間に魔法少女専用装備────対魔性存在浄化装身具『マジック・リリィ』が構築されている。
白を基調に桃色と金色の
装備はデフォルト設定の杖。訓練生がまず最初に持たされるタイプで扱いにも慣れている。
「最初っから全力でいくよ! ピューリファイ・ボルト────」
別に必殺技の名前なんて叫ぶ必要はなく、頭で考えればデバイスがプログラムされた攻撃を実行してくれる。けれど、その威力の強弱は精神状態に左右される。ミサイルの飛ぶ速度は変えられないが、中に込める炸薬の量を決めるのは自分だと教官が言っていた。力強く念ずればより一層威力が増す。だからこそ声の限り叫ぶのだ。
曰く、魔法少女は叫んでなんぼ。
牽制や小手調べなんてしない。先手必勝だ。新米魔法少女に過ぎない自分に長時間の戦闘はたぶん無理。とにかく敵の反撃を許さず一気に終わらせる。
流線形の杖の先端、照準器と砲身を兼ねた円筒状の部分に保有魔力のかなりの量を注ぎ込み、巨大な光の矢と成して撃ち放つ。
魔物はじっとこちらを見ていた。その一つ目玉でただじっと、私を見ていた。
光の矢は、直撃。
「どう……」
余波で巻き上がった地表の塵埃、その中から、飛び出す。
強化された視力はそれの飛来を見ていたが、到底反応できるタイミングじゃなかった。
その、針は。
気付いた時には右の太腿に突き刺さっていた。
「いっ」
痛い、そう言おうとした。針と言ったってバーベキューで使う鉄串くらいの長さと太さ。そんなものが足に刺さればそれは痛い。すごく痛い。
叫ぼうとして、声を遮られる。
ぱんっ
そんな軽々しい破裂音が。
右足で。
針が。
爆ぜた。
「ぎっ……!!?」
針が刺さった部分で、まるで爆ぜるように膨らんで、一気に
肉を巻き添えにして右腿の一部が欠ける。
肉の削げた右足は弾け出た血で真っ赤になった。すぐに傷の形すらわからなくなる。
「なん、これ、なに、なんで、づ、あ、ア゛、アムニオンはッ!?」
魔法少女のドレスは見えない魔力の
神経をずたずたにされるような痛みの暴流で視界がちかちかと明滅し、全身は痙攣して胃の内容物まで押し上げようとする。
必死に堪えた。外出先で吐くとか、すごく、恥ずかしいから。せっかく新衣装のお披露目の撮影なんだから……思考を混乱させる自分を自分で俯瞰する。
そんな場合じゃない。そんなこと、考えてる場合じゃ。
塵埃が晴れる。
白い蜘蛛は、先程と何一つ変わらない様子でそこにいた。
「へ……? 無、傷?」
魔法少女の魔力は、魔物にとっては言ってみれば毒だ。触れただけでその体を組成している粒子の繋がりが解けて、崩れて、消滅するのだと。
そう習った。養成所の教官や先生達はそう言ってた。
なんで。
「なんで」
返答をくれる誰もここにはいない。
代わりに、目の前の魔物は反応を寄越した。
針。
その体から、四つの脚から、ありとあらゆる場所から針。針が生えて、生えて、生えて。
その一本一本がさっき自分に向かって飛んできたものと同じものなら。
つまり今、そいつがやろうとしているのは。
「ひっ、ぃ、いや」
膨張している。僅かだが、込められた力は確実に絶対と信じた魔法の加護を貫通する。
それが、今、無数に。
弾けた。
「いやぁぁあっ!!」
蹲り、頭を抱えて壮絶な痛みの到来に恐怖した。
死を思った。
覚悟なんて、なかった。
「────え」
一瞬、何も感じないことに拍子抜けする。痛みを覚える間もなく自分は終わってしまったのかと本気で考えた。
おそるおそる目蓋を開くとそこにはまだ現実の続きがあった。
現実感のまるでない光景……大きな影が、自分の前に立ち塞がっている。
黒い巨躯。両腕があり、両脚で地面に立っている。体高は3メートル近い。
外観は一見して、自立した鎧だ。歴史の資料で見るような西洋甲冑とは違う。近代的流線形と鋭角なフォルムの複合。SF作品に出てくる、パワードスーツ、と言えばいいのだろうか。
けれどやはり、それは鎧なのだ。
分厚い装甲の下に
拘束具。鋼鉄の枷。
だって、
「魔……物……?」