魔法少女を守る魔人に憐れみなんて要らないよ   作:足洗

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6話 述懐

 

 

 

 終始上機嫌な博士に今朝方の状況、戦闘概要、個人的な所感等々を根掘り葉掘り尋問され尽くし、ラボの個室から解放されたのが三時間後のこと。出社してすぐ変異部位切除の為に手術室に担ぎ込まれてから立て続けのことである。遅刻を咎められるようなことはなかろうが、とんだ重役出勤になってしまった。

 エレベーターに乗り込む。金属の箱の中で久方ぶりの孤独を取り戻し安堵の気息など吐いている。

 カゴを揺さぶる重い駆動音。気圧の変化によって耳孔に圧迫感を覚えた。研究階層である地の底から今再び地上を目指して重々しく上昇を始める。

 

「……」

 

 魔性存在対策課のオフィスは地下にあった。

 オフィスと呼びはするがここは決して民間企業ではない。その後ろ楯を担うのはやはり、政府である。

 ……と、偉そうに述懐したものの、己は実のところ自身の所属するこの部隊の出自を未だ把握しかねている。

 その管轄。発足の経緯。出資元。政府機関のどの省庁が、どのような法的根拠に基づいて運用しているのか。

 俺は知らない。

 

 部隊、機動技術隊、隊と銘打たれるからには自衛隊ないし防衛省に端を発する一部隊か……確かに以前、防衛省関係者と名乗る背広と迷彩服姿の一団に面会したことはあった。とはいえその場において己に発言権などなく、面会とは名ばかりに己はただ檻の中の動物よろしく観察されていただけだが。あるいは……兵器としての性能を吟味されたのか。

 

 また、カテゴリーAを超える魔物の対処を旨とする我が隊の出動に際して、車両封鎖や民間人の避難誘導、現場周辺の情報統制は都内および各都道府県の警視庁・所轄警察署から警察官を動員し遂行される。警察庁との協調・連携は必須項目と言って差し支えない。

 

 近年制定された魔性存在対策に纏わる関連法の幾つかが各省庁にフレキシブルな対応を許す……あるいは強いる……為にこんなにも宙に浮いたような組織構造を呈しているのやもしれない。

 

 さらに言えば、トリ博士……ヴィクトリア・レクトール博士は元はさる有名大学の研究室長だったと聞く。隊内にあって魔物の調査、研究、魔性技術開発、そしてこの身体の管理までも一手に担っている彼女が、どのような経緯を経て魔物対策の第一線に、この謂わば()()()()に配属されてしまったものか。いやあの魔物に対する興味関心の根深さを見れば自薦して自らの席を捩じ込んだと言われても格別驚きはしない。

 同研究室に在籍していた宮田正剛助手はそんな彼女のサポート役として入隊した。いや本人の談では、有無を言わせず無理矢理引き摺り込まれたというような話らしいが。

 

 そして我が部隊の長たる浅田彌栄(やえ)、彼女は警察官だ。

 彼女は自身の為人(ひととなり)や来歴に関して好んで語るようなことはしない。ゆえにその階級、所属部署、隊長就任の経緯など俺には知る由もないことだ。

 

 しかし────だからどうしたというのか。

 そこに何の不都合があろうか。

 それでいい。

 俺は何も知らない。知らなくていい。

 知るべきは一つ。魔物を(ころ)術理(わざ)だけだ。

 そして彼女は知っている。己の、六王(りくおう)光嗣(こうじ)の正しい使い方を熟知している。

 彼女は俺を魔物殲滅の為の尖兵として、正しく容赦なく徹底的に使い潰すだろう。

 俺は彼女のことを何も知らない。彼女と語らうべきことは何もない。

 ただ一つ、俺達は“それ”を共有した。

 “憎悪”。魔物に対する不断の憎悪を。

 それだけでいい。

 彼女はその曇りない憎悪に基づいて何一つ躊躇しない。たとえこの身が折れ砕け崩れ去るとしても、六王光嗣という名の武力行使を断行してくれる。

 

 俺は彼女の憎悪を信じる。

 心から、信じている。

 

 思考への埋没は体感一分にも満たない。それでも、エレベーターが目的地とは別の階層で停止したことに少々不意を衝かれた。

 ここには他の職員も勤務している。利用者が他にいても不思議はない。

 自動ドアが開く。

 

「……!」

 

 そこには見知った姿があった。

 白銀の髪、青みすら帯びて透き通る肌、装いは年頃を思えば落ち着いたライトグレーのハイネックニット、白いプリーツロングスカート。まるで雪の象形のような少女。

 

「雪城さん」

「こんにちは、コウジさん」

「あ、こんにちは」

 

 場所柄、真っ直ぐな挨拶にむしろ面食らう。いや礼節という意味合いにおいて彼女は何一つ間違っていない。咄嗟に当然の礼を忘れた己こそ恥じ入るべきだった。

 とりあえず隅に身を躱し、中央のスペースを譲る。

 

「……何階ですか」

「コウジさんと同じ階で」

「は……」

 

 数字以外の返答にまた少し戸惑う。返す言葉が見付かる前にドアは閉まり、エレベーターは当初の目的通りに再び上昇を始めた。

 

「魔法少女の方は、この階層まで降りて来られない筈では」

 

 地上には、総務・経理関係の部署の入った高層オフィスビルが建造されている訳だが、表向きはそれこそが魔法少女の為の養成施設なのだ。

 魔法少女産業……と言ってよいものか……その中核の一つ、芸能事務所本社も兼ねているとか。

 伝聞である。なにせ地上の“本物の”オフィスフロアには上がったことがない。平素は外部の地下通路を通って直にこの階層へ出入りしている。

 地上へ昇る必要もなければ資格もない。エレベーターの端末にIDを示せば行くことは可能だろうが、その時は不審人物として警備員の方々に無用の手間を掛けさせることになる。

 そしてそれは、逆も同じだった。

 魔法少女はここへは来られない。存在すら知るまい。例外的に部隊の存在を認知していたとして、許可を受けたIDを持っていなければ。

 

「最近、許可が下りたんです。私の担当養育者(プランター)の人が掛け合ってくれて」

「そんなことを……何の為に」

「コウジさんと同じ職場で働きたかったから」

「……」

 

 冗談めかしな言葉選びとは裏腹に、語気はどこまでも決然としていた。

 拒否などさせない、と言わんばかりの。

 

「……コウジさんは嫌ですか。私が、傍にいること」

「決して推奨はできません。いえ、はっきり言って自分には近付くべきではない。貴女の為にも」

「私の為? ふふ、じゃあダメです。私は私の為にここにいます。貴方の傍にいます」

「訂正します。貴女の身の安全の為に、自分、延いてはこの部隊に関わってはいけない」

「私が弱いからですか? 私が弱い魔法少女だからですか」

「はい」

「……」

 

 お為ごかしの気遣いの言葉を努めて棄てて、俺は事実のみ口にする。

 

「貴女がこの部隊に関与したところで出来ることは何もない。足手纏いになるだけです」

「死にかけてたくせに……」

「……」

「何度も、何度も何度も! 私が覚えてるだけで三度! 上位の魔物と戦って、力を使うほど貴方は、貴方はその度に人の部分を使い潰して……」

 

 エレベーターの生白い照明が空間を厭らしいほど無機質にする。

 こんなにも可憐な少女でさえ、この空間は悲惨な様に変えてしまう。いや、そうさせているのは紛れもなく。

 この少女を泣かせているのは。

 

「人じゃないモノになっていく」

 

 誰でもない、(おまえ)ではないか。

 傍らの、怒りと怖れと悲しみで震える細い肩を盗み見て、俺は愚物なりの問いを吐いた。

 

「どうして、そこまで」

「貴方が私を救ったから」

「恩義に感じる必要はない。俺は魔物を殺しただけです。その際偶然に貴女を助けただけで」

「違う。貴方は救ったんです。私を」

 

 語彙の微妙なニュアンスの違いを問い質す気はなかった。

 彼女にとって、己との出会いと関わりに並々ならぬ意味が、救いがあったというならそれは否定のしようもない。それは彼女だけの答えである。他者にそれを否定する権利はない。

 

 思えば一年にもなるか。

 彼女が、魔人となって間もない己に初遭遇してしまった日から、説得の攻防虚しく結局はそれだけの期間関わり続けている。

 救われた、と少女は言った。

 その想いが彼女の境遇に根差したものであることを理解する。それが決して優しい生い立ちではなかったことを理解する。

 けれど、()()()()()()()()()()()という絶望を理解してやることはできない。

 俺の両親はまともだった。まともで、健全で、ありふれた愛情を幼い俺達に遺して、死んでしまったから。

 

「俺は、誰も救えない」

「私はっ」

「俺には救えない。俺如きに、誰が」

 

 そのまともな両親に託されたたった一人の家族すら救えなかった。

 助けを求めていたのに守れなかった。

 死にたくない、そう血を吐きながらあの子は死んだ。

 だから。

 俺にできるのは。

 

「魔物を」

 

 殺すことだけ

 

 ────その殺意が、まさか呼んだ訳でもあるまいが。

 

「!」

「コウジ、さん……?」

「来た」

 

 魔物の気配。この世界に浸潤する魔力の芳香。肌身を焼く魔性。

 

 あぁ、また殺さなくては

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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