黒い装甲の隙間から随所に覗く生身。恐竜の外皮を思わせる分厚く堅牢な黒い皮膚は人外のそれ。
生物だ。生物に変化した魔物が装甲を
意味がわからない。
存在がわからない。
なに。これは、一体なんなの。
体を起こそうと身動ぎした時。
「伏せろ」
「っ!?」
肉声に驚き、そして黒い背中越しにまたしても降り注ぐ針の群に気付いて背筋が凍る。
言わるまま再び地面に蹲った自分を、依然として影は覆ったまま。
動かない。
避けずに、針を体で受ける。
無数の針は多くがその装甲に弾かれて軌道を変え、地面に突き刺さる端から爆ぜた。枝を広げて地面も、街路樹も、建物も何もかも吹き飛ばしていく。
私はただただ耐える。暴虐の終わり、痛みの元凶、恐怖の雨が止むまで。
そして不意に、弾かれた一本の針が偶然こちらに跳ねて。
「ひっ」
顔の前に現れた巨大な掌がそれを止める。
掌に針が刺さる。必然とばかり、刺さった針は爆発した。爆発的な成長で、黒い鎧の魔物の手をぐちゃぐちゃにした。
皮膚が裂け、肉が割れ、血が飛び散る。
血が、赤い血が私の顔を濡らす。
「きゃあっ」
「すまない」
「っ、え……?」
鎧の魔物は手を抉る針を抜こうともせず、どころかそのまま拳を握った。
剣山を握るような暴挙だ。
しかし、今度ぐちゃぐちゃにされたのは針の方。
カリフラワーのように肥大した針は、その一握りで粉々になり、砂になり、微粒子になって霧散した。
消滅。
それはまるで、魔法少女の魔力に侵された魔物の様。
「大丈夫だ。もう、傷付けさせない」
この、魔物は……いや、この“人”は。
「貴方は……?」
カテゴリーA、間近にしたことで肌身に感じる魔力質量はなるほど上位層に指を掛ける。放置すれば、いずれは対処不能の脅威となり得るだろう。
背後の少女にセンサーがフォーカスし、バイタル他身体状況を簡易精査する。
「リリィの生存を確認。負傷している。医療班の準備を」
『手配済みだ。緊急配備の不手際とはいえ、言うこと聞かないガキはやはり厄介だな。
「は」
『サレナとリリィは交流を持つべきではない。今のような会話も不要だ』
「……はい」
女は無感情に、己の感情を唾棄した。
反感は覚えない。否定する理由もない。徹頭徹尾、彼女の言は正しい。
魔法少女を守護する。俺の役目はそれだけだ。
『どうやら射出された針全てが一個体の魔物と化すらしい。迅速に片付けろ。ここら一帯魔物の巣窟になる前に』
「了解。殲滅戦闘、開始」
踏み込む。
対峙する白色の魔物。無機物増殖型。他の戦闘型の魔物に比べれば攻撃能力は
そうなれば全て終わりだ。
そうなる前に、終わらせる。
その判断は今現在、戦闘指揮車輌で現状況を監視する彼女にしても同じ思いであった。
『滅却承認』
冷厳の極致の声音がその終わりを宣告する。
『承認、受理を確認』
『リミッター第三層まで解放。魔力質量増大。抑制剤ヴィーシャ注入開始。安定域下降まで注入継続、10、15、20……』
『心拍数300を超えました』
『魔力質量、安定域に……到達』
『右手掌、復元完了。すごい。以前よりずっと早い……』
データリンクされたオペレーターおよび当機体の制御管理システムの逐次報告を頭部バイザーのHUDで音声、映像双方に捉えながら、間合は至近。
蜘蛛のような前足の爪二本が我が身を貫かんと迫る。
両の手で掴み取る。
その爪、その白い体が、外部刺激を受けた瞬間に増殖する絡繰りはもはや知れた。ゆえに。
握り潰す。
彼奴らにとっての猛毒、この魔力質量を込めた掌で。
爪は折れ、砕けた。破断した爪の先は膨大な魔力の流入によって一挙に霧散し、消える。
悲鳴。
魔物が叫ぶ。痛みか、怒りか、それとも失った足を惜しんでか。
そんなものはない。
貴様らに痛む心などある筈もない。
拳を握る。硬く、硬く、硬く。
一個の武器。原初の暴力。
ただひたすらに滅ぼすばかりの、力で。
右腕部魔力経絡全開放。
対魔性存在滅却装甲『フルメタル・サレナ』最強の打撃────アルナ・バースト。
「インパクト」
打ち出された拳は放出される魔力を推進剤に加速、どこまでも加速。
初速にして音速を超える。さらに加速。
それは刹那の接触に過ぎない。
白い体表に達した拳はその存在を現実空間より削り取る。
滅却。滅却。滅却。滅びはさながら病魔の如く群がり拡がり蝕んでいく。
白き魔物は塵となり、粒子となり、無と消える。断末魔すらこの世に残さぬ。
波状に広がる力の奔流は周囲1kmまで拡散し、分化した魔物の極小個体をも逃さず飲み下す。
暴風が止み、静寂が訪れ、全ては消えた。
全て、終わった。
そこかしこに停まったパトカーの赤色灯が目を焼く。
私はそれを嫌って、またアスファルトの地面に目を落とし俯いた。
「ん、これでよし。まだ他に痛むところはない?」
「あ……はい、大丈夫です」
「そっか。よかった」
ふわりと花が咲くような安堵の笑みがパイプ椅子に座った自分の頭上にある。
治療魔法をかけてくれた魔法少女さんは、純白のセミロングの髪を掻き上げて未だ忙しない周囲の様子に目をやった。
綺麗な人だった。赤い光の明滅の中でも阻害されない白いダブルのコート姿が優美で。きっとすごい魔法少女に違いない。けれど、私は彼女のことを知らなかった。
有名な魔法少女の顔と名前は全員覚えてる筈なのに。
「あの……貴女は」
「? ああ! そっか。ごめんね。私は雪城
「一応?」
「ふふ」
疑問にカホさんは答えてくれなかった。突っ込んで尋ねているつもりもなかったけど。
雪城さんはひどく労しげな顔で私を見下ろす。
「恐かったでしょう。危ない目に遭わされて」
「はい……あんな強い魔物、私初めて見ました。はは、やっぱり新米の魔法少女が調子に乗っちゃダメですね。マネージャーさんの言う通り、ベテランの魔法少女さんを待ってれば、こんなことには……」
「同じだよ」
「え?」
微か、息を呑んだ。今の今まで感じていた柔らかな気配とは打って変わって、その切って捨てるような物言いに。
「魔法少女が何人集まって来ようと、カテゴリーAの魔物には勝てない。絶対に。魔力質量の桁が違う。黒い絵の具の池に一滴白い絵の具を垂らしたって、池が白くなる筈ないんだから。無駄なの。無力なの。魔法少女なんてものは、結局、ただの……」
「あ、あの」
それは豹変だった。慈母のようだった顔が今は能面のように冷え切った無表情に固着して、それでも一つ、一つだけ、感情がある。赤銅色の瞳の中に曇りなく光る炎の名は。
怒り。
「……あの人は、間に合ったんだ」
「えっ?」
雪城さんは微笑んだ。怒りの炎が鎮まって、焼け跡のように虚しい微笑だった。
「よかった。貴女が無事で」
「あ、ありが、とう……」
「あの人が悲しまずに済んで」
「え……」
白銀の人は踵を返す。まるで、用は済んだ、お前になど初めから興味はないと言うように。
コートの背中が遠ざかる。
気付けば私は蹴飛ばすように椅子から立ち上がっていた。
「あの!」
「……」
「あの、魔物は……あの人は一体誰なんですか!?」
魔物を倒す魔物。
魔物であるにもかかわらず私を、魔法少女を助けてくれた。
その圧倒的な強さで。
見たことも聞いたこともない、恐ろしいまでの力で。
雪城さんは振り返って私を見た。
「魔法少女を守りし者。
「守、る……?」
「その為なら命だって捨てちゃうの。馬鹿で愚かでどうしようもない……憐れな人」
燃え滓のような怒りが、悲しみの雨で泥炭になる。
(あぁ雪城さんって……)
私はその微笑を見て何故かすぐに理解していた。今日この日この時初めて出会ったばかりのこの女の子は、そうなのだ。
(……あの人のことが、好きなんだ)