魔法少女を守る魔人に憐れみなんて要らないよ   作:足洗

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3話 理由

 

 

 

 右腕が熱い。

 溶銅に浸したかのように、骨の髄まで熱が、全てを焼き尽くす焦熱が満ちる。充満し、溢れ返る。痛みの上限値を超えている。到底人間の脳が甘受できるレベルではない。

 それでも、狂うこともできない。

 当然だ。俺は人間ではないのだから。

 朦朧と霞み、千々と砕ける意識の狭間、愚昧な自己追認を終える。

 

「魔力質量増大止まりません」

「筋肉だけじゃなく骨格まで変異してるなこりゃ」

「ダメだ。装甲と完全に癒着して……六王(りくおう)さん! 聞こえますか! あっ、反応ありました! 意識レベル上がっていきます」

「あらら可哀想に。気絶してた方が楽だったよ、キミ」

 

 白衣の女性はなにやら無闇に上機嫌な調子で口ずさむ。

 助手の青瓢箪な少年……少年のようにあどけない顔立ちの青年が頻りに自分を起こそうとする。

 返答したい意思はある。あるのだが、喉も舌も唇もまったく意の儘にならぬ。頑として動いてくれないのだ。

 

「おい」

 

 投光器の激しい光を背に、ダークスーツの女が自分を見下していた。

 右腕から伝わる灼熱という激痛にその絶対零度の視線はいっそ清々しい。

 魔性存在対策課機動技術隊────隊長・浅田彌栄(やえ)の凍てついた瞳を見上げる。長い黒髪が風の中を泳ぐ様は優雅で、どこか挑発的で、実に彼女らしいと感じる。

 まさしく挑むように。

 

「もう立てないか」

「……」

「私はお前の大言壮語をまだ覚えている。蟲けら同然に這いつくばって血反吐を撒きながらお前が吠えた科白をな……死にたければとっとと死ね。死に損ないは永らえるだけ資源と金の無駄だ。死ね。そのまま死ね」

「ちょっとちょっと隊長」

「そんな言い方……」

 

 死。

 死ぬ。

 戦えば死ぬ。肉体がこのおぞましい変異に対して決定的に抗えなくなった時、俺は死ぬ。人でなくなる。半人半魔の魔人は死に絶え、そして新たに現れ出るのは……正真正銘の魔なる化物。

 

「復讐。魔物を皆殺しにする。お前はそう言った。そう言ったのだ。この世で最もくだらぬ理由でお前は自身の“人”を捨て去った糞馬鹿野郎だ。そうだろうが……甘えるんじゃない、六王(りくおう)光嗣(こうじ)!」

 

 その瞬間、停滞していた血流が循環を再開する。血管には電撃のような負荷を覚え、流入する血と熱に肉が膨張し、五体の数ヶ所が破裂し出血した。

 しかし、起動する。身体が緩やかで穏やかな死から、苦痛の生へと立ち戻る。

 

「心拍数、正常値に戻っていきます」

「涅槃はまだ遠いみたいだねぇ。フフフ、可哀想に」

「……」

 

 様々な計器類の明滅、忙しなく飛び交う通信の定時報告、ジェネレーターの唸り、各分野のスタッフ達の足音、会話、視線。

 現実が戻って来た。

 現実に、戻って来た。

 不意に、浅田彌栄が半歩こちらに寄る。重心が移動した程度の僅かな接近。腕組みを解いて彼女は、その手を、まるで乞い求めるかのようにこちらへ、伸ばして────

 

「どいてください。邪魔です」

 

 彼女の背後から現れた小柄な人影に浅田隊長は振り返る。

 白いダブルのコートを着た、少女。可憐という単語は彼女の為に存在するのだ、などと思えるほどに。

 白銀の燐光を纏った少女はダークスーツの女を半ば押し退けて己の眼前に立った。

 

「……雪、城さん……?」

「コウジさん」

 

 白魚めいた指が頬にあてがわれる。未だ赤熱する装甲、素手で触れるのはあまりに危険だ。

 だが、彼女に対し、その懸念は無用であった。

 突如、全身の皮膚表層を冷気が、凍気が包む。焦熱から極寒へ。急激な冷却を受けて当然、肉体が収縮する。

 

「ぐっ、お……!!」

「ごめんなさい。ごめんね、コウジさん。すごく痛いよね。もう少しだけ我慢して……」

 

 べりべりと皮膚が装甲から剥離する音と感触。鎧の中で冷却された俺だけが収縮し体積を減じたからだ。

 白衣の女、トリ博士がコンソールを操作したと同時に装甲のロックが外れ、内側を晒すように四方へ開く。脱着可能状態になったことで、身体はようやく外気との再会を果たした。

 水分の凍結した皮膚が割れ、割れた端から再生と肥大を始める。

 

「すごいよねぇ。熱伝導とか障壁とか無視して彼の身体だけ狙って冷却しちゃうんだから。魔法ってのはホントチートだよチート」

「六王さんの魔力質量が下がってたお陰ですね。そうでなきゃ魔法少女の方の魔力じゃ接触できずに霧散してしまいますし」

 

 装甲から抜け出そうとする自分を雪城さんが介助してくれる。

 

「お手数を……お掛けします……」

「ふふ、バカなこと言って……本当に、バカな人」

 

 バランスを崩しかけた自分の体を彼女は支える。支えるどころか、それこそ彼女の胸に俺は抱き竦められてしまった。

 頭上から落ちてくる雫は、涙。涙声が、俺を詰る。必死に、懸命に、俺の愚劣を糾弾する。

 

「こんなにボロボロになって……いつもいつも貴方は、自分のことなんて微塵も顧みてくれない。こんなにまでなって。傷も、痛みも、もうたくさん……次、次は、つ、次戦ったら、もしかしたら貴方は……貴方が、もしかしたらって思ったら、私……私は」

「……」

「それでも、コウジさんが戦わなきゃいけないの……?」

「……すまない。いつも、迷惑を、掛けて」

「っ! なんで、そんなこと、そんなんじゃないの、私……私は! コウジさんが……!」

「雪城、撤収作業は終わっていない。用がないなら早く退け」

「……」

 

 冷厳とした女の言に、雪城カホは視線もくれない。ただ纏う白銀の気配の中にガラス片の如き鋭利な手触りが混入する。

 含有成分、敵意。

 

「まだこんなことを続けるつもりですか」

「愚問だな」

「この人を、殺すまで続けるつもりですか」

「当人の望みだ」

「浅田ヤエッ!!」

「雪城カホ、魔法少女ならすべきことをしろ。この“見世物小屋”が不満なら魔法少女なぞ辞めてしまえ。止めはせん」

「……辞めない。辞められるわけ、ない。辞められるわけないじゃない……この人が、戦い続けてるんだから……!」

 

 懊悩を噛み殺して少女は決意を吐く。

 それを見下す女もまた、瞳の奥に深く大きな痛みを秘めている。そう見える。俺には、その痛みが少しだけ理解できた。

 言い争う二人を仲裁する義務が俺にはあった。しかし、やはり、この体は役立たずだ。この喉も、舌も、苦悶する心も全ては無価値だ。

 価値あるものはこの、魔を宿した肉であり骨である。

 魔物を殺す魔人たる。

 俺はただ、殺すばかりの力。

 誰かを幸せになどできない。誰かの悲しみなど拭えない。

 その無為を示すかのように意識は再び暗黒の中へ、深海の水底へゆっくりと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの噂、やっぱり本当だったんですね」

「いや、それは……」

 

 言い淀むマネージャーさんはバックミラー越しに目を逸らす。けれどその態度こそ私の言葉を完全に肯定していた。

 ロケからの帰路。まるで、何事もなかったかのように私は車の後部座席から窓の外を流れる景色を見た。

 脚の傷ももう跡形もなく。今日あった出来事が全て夢か何かだったんじゃないかと思えるほど。

 でも。

 信じたくなかった。

 夢と憧れと、使命感、みたいなもの。誇らしかった。恐かったけど、家族や友達や、自分を取り巻く世界のたくさんの人々の為に自分の存在が必要とされているんだって、自分の戦いが誰かの幸せを守るんだって。

 一条リリカは、世界の平和を守る魔法少女になれたんだって。

 信じてた。

 

「私達魔法少女は、一般の人達からの支持や、資金集めの為の見世物で、広告塔で、ただのプロパガンダでしかない。本当は、本当に危険な魔物と、実際に命懸けで戦ってたのは……」

「今日のことは忘れなさい。君らだって国の為に立派に役立ってるんだ」

「でも、あの人は私のこと!」

「人じゃない」

「え」

 

 マネージャーさんは苦々しく顔を歪めて、心底嫌悪するみたいに。

 

「あれは魔物だ。魔物を体に移植し魔物の力で魔物を狩る、魔人……」

「魔人……?」

「魔物と同じ、ただの化物だよ」

 

 

 

 

 

 

 

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