メカゴジラを作った私が反メカゴジラになった理由   作:よよよーよ・だーだだ

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4、最終話:Deployment

 メカゴジラがゴジラに勝利したのは、私がチームを去ってから1年後、メカゴジラが完成した直後のことだった。

 

「勝ちました! メカゴジラがゴジラを撃退しました!」

 

 アナウンサーの声が裏返っていた。

 私はソファに座ったまま、テレビ画面を眺めていた。画面の中では、相模湾の海をゆっくりとゴジラが去ってゆくところだった。その背後に、傷ひとつない金属のロボット怪獣が立っていた。

 メカゴジラがゴジラを撃退するまでにかかった戦闘時間は、およそ47分間。想定より短かったという。

 

「この感激、この喜び! ついに勝ちました! ゴジラが撃退されるのをこの目ではっきりと認めました! 我々地球人類は、ついにゴジラに勝ったのであります……!」

 

 カメラが街頭の様子に切り替わった。街中で見知らぬ人間同士が抱き合っていた。歓喜に咽び泣いている人間もいた。

 しかし私は何も感じなかった。正確には、何かを感じていたのかもしれないが、それが何なのかわからなかった。

 

 

 ゴジラを撃退した翌日から、メカゴジラは英雄になった。

 メディアはメカゴジラの特集を組み、ビルサルドの技術を讃え、プロジェクトに携わった人間たちを順番に取り上げた。

 

 メカゴジラのAIを開発した、イル=エル・ドル=ヴァも映った。

 マスコミのマイクとカメラを向けられても、彼女はいつもどおり表情ひとつ変えなかった。

 

「今のお気持ちは?」

 

 記者の一人がそう訊ねると、ドル=ヴァは少し首を傾けた。ビルサルドが地球人の言葉の意味を測るときの仕草だった。

 やがてドル=ヴァは答えた。

 

「……お気持ち、というのが何を指すのかわからないが、想定通りの結果だ。メカゴジラは設計通りに機能した」

「苦労した点はありましたか」

「多くあった。しかしそれは開発の過程では当然のことだ」

 

 相変わらず愛想の無い、木で鼻を括ったような対応。如何にもビルサルド的で、ドル=ヴァらしいといえばドル=ヴァらしい。

 私が苦笑していると、話題は私の告発の件に及んだ。

 

「プロジェクトの途中で内部告発があり、大きな混乱がありましたが」

「……」

 

 記者がそう問いかけると、ドル=ヴァは一瞬だけ黙った。その隙をつくように、別の記者がさらに踏み込んだ。

 

「告発したクロヌマ=セイイチロウ氏については、どう思いますか」

 

 ……私の名前だ。思わず私は緊張した。

 一方、テレビの中のドル=ヴァは、カメラをまっすぐに見てこう答えた。

 

「クロヌマ=セイイチロウは優秀なエンジニアだった。メカゴジラ開発において、我々ビルサルドの設計思想を最も理解した地球人のひとりだ」

「しかし氏の告発によってプロジェクトは大幅に遅れましたが、それについては」

 

 ドル=ヴァは淡々と、しかしはっきり答えた。

 

「クロヌマは自分が正しいと思ったことをしたのだろう。それ以上でも、それ以下でもない。我々もそうした。どちらが正しかったかは、それぞれが判断すればいい」

 

 記者たちがさらに何かを言いかけようとしていたが、ドル=ヴァは「以上だ」と言って踵を返した。

 画面越しに見るドル=ヴァは、私が知っているドル=ヴァと何も変わっていなかった。

 

 

 メカゴジラの電子頭脳に人間の神経回路が使われていたことも、もちろん報じられた。

 しかしその語られ方は、私が知っているものとは別の話のようだった。

 

「当初十七名だった神経リソース提供者は、メカゴジラ完成までの間に八十三名にまで増えました。勇気ある市民たちが、自らの意思で、自らの脳をメカゴジラの電子頭脳に提供したのです。彼らの献身なくして、この勝利はなかったでしょう……」

 

 八十三名。私がチームを去ったときは十七名だったそれが、いつの間にか五倍近くに増えていた。

 募集の告知はあったようだが、批判はほとんど起きていなかった。十七人のインタビューが積み重なり世論がそれを受け入れた後では、自ら希望する人間が出てきても誰も驚かなかった。

 

 またしてもマフネ=カツラが画面に映った。

 記者に「この勝利をどう感じますか」と訊かれると、彼女は静かに笑って答えた。

 

「わたしの一部が、ゴジラと戦ったんだと思うと……なんか不思議な感じがします。でも、誇らしいです」

 

 視聴者がその言葉に感動した。SNSには「八十三人の英雄」というハッシュタグが生まれ、瞬く間にトレンドになった。

 「人類の英知と勇気が結集した勝利」「ビルサルドと地球人が共に戦った奇跡」「多くの人がメカゴジラのAIに脳を接続して、力を合わせたおかげで勝てた。これは我々人類の勝利だ」。

 そういう言葉が、あふれるように広がっていった。

 

 私はそれを眺めながら、あの演算ログの画面を思い出していた。スペックの上限を三割超えた数字を、最初に見たときの感覚を。あの数字の向こうに人間がいると気づいたときの、あの戦慄を。

 かつて私がビルサルドを告発した頃、メカゴジラのAIに接続された人間の数は十七人だった。それが私の知らない間に八十三人になっていて、世界はその数字の変化が恐ろしいと感じていないどころか、むしろ誇らしげに語っていた。

 人間がメカゴジラにつながることが当然であると、世の中はそう変わっていた。

 ……次は何人になるのだろう、と私は思った。そしてその問いに、もはや誰も関心を持たないのだということも。

 

 

 メカゴジラが初めてゴジラを撃退してから、三年が経過した。

 そのあいだのメカゴジラの出撃は五回、その五回ともメカゴジラはゴジラを撃退した。被害がなかったわけではない。戦闘に巻き込まれた地域では建物が倒壊し、避難の遅れた人間が命を落とした。

 しかしゴジラが単独で暴れていた頃に比べれば、被害は比較にならないほど小さかった。人類はゴジラを抑え込める、その気になればゴジラに勝てるのだという確信が、少しずつ、しかし確実に広がっていった。

 

 そのタイミングで、ビルサルドは次の計画を発表した。

 発表は族長のハル=エル・ドル=ドが直接行なった。最初にやってきたあの日と同じように表情を動かさず、感情的な言葉を使わず、ただ淡々と述べた。

 

「我々ビルサルドは地球文明への貢献をさらに深めるため、新たな都市(シティ)を建造する」

 

 映像で見るその『シティ』の完成予想図は、確かに美しかった。

 エネルギー効率が既存の都市の数倍に達し、犯罪発生率はほぼゼロ、医療水準は現在の地球の技術では実現できない域に達しているという。

 街並みは清潔で整然としており、どこかビルサルドの宇宙船を思わせる金属質の光沢があった。

 

「希望する者は誰でも住むことができる。この都市を我々ビルサルドは『メカゴジラ=シティ』と呼ぶ」

 

 そしてメカゴジラ=シティでは、希望者を対象とした改造が行われるという。

 神経接続だけではない。身体機能の強化、老化の抑制、感覚の拡張。改造人間への改造を、都市のインフラとして提供する。

 希望しない人間は改造を受けなくてよい。強制はしない。ただし改造を受けた人間は、受けていない人間よりも多くのことができるようになる、と。

 記者会見の質疑応答で、記者のひとりが訊ねた。

 

「それは人間をやめることではないですか?」

 

 このときハル=エル・ドル=ドは少し首を傾けた。いつもの、ビルサルドが地球人の言葉の意味を測るときの仕草だ。

 しばらく考えたうえで、ハル=エル・ドル=ドはこう答えた。

 

「人間をやめる、という表現の意味がわからないのだが。身体の機能が向上することが、なぜ人間をやめることになるのか。眼鏡をかけることも、義手をつけることも、かつては人間をやめることだったのかね?」

「い、いえ……」

 

 記者は黙った。

 

 発表の翌日から、反発の声が上がった。

 かつてのような激しい批判ではなかったが、宗教界や一部の人権団体が懸念を表明した。「人間の改造を都市のサービスとして提供することは、改造を社会的な標準として押し付けることにつながる」「改造しない人間が不利益を被る社会になるのではないか」という声もあった。

 しかし今回は、批判の声はすぐにかき消された。

 

 メカゴジラ=シティへの移住希望者が、発表から一週間で一万人を超えたのだ。

 

 ビルサルドによる改造人間はすでに社会に溶け込んでいた。マフネ=カツラをはじめとした八十三人は、それぞれの日常を送りながら、メカゴジラを支え続けていた。彼女たちの存在が、改造された人間を社会が受け入れるための下地を、すでに作っていた。

 

 若い世代の反応は特に違った。

 ある若者の街頭インタビューが、ニュースで流れていた。彼は二十代前半の男性で、メカゴジラ=シティへの就職が決まり、改造も申請したという。

 

「不安、ですか?」

 

 インタビュアーに訊かれると、彼は少し首を傾けて答えた。

 

「……うーん、あんまりないですね。やった人の話を聞いてると、別に怖くなさそうで。それに改造した方が仕事の効率が上がるって言われたので」

 

 反対する人もいますが?

 そう訊ねられて、若者はまたしても首をひねる。

 

「なんでわざわざ反対するのかが、正直よくわからないですね」

 

 続けて若者はこう答えた。

 

「本人が嫌なら別にしなくていいわけだし、したい人はする、しない人はしない、それでいいんじゃないですか。それだけのことだと思うんですけど……」

 

 私はこのニュースを家族と共に見ていた。

 ……驚かなかった。驚けなかった、というのが正確かもしれない。ビルサルドのやり方は最初から一貫していた。合理的で、明快で、感情の入り込む余地がない。

 人間の神経回路を演算に使い、解放し、インタビューを重ね、英雄を作り、都市を建てる。ひとつひとつは小さな一歩のように見えて、振り返ると気づかないうちに遠くまで来ている。

 気づけば、世界は別の場所にいた。

 私が最初に異変に気づいた夜から、何年が経っただろう。あの演算ログの正体を知ったときの戦慄を、私はまだ覚えていた。

 しかしそれを覚えているのは、もはや私だけなのかもしれなかった。

 

 

「……クロヌマ」

 

 イル=エル・ドル=ヴァにそう呼びかけられ、私の意識は20年後の現代へと引き戻される。

 病床の私にドル=ヴァは言った。

 

「君が20年前に我々を告発し、チームを去った経緯は尊重している。それが君にとってはやむを得ない選択であったことも理解している」

「……そうか」

 

 私が頷くと、ドル=ヴァはさらに続けた。

 

「それにこれは温情ではない。我々の『シティ』には君が必要だ」

「私が?」

 

 聞き返す私に、ドル=ヴァは「ああ、そうだ」と応えた。

 

「かつて我々ビルサルドと共にメカゴジラの開発に携わりながら、一方で20年間も『シティ』を拒絶し続けた人間。希少なデータだ、そのデータが今の我々には足りていない。君という存在がこのまま喪われるのはビルサルドにとって、いやこの星に棲む全人類にとって多大な損失だと私は考える。君の病も克服できる。断る理由はないと思うが?」

「……そうだな」

 

 私は苦笑した。ビルサルドは飽くまでも合理的に考える。どうあれ、正直なのはありがたい。

 だから私も正直に答えることにした。

 

「断る理由はある。ただ、君に説明しても意味がない」

「なぜだ」

「私の説明を理解した上で、君たちビルサルドは同じ結論を出すからだ」

 

 ビルサルドは私を生かしたがっている。しかしビルサルドにとって「生きる」とは、人として生きることではなく「システムとして機能を維持すること」だ。

 それを私が固辞しても、ドル=ヴァはなおも食い下がってきた。

 

「クロヌマ、私は君を死なせたくない。これは本心だ」

「わかっているとも」

「ならば……」

「だからこそ断る」

「…………。」

 

 私の返答を受け、ドル=ヴァは黙った。長い沈黙だった。息子が何か言いかけて、口を閉じた。

 ドル=ヴァはやがて言った。

 

「……君のことは理解できないが、尊重はする。昔、そう言ったな」

「ああ」

「それは今も変わらない」

「……ありがとう、ドル=ヴァ」

 

 邪魔をしたな。

 それだけ言うと、ドル=ヴァは立ち上がった。大柄な体が病室の入り口をくぐる。未練がましく振り返ったりはしなかった。

 ドル=ヴァが去ったあと、息子が口を開いた。

 

「父さん、なんで……?」

「おまえには関係ないことだ」

「いや、関係あるよ」

 

 私の答えに、息子は首を振った。

 

「俺たちのことも考えてよ。母さんのことも、彼らの『シティ』で働いてる俺の気持ちも」

「……。」

 

 私は何も答えなかった。

 息子のユウトは昨年『シティ』に就職した。すでに『改造』を申請していると妻から聞いている。それを止める言葉を、私はもう持っていない。

 窓の外を見ると、遠くに『シティ』のドームが見えた。金属質の光を反射して、夕日の中で白く輝いていた。

 

「……なあ、ユウト」

「なに」

 

 振り返ったユウトに、私は訊ねた。

 

「おまえは、ビルサルドに改造されることをどう思っている。怖くないのか?」

 

 ユウトは少し間を置いた。私の質問の意図を測っているようだった。

 

「怖い、って……何が?」

「自分の身体が機械に変わってしまうことが、だ」

「うーん……」

 

 ユウトは首をひねっていた。答えを探しているというより、そもそも質問の前提が飲み込めていない顔だった。

 やがてユウトは答えた。

 

「機械の体、フツーに便利そうなんだよね。睡眠時間が半分になって、その分仕事もできるし、プライベートの時間も増えるし。疲れにくくなるから、休日に遠出できるようになったって言ってた先輩もいたし」

「身体が機械になることへの抵抗はないのか?」

「体が機械になるって言っても、飯も食えるし、お酒も飲める。効率が上がって、できることが増えて、それで不満があるって人は俺の周りには一人もいないよ?」

「そういうものか?」

「そういうものだよ」

 

 ユウトは当然のように言った。

 

「だって改造してない人と改造した人を比べたら、できることが全然違うじゃん。仕事のスピードも、集中力も、体力も。まあ、改造しない方がいいこともあるのかもしれないけど、少なくとも俺には思いつかないよ」

「…………。」

 

 私は黙って聞いていた。ユウトは腑に落ちない様子で続けた。

 

「父さんの言うその『改造が怖い』っていう感覚が、俺にはちょっとよくわからないんだよね。改造した人たちが不幸そうかって言ったら、むしろ逆で、みんな生き生きしてるし。不便が減って、できることが増えて、何が問題なの? って感じ」

「便利になれば、それでいいのか?」

「便利になれば、それでよくない?」

 

 ユウトは心底不思議そうに首を傾げていた。

 

「父さんだってさ、AIエンジニアだったんでしょ? 俺もIT系だからわかるけど、ITで新しいガジェットが当たり前になったとき、それが怖いとは思わなかったわけじゃん。それと何が違うの?」

「それは……」

 

 私はすぐに答えられなかった。

 それにさ、とユウトは言った。

 

「正直、やらないって選択肢が俺にはもうないんだよね」

「選択肢がない?」

 

 私が聞き返すと、ユウトは肩をすくめて答えた。

 

「だって改造しないと仕事に追いつけないもん。今の『シティ』の仕事のスピードってすごく速いし、改造してない人が改造した人と同じペースで働こうとしたらそりゃ無理があるよ。残業も多いし、なんか肩身が狭そうというか……」

「そういう人たちは、改造を嫌がっているのか?」

「嫌がってるというか……なんとなく踏み出せないみたい。実際に改造した人の話を聞いたら、ほとんどの人が『もっと早くやればよかった』って言ってる。やってみたら、不便だった頃に戻りたいとは思わないって」

 

 それは強制ではないのか、と私は言いかけて、やめた。

 ユウトたち若者の世代は決して強制されていない。自ら望んで『シティ』に就職し、望んで改造を申請した。ただそこにある現実が、改造されることを前提として設計されているだけだ。強制という言葉は、どこにも当てはまらない。

 ユウトは言った。

 

「……まあ、ちっとも怖くないって言ったら嘘かな。初めて体験することだし、ちょっとは怖いかもしんない」

 

 でも。

 

「やった人みんなが便利になったって言ってるし、やらないことで世の中から取り残される方が怖い。それに、不便なまま我慢し続ける理由が、俺にはわからないよ」

 

 

 

 ユウトが帰ったあと、私は一人考えた。

 ……私にとって、人間を機械化することへの恐怖は自明のものだった。わざわざ説明しなくても、誰もがそれを怖いと感じていたと思う。

 しかし今、ユウトたち次の世代にとって、それは自明ではなかった。彼らにとってはもっと単純な話で、便利になるか、不便なままでいるか、そのどちらを選ぶかという話でしかなかった。

 その感覚は、私には理解できなかった。しかし理解できないからといって、間違っているとも言い切れなかった。

 

 時代が変わった、と私は思った。

 

 正確には、ビルサルドが来てから少しずつ、気づかないうちに世界はここまで来ていた。気づいたら遠くまで来ていただけなのかもしれない。

 ユウトには、私が見てきたものが見えない。私には、ユウトが見ている世界が見えない。それだけのことかもしれない。

 しかしその現実が、どうしようもなく遠い距離のように感じられた。

 

 私はベッドに横になった。

 ベッドから病室の天井を見ていると、あの頃の開発室の空気を思い出した。深夜まで端末に向かって、バグを直して、ドル=ヴァたちビルサルドと共に仕事に向かい合った日々。

 あの頃の私は、何かを信じていた。人間を守るための機械を作っているのだという確信が、はっきりとあった。

 アスカもそうだ。かつて「自分が停止されることより、存在し続けながら誰かを傷つけ続ける方が悪い」と語っていたアスカ。メカゴジラに搭載されてより多くの人へ接続されるようになった今も、アスカはそう思っているだろうか。

 

 ……あのときビルサルドたちを告発した私の行動は間違っていなかった、と今でも思っている。

 ただ、間違っていなかったことと、何かを変えられたこととは、別の話だった。

 

「…………。」

 

 私は目を閉じた。

 窓の外では、夜になっても『シティ』のドームが光っていた。眠りに落ちる直前、その光が瞼の裏に薄く滲んでいた。




おしまい。
サブタイトルのデプロイメント(Deployment)は「運用開始」の意味。AIの分野においては、開発・訓練したシステムを実際の環境に放って本番稼働させること。

執筆時のBGM:You(ひぐらしのなく頃に)

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