メカゴジラを作った私が反メカゴジラになった理由 作:よよよーよ・だーだだ
それから三日後、私は“告発状”を書いた。
送る先の記者は信頼できそうな人間を選んだ。演算ログ、接続された神経回路の構成図、イル=エル・ドル=ヴァとの会話の記録。証拠になりそうなものは出来る限り揃えた。
記事が出たのは、告発状を送ってから三日後のことだった。
最初に動いたのは海外メディアだった。国内の報道機関がまだ事実確認に追われている段階で、イギリスの独立系ニュースサイトが「ビルサルド、メカゴジラ開発に人間の脳を使用か」という見出しで記事を配信した。
それから先は早かった。
記事は数時間で世界中を駆け巡った。画面の中では、様々な言語の見出しが次々と流れていった。
翻訳ソフトを使いながら読んでいくと、どれも同じことを言っていた。ビルサルドが人間を機械の部品にしている、と。
翌朝から、世界は騒然となった。
最初に声を上げたのは人権団体だった。国連人権理事会への緊急申し立てを行い、「人間の尊厳の根本的侵害」として即時停止を求めた。
宗教界も反応した。バチカンは「人間の神聖さを機械的効率の名のもとに毀損するものだ」という声明を出し、複数のイスラム法学者も同様の見解を表明した。
もともとビルサルドへの不信感を持っていた排斥派は、ここぞとばかりに動いた。
「だから言っただろう」という声が、あちこちから湧き上がった。「異星人を受け入れた時点でこうなることはわかっていた」「善意を装った侵略だ」「ビルサルドを地球から追い出せ」。
街頭では抗議活動が起き、日本国内でもビルサルドの居住区の近くにプラカードを持った人間が集まり始めた。彼らの主張は必ずしも正確ではなかったが、怒りそのものは本物だった。
国際機関も動き始めた。WHOとユネスコが合同で調査委員会の設置を発表し、ビルサルド側にメカゴジラ開発時の全データの開示を求めた。
その間、ビルサルドは沈黙していた。
批判の声がどれだけ大きくなっても、抗議活動が街頭に溢れても、国際機関が調査委員会を設置しても、彼らは何も言わなかった。声明も出さず、反論もせず、ただ静かに待っていた。
その沈黙が、騒ぐ人間たちをかえって苛立たせた。
「なぜ、何も言わないんだ」
「どうして黙っている」
「何か言うべきことがあるんじゃないのか」
私はそんな巷の様子を眺めながら、どこかで嫌な予感がしていた。ビルサルドが黙っているのは言葉に詰まっているからではない、最も合理的な対応を考えているのだということを私は経験上知っていた。
ビルサルドが口を開いたのは、私の告発から二週間が経った頃だった。
国連安全保障理事会がビルサルドへの制裁決議の草案を審議し始め、複数の国がビルサルドの居住区への物資供給の停止を示唆した。排斥派の抗議活動は日に日に規模を拡大し、一部では暴力的な衝突も起き始めた。メカゴジラ開発の即時停止を求める署名は、三日間で一千万を超えた。
そのタイミングで、ビルサルドは声明を出した。
声明は短かった。例によって感情的な言葉はひとつもなく、言い訳もなかった。
「自由意思の担保が問題であるなら、対応する」
それだけだった。
マフネ=カツラという女性のインタビューが公開されたのは、それから数日後のことだった。
「病気のことを聞かせてもらえますか」
「はい」
テレビの中のマフネ=カツラは白いシャツを着て、穏やかな顔でカメラを見ていた。二十二歳という年齢よりも少し幼く見える顔だちで、どこにでもいる普通の若い女性に見えた。
インタビュアーに促され、マフネ=カツラは語りだした。
「わたしは体のあちこちがずっと痛む病気で、検査をしてもはっきりした異常が見つからないことが多くて、治す方法はまだ確立されていません。三年前に診断されてから、痛みと疲れで、普通の生活を送るのがだんだん難しくなってきました。医者からは良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、ずっと付き合っていくしかない、と言われました」
と、マフネ=カツラはここで少し間を置いた。
「……病気になってから、ずっと申し訳なかったんです」
「申し訳なかった、とは?」
インタビュアーに促され、マフネ=カツラはぽつぽつと語ってゆく。
「周りに迷惑をかけているって、ずっと思っていました。朝起きるのも、ご飯を食べるのも、トイレに行くのも、全部誰かの手を借りないとできなくて。ありがとうって言うたびに、なんでわたしはこんなに感謝しなきゃいけないんだろうって。感謝できるのはいいことなんですけど……でも、感謝しなきゃいけない場面が、一日に何十回もあるんです。起きるたびに、動くたびに、息をするたびに、誰かに何かしてもらっている。それがだんだん、申し訳ないというより、苦しくなってきて」
マフネ=カツラは少し視線を落とした。
「家族や周りの人たちが世話をしてくれるのが、一番辛かったです。怒ってくれた方が楽だったかもしれない。笑顔で『いいんだよ』って言ってくれるから、余計に……この人たちの大切な時間を、人生を、わたしが削っているんだって。正直、早く死にたいって思ったこともありました。迷惑をかけ続けるくらいなら、その方がいいんじゃないかって」
「…………。」
そこへビルサルドからの話があったのだという。マフネ=カツラは続けた。
「ビルサルドの先生が病院に来て、丁寧に説明してくれました。神経接続の仕組み、身体への影響、リスクについても包み隠さず話してくれたんです。強制ではない、断っても構わないと何度も言われました」
怖くなかったと言ったら嘘になります、とマフネ=カツラは言った。
「でも、話を聞きながら思ったんです。どうせつらいだけの人生なら、何か役に立ちたいって」
「今は、どうですか」
マフネ=カツラは少し考えてから、静かに笑った。
「病気は……なくなりました。システムにつなぐために中枢性感作を修正したと説明されました。痛みもないし、動ける。それだけでも十分すぎるくらいなんですけど」
そう言ってマフネ=カツラは、首の後ろのコネクタにそっと手を触れた。
「それに、これがあるから、今もメカゴジラとつながっている。わたしの神経が、ゴジラと戦う力の一部になっている。病気だった頃のわたしには、想像もできなかったことです。よりよい形で世界のために貢献できる。こんなに素晴らしいことって、なかなかないと思います」
「後悔はありませんか」
「ありません」
インタビュアーからの問い掛けに、マフネ=カツラは即答した。
「これはわたしが選んだことだから。誰かに言われたわけじゃない。わたしが、こうなりたいと思ったんです……」
こんな塩梅で、ビルサルドはメカゴジラに接続された十七人の人間を順次解放していった。
一人が公開されると、数日後にまた一人。それが十七回繰り返された。性急でもなく、間延びでもない、絶妙な間隔。世論が一人目の話題を消化し、次を待ち始めた頃に次が来る。まるでコンテンツの配信スケジュールを管理するように、ビルサルドは計画的に人間を送り出した。
十七人はそれぞれ違った。
四十代の元工場労働者は、事故で脊髄を損傷し下半身の自由を失っていた。インタビューでは「もう一度立って歩けるとは思っていなかった」と目を赤くしながら語り、カメラの前でゆっくりと立ち上がって見せた。
六十代の元教師は、末期の肺がんを患っていた。「残り三ヶ月と言われていた。でも今こうして生きている」と穏やかに語り、「孫の成長を見届けられるかもしれない」という言葉を最後に付け加えた。
三十代の男性は、生まれつきの難病を抱えていた。「生きていることが申し訳なかった時期がある。今は違う」とだけ言い、それ以上は多くを語らなかった。その短さが、かえって重く響いた。
そして十七人全員が「後悔はない、改造を受けて良かった」と語った。
「…………。」
そんな彼らの様子を見て、私は何かが引っかかっていた。
……マフネ=カツラをはじめ、解放された人間たちの言葉は本物だったと思う。病気や障害の苦しさも、それらが回復した喜びも、作ったものには見えなかった。影を残しながらも幸福をかみしめている彼らの表情は、演技でできるものではない。
それでも、何かが引っかかっていた。
「…………。」
私は端末を開いて、マフネ=カツラのインタビューの映像をもう一度再生した。今度は音を消して、口の動きだけを見た。それからもう一度、今度は画面を見ずに音だけを聞いた。
三回目に見たとき、ようやくわかった。マフネ=カツラが語った「よりよい形で世界のために」という言葉を、私はかつて別のところで、そして違う形で聞いたことがあったのだ。
「自らの肉体を機械と融合させることを、我々は恥だとも苦痛だとも思わない。個体としての形が変わっても、機能は維持し続ける。それを死と呼ぶなら、通常の死よりはるかに豊かな死だ。我々はそれを栄誉と呼ぶ……」
イル=エル・ドル=ヴァの言葉だった。
一語一句同じではない。マフネ=カツラが自分の言葉で、自分の体験と感情を語っていたのは間違いない。
だが、その論理の骨格、結論の導き方が、あのときドル=ヴァが私に向かって語ったものと同じだった。人間の形をしているかどうかは問題ではない、機能し続けることに意味がある、貢献できることが喜びだと。
マフネ=カツラはビルサルドのロジックで、自らの人生を語っていた。
そのことに気づいた私は、ぞっとした心地で端末を閉じた。それからまた開いた。何かを調べようとして、何を調べればいいのかわからなくなった。
洗脳、という言葉が頭に浮かんだが、しかしすぐにその言葉の空虚さに気づいた。
洗脳とは何か、人の考え方が変わることか? では人の考え方が変わることと、洗脳されることの違いは?
……証明できない、と私は思った。
マフネ=カツラたち、メカゴジラの頭脳に接続されていた十七人の人間がビルサルドに洗脳されているという証拠はない。あるのはただ、ビルサルドによって身体を改造された人間たちが、ビルサルドに似た言葉で世界を語っていた、という事実だけだ。
かくいう私だってそうだ。ドル=ヴァたちビルサルドと三年間一緒に仕事をして、気づけばビルサルドの考え方の一部を自分のものとして使うようになっていた。
それは洗脳か? いや、違う。ただ影響を受けただけだ。人間は誰でも、長く一緒にいる相手に影響を受ける。マフネ=カツラたちもビルサルドに影響を受けただけ、あるいは元からそういう考え方に共鳴しやすい人間が選ばれていた可能性すらある。
だが、マフネ=カツラたちの神経回路は今もメカゴジラのシステムと繋がっている。
人間の思考とAIの演算は構造的に同じだとドル=ヴァは言っていた。もしそれが本当なら、常時接続されたビルサルドのシステムの影響を受けてしまっている可能性はないのか。
しかしそれも、証明できない。
マフネ=カツラたち自身が、これらを自分の言葉として語っている。機械システムとの神経接続が思考に影響を与えているという医学的な証拠もない。これを機械による洗脳だと外から断じるのはただの陰謀論だ。
まるで哲学的ゾンビだ。マフネ=カツラたち自身が「これは自分の言葉だ」と思っている以上、外側から否定できる根拠がない。影響と洗脳の境界線を、どこに引けばいい。自分で選んだ言葉と、システムに選ばされた言葉の違いを、どうやって見分ければいい。
やがて私は、ビルサルドはそれをわかっていたのだろうと思い至った。
自由意思と洗脳の区別がつかないなら、それは自由意思だということになる。ビルサルドはその原則を正確に理解した上で、マフネ=カツラたちを送り出したのだ。
まさにビルサルド的な、完璧な論理だった。
世論が反転するのは、あっという間だった。
十七人目のインタビューが公開されてから一週間も経たないうちに、SNSの空気は別のものになっていた。
最初に変わったのはコメント欄だった。マフネ=カツラのインタビュー記事に、こんな言葉が並び始めた。
「本人が納得しているなら問題ないのでは」
「むしろ当事者の意思を無視して批判する方が失礼じゃないか」
「ビルサルドを悪者にしたいだけの連中に利用されているように見える」
最初はそういう声は少数だった。しかし十七人の顔と言葉が積み重なるにつれ、少数派は多数派に変わっていった。
ゴジラが静岡に上陸したのは、そのタイミングだった。
死者は八千人を超えた。被害の映像がニュースで流れると、メカゴジラの完成を求める声が一気に噴き出した。
「議論はわかった。でもゴジラはまだそこにいる」
「倫理の話をしている間に人が死んでいる」
「メカゴジラを完成させることが最優先だろう」
聞くところによれば、「自分もビルサルドに神経リソースを提供したい」という声まで現れたという。最初は冗談半分に見えたが、実際にGフォースの窓口に問い合わせをした人間が数百人単位で出たと、後から報道された。
私への風当たりが変わり始めたのも、そのころだった。
告発直後、私はしばらくの間だけ英雄だった。メディアは「内部告発者」として私の名前を好意的に取り上げ、インタビューの依頼が相次いだ。
しかし十七人が順次解放され、世論が動くにつれ、その温度は少しずつ変わっていった。
「本人たちが納得しているのに、なぜ告発したのか」
「クロヌマ=セイイチロウのせいでプロジェクトが遅れた。その間に何人死んだと思っている」
「正義を気取りたかっただけではないか」
見知らぬアドレスからメールが届くようになった。最初のうちは読んでいたが、やがて読むのをやめた。内容はどれも似たようなものだった。
街を歩くと、視線を感じることがあった。気のせいかもしれなかったが、気のせいとも言い切れなかった。
正式な通知が届いたのは、告発から一ヶ月が経った頃だった。
「プロジェクトの体制見直しに伴い、クロヌマ=セイイチロウとの契約を終了する」
一文だけの、素っ気ない文書だった。不当解雇を訴える気にはなれなかった。そういう問題ではないと思っていた。
荷物をまとめるために、私は最後にビルの中に入ることを許可された。段ボール箱一つ分の私物を片付けて、出ていく。それだけのことだった。
その途中、廊下でイル=エル・ドル=ヴァと鉢合わせた。
手続きを済ませたタイミングで、大柄な体が廊下の奥から歩いてくるのが見えた。わざわざ見送りに来たのか、偶然通りかかったのか、わからなかった。
彼女はいつものように、表情ひとつ変えずに私の前に立った。
「…………。」
彼女は立ち止まった。私も立ち止まった。廊下には私たちしかいなかった。
何か言われると思っていた。叱責か、あるいは説得か。
私から口を開いた。
「荷物を取りに来た」
「知っている。少しいいか」
私は黙って頷いた。
ドル=ヴァはしばらく何も言わなかった。ビルサルドが言葉を探しているのを、私は初めて見た。いつも淀みなく言葉が出てくるのがビルサルドであるはずなのに。
やがてドル=ヴァはおもむろに口を開いた。
「君の告発は、我々の計画を大幅に遅らせた。人員と時間とリソースを要した。その事実は変わらない」
「わかっている」
「しかし我々の説明が不足していた部分もあった。それも事実だ」
「謝るつもりか?」
「いや」
ドル=ヴァはきっぱりと言った。
「我々の取った手段は間違っていないと今も思っている。謝罪の必要はない」
「そうか」
「…………。」
再びの沈黙。
ドル=ヴァは少し間を置いてから、改めて口を開いた。
「……クロヌマ、君の考えは理解できない。機能が維持されているのに、形が変わることがどうしてそれほど問題なのかが、私にはどうしてもわからない」
「私にも、君たちビルサルドがわからんよ」
「そうだろうな」
「…………。」
しばらく沈黙があった。私は何か言うべきかと思ったが、何も思いつかなかった。ドル=ヴァも何も言わなかった。ただそこに立っていた。
やがてドル=ヴァは言った。
「だから言う。理解はできない、しかし尊重はする。君が見たものを、君のやり方で受け取ったことを」
それだけだった。
謝罪はなかった。非難もなかった。惜しむような言葉も、引き止めるような言葉も、何もなかった。ただ、事実を述べるような口調で、そう言った。
私はしばらくドル=ヴァの顔を見て、それが本心だとわかった。私がなぜこうしたのか、ドル=ヴァは本当に理解できないのだろう。
そして、それでも私のことを尊重したいと本当に思っているのだろう。
私は答えた。
「……わかった」
それ以上、言葉はなかった。
ドル=ヴァは踵を返して廊下の奥へ戻っていった。振り返りはしなかった。
その背中を見送りながら、私はこの三年間のことを思い出していた。深夜の開発室で、バグを直してくれたこと。「必要なのは礼儀ではなく成果だ」と言っていたこと。
……悪い奴らじゃない、と今でも思っていた。それが余計に、しんどかった。
出口に向かいながら、私は開発室の前を通った。扉は閉まっていた。セキュリティカードをポケットから取り出してかざしてみると、赤いランプが点灯した。すでに無効になっていた。
私は荷物を抱えて、廊下を歩いた。
振り返らなかった。
サブタイトルのファインチューニング(Fine-tuning)は「微調整」の意味。AIの分野においては、大規模データで事前学習されたAIモデルに特定のデータセットで追加の再学習を行い、特定のタスクや用途に合わせて性能を最適化する手法のこと。
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