【完結】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。   作:まだら模様

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第10話:雄英体育祭準決勝『半分だけの強者に、用はない』

 

準決勝の前、控え室へ戻ろうとした廊下でのことだった。

 

「少し、いいか」

 

重い声が、背後から落ちてきた。

 

直哉は立ち止まった。振り返った。

 

炎の英雄、エンデヴァー。

 

ナンバー2ヒーロー。全身から炎を纏い、眼光だけで空気を焼くような男。直哉はその顔を見て——ああ、と思った。

 

原作で見た顔だ。

 

威圧的で、傲慢で、「俺の理想を息子に課す」という歪んだ執念を持った男。轟焦凍の父親。家族を道具として扱った男。

 

直哉は無表情のまま、エンデヴァーを見上げた。

 

「……なんですか」

 

「お前が禪院直哉か」

 

「そうですけど」

 

エンデヴァーは直哉をじろりと眺めた。品定めするような視線だった。

 

「さっきの試合を見ていた。緑谷を相手に——面白い戦い方をする」

 

「ありがとうございます」

 

直哉は笑顔で答えた。温度のない笑顔で。

 

「俺のところに来る気はないか。インターンシップの話だ。お前の動き、鍛え方によっては——」

 

「ないです」

 

エンデヴァーの眉が、ぴくりと動いた。

 

「即答か」

 

「即答です」

 

直哉はエンデヴァーの顔を見ながら、静かに続けた。

 

「エンデヴァーさんのところでインターンしても、俺が得られるものがあんまり思い浮かばないんで」

 

「……何?」

 

「炎の使い方は学べると思います。でも——」

 

直哉は少し首を傾けた。

 

「エンデヴァーさんって、自分の力を息子に継がせるために奥さんを道具として扱ったんですよね。それで、その息子さんは今日の試合でも炎を使ってへん。力があるのに、使えない状態にしてしまってる」

 

エンデヴァーの顔が、みるみる険しくなった。

 

「……貴様、何を」

 

「俺が言いたいのはシンプルな話ですよ」

 

直哉は笑顔を崩さなかった。

 

「自分の持ってる力を、正しく運用できてないヒーローから、力の使い方を学ぶ気にはなれないって話です。エンデヴァーさんは強い。それは認めます。でも、その強さ、ちゃんと使えてますか? 息子に半分しか力を出させられない状況を作っておいて、ナンバー2を名乗るのは——ちょっと、筋が通らんと思いますけど」

 

「っ——!」

 

エンデヴァーの周囲の炎が、膨らんだ。

 

廊下の温度が、数度上がった。

 

直哉はその熱を顔に受けながら、一歩も退かなかった。

 

「怒ります?」

 

「……子供が、知ったような口を」

 

「子供やから言えるんかもしれませんね」

 

直哉はエンデヴァーの目を、まっすぐに見た。

 

「でも、間違ったことは言ってへんと思います。轟くんの炎——見てみたいと思いませんか、ちゃんと。あなたが作った力が、あなたへの憎しみで封印されてる。それって、ヒーローとして、父親として——どうなんやろって」

 

エンデヴァーは何も言わなかった。

 

ただ、直哉を睨んでいた。

 

その目の中に——怒りだけではない何かが、一瞬だけ揺れたのを、直哉は見た。

 

「……行け」

 

エンデヴァーが絞り出すように言った。

 

「試合の時間だ」

 

「はい」

 

直哉は一礼した。丁寧に、礼儀正しく。

 

そしてエンデヴァーに背を向けて、歩き始めた。

 

廊下を曲がるまで、背中に視線を感じた。

 

(あの人、本当は分かってるんやろな。自分が何をしたか。それでも認めることができへん——その「甘さ」が、結局あの人の限界や)

 

(ナンバー2。それだけの力があって、それだけの業を背負って——なのに、ナンバー1には届かない。そういうことや)

 

直哉は足を止めずに、準決勝の舞台へ向かった。

 

 

「禪院」

 

入場ゲートの前で、轟焦凍が立っていた。

 

直哉を待っていたのだ、と分かった。

 

轟の目が、いつもと違った。あの感情を削ぎ落としたような表情の裏に、今日は確かに何かが燃えていた。緑谷との関係からくる、あの特有の「熱」ではない。もっと直接的な、直哉個人への感情だった。

 

「さっきの試合、見ていた」

 

轟は言った。

 

「緑谷に、あれだけ言う必要があったか」

 

「あったよ」

 

直哉はあっさりと答えた。

 

「俺が勝つために必要やったから、言った。それだけの話や」

 

「あいつは本気で戦っていた。骨折した指で、それでも諦めなかった」

 

「知ってる」

 

「それに対してお前がやったことは——」

 

「轟くん」

 

直哉は轟の言葉を、静かに遮った。

 

遮り方は丁寧だった。でも、確実に遮った。

 

「友達ごっこは他所でやってもらえます?」

 

轟の目が、細くなった。

 

「……何?」

 

「緑谷くんのことが心配なんやろ。それは分かる。でも——ここは体育祭の試合場やよ。君が友達のために怒る場所やない。俺と戦う場所や」

 

「お前は——」

 

「俺が緑谷くんに何を言ったかは、俺と緑谷くんの話や。轟くんには関係ない」

 

直哉は轟の顔を見た。

 

轟焦凍。この世界の基準で言えば、間違いなく上位に位置する存在だ。個性の規格外さで言えば、今日の出場者の中で最も「あっち側」に近いかもしれない。

 

でも——

 

(半分しか使ってへん。それで「強い」とは、俺は認めへん)

 

「轟くんのこと、一定以上の相手やとは思ってます」

 

直哉は続けた。

 

「だから、ちゃんと言います。さっさとその炎も出してください。右半分だけの轟くんと戦っても——俺、たぶん満足できへんので」

 

「……」

 

轟は何も言わなかった。

 

ただ、直哉を見ていた。

 

直哉はその視線を受け止めながら、軽く伸びをした。

 

「行きましょか。試合、始まるよ」

 

 

「準決勝第一試合! 禪院直哉対轟焦凍!!」

 

ミッドナイトの声が響いた瞬間、スタンドが沸いた。

 

緑谷戦の衝撃がまだ残っている観客にとって、この対戦カードは未知数だった。轟は今大会最強候補の一人。対する禪院直哉は、緑谷をあれほど圧倒した謎の存在。

 

直哉には、そういうスタンドの空気はどうでもよかった。

 

轟の右半身が、白く輝いた。

 

氷結が、地面を割って迫った。

 

直哉は走った。

 

氷の先端から、常に半歩分だけ逃げるように。足裏に呪力を展開して、氷面ができる直前の地面の温度変化を感知しながら——どこに氷が来るかを、皮膚で読んだ。

 

投射呪法の応用だった。「刻む」のは相手の体だけではない。地面を伝わる呪力の感触から、氷の進行方向を先読みできる。完璧ではない。でも——今日のところは、これで十分だ。

 

「速いな」

 

轟が呟いた。感情のない声だった。

 

「おおきに」

 

直哉は走りながら答えた。

 

「でも、これ——右半分だけやろ」

 

轟の氷が、扇状に広がった。

 

直哉は跳んだ。氷の波が地面を覆う直前に、垂直に跳び上がって氷の上端を踏み台にした。足裏の呪力展開で氷面に一瞬だけ張り付いて、そこから斜め前方へ飛んだ。

 

着地と同時に、轟との距離が詰まった。

 

「——っ!」

 

轟が後退した。氷を盾にしようとした。

 

直哉は盾の外縁を手で叩いた。接触。投射呪法が刻む。氷の密度の分布が、指先から伝わってきた。どこが薄いか。どこから割れるか。

 

「ここ、やな」

 

轟の氷盾の、左下の角。そこへ足刀を叩き込んだ。

 

氷が、割れた。

 

轟の視界が一瞬だけ砕けた氷片で塞がれた。その瞬間に、直哉は轟の側面へ回り込んでいた。

 

足裏の呪力が地面を蹴る。右手を繰り出す——

 

轟が腕を上げて防いだ。

 

防いだ腕ごと、直哉の体重が乗った。轟がよろめいた。よろめきながら、右手で新しい氷を展開した。

 

直哉は飛んで、距離を取った。

 

着地。

 

二人の間に、沈黙が落ちた。

 

直哉の息が、少し上がっていた。

 

轟は——無傷だった。

 

(さすがやな)

 

直哉は内心で認めた。認めながら、冷静に現状を整理した。

 

投射呪法で軌道を先読みできている。でも轟の氷の展開速度は、先読みの余裕をじわじわと削ってきていた。広範囲に一気に展開されると、回避できる方向が限られる。

 

そして何より——右半身だけで、これだけやれる。

 

(左側が来たら、どうなる)

 

「轟くん」

直哉は立ったまま、言った。

 

「さっき言うたやんか。炎、出してくれって」

 

轟は答えなかった。

 

「俺との戦いで出さないなら——誰と戦っても出さへんのと一緒やよ」

 

「……」

 

「それは強さじゃない」

 

直哉の声は静かだった。冷笑でも挑発でもなく、ただ事実を述べる声で。

 

「轟くんが炎を封印してるのは、お父さんへの反抗心からやろ。それは知ってる。でも——それって、まだお父さんに縛られてるのと一緒やよ」

 

轟の目が、揺れた。

 

「俺には関係ない話や。でもな——」

 

直哉は一歩、踏み出した。

 

「半分だけの力で、本物の強さと向き合えると思ってるんやったら、それは甘えや」

 

「……甘え」

 

轟が繰り返した。低い声で。

 

「そう。甘え。お父さんが嫌いやから炎を使わない——それは君の意志やない。お父さんへの感情に、君が振り回されてるだけや。それを『俺の信念』とか思ってるとしたら——笑えるわ」

 

轟の右半身の氷が、大きく膨らんだ。

 

今度は今までとは規模が違った。地面から、壁から、あらゆる方向から氷が迫った。

 

直哉は走った。

 

右へ、左へ、跳んで、滑って。足裏の呪力で氷面を蹴りながら、三次元的に動き続けた。

 

(速い——!)

 

今までより明らかに速度と規模が上がっていた。轟が本気を出し始めた。感情が、氷の展開量に乗り移っていた。

 

それでも——炎は、出なかった。

 

直哉は一つ目の氷柱を手で叩いて方向を変え、二つ目の氷の波を跳び越えて、三つ目の壁を足裏の呪力で蹴って反転した。全身の呪力循環が、フル稼働していた。

 

(これが轟くんの本気か。なるほど——)

 

(認める。こいつは「格」に近い場所にいる。右半身だけで、これだけの密度の攻撃を出せる)

 

(でも——)

 

直哉は一瞬の停止を見つけた。

 

轟の氷の展開には、パターンがある。地面からの展開と、掌からの直接展開を組み合わせている。二つの展開が「切り替わる瞬間」に、ほんの一瞬だけ、呼吸のような間がある。

 

そこだ。

 

(投射呪法——刻む——)

 

轟の体に触れた最後の接触の記憶を引き出した。轟の体重の乗り方。重心の位置。次の氷を展開するとき、どちらの足に重心が寄るか。

 

右足だ。

 

次の展開で、轟の重心が右へ寄る。その瞬間、左側面が一瞬だけ軽くなる。

 

直哉は動いた。

 

右から来る氷の波を左へ跳んで回避しながら——その跳躍の勢いのまま、轟の左側へ滑り込んだ。

呪力を右の掌底に込めて、轟の左脇腹へ叩き込んだ。

 

「——っ!!」

 

轟の体が、大きく傾いた。

 

倒れなかった。氷を地面に展開してバランスを取った。さすがだ、と直哉は思った。

 

でも——体勢が崩れた。

 

直哉はその隙を逃さず、轟の右腕を掴んで引いた。引きながら足を払った。轟が膝をついた。膝をついた体を、直哉は肩を使って境界線へ向けて押した。

 

轟が耐えた。氷を地面に打ち込んでアンカーにした。

 

二人の力が、ぶつかった。

 

直哉の呪力と、轟の個性が、鍔迫り合いのような状態で静止した。

 

(……押し切れない。今の俺の呪力量では、この拮抗を崩せない)

 

直哉は冷静に判断した。

 

轟の個性の物理的な出力は、現状の直哉の呪力では力負けする。技術で差を埋めてきたが——ここは純粋な力の問題だ。

 

(まだや。まだ足りない)

 

直哉は離れた。一気に距離を取った。

 

轟も立ち上がった。

 

二人は、対峙した。

 

直哉の額に、薄く汗が浮いていた。

 

「……強いな」

 

轟が言った。

 

「そっちもな」

 

直哉は認めた。

 

珍しいことだった——直哉が、口に出して認めるのは。

 

「でも」

 

直哉は続けた。

 

「まだ半分や」

 

轟の目に、複雑な色が走った。

 

「……俺は、あの炎を使うつもりはない」

 

「知ってる」

 

「お前に言われても——」

 

「関係ない、って言いたいんやろ」

 

直哉は轟の言葉を、また静かに遮った。

 

「轟くん。俺はな——半分だけの強者に、俺の全力を出す気になれへんねん」

 

轟の表情が、固まった。

 

「今日の俺は、全力を出してへん。足裏の個性の展開、投射強化の応用——これは俺の引き出しの一部や。でも、轟くんが半分しか出さないなら、俺も半分で十分になる」

 

「……」

 

「それが、嫌なら」

 

直哉は轟の目を、まっすぐに見た。

 

「出してや。全部」

 

轟は——何も言わなかった。

 

長い沈黙だった。

 

スタンドが、固唾を飲んでいた。

 

直哉は待った。急かさなかった。ただ、轟の答えを待った。

 

そして——

 

轟の左半身が、揺れた。

 

熱が、生まれた。

 

封印されていた炎が、轟の体の内側から、じわりと滲み出た。

 

「——っ」

 

轟が目を閉じた。何かと戦っているようだった。自分の中の何かと。

 

直哉はその様子を見ながら、静かに思った。

 

(出るかもしれない。——でも、今日は出なくてええ)

 

(轟くんがその炎を解放する瞬間は、俺との試合やない。緑谷との試合で起きることや…本来は。それもなくなって、いつになるか分からんけどな)

 

(俺がここでそれを引き出してしまったら——あっちの試合が変わる)

 

直哉は、一歩踏み出した。

 

轟が目を開いた瞬間——直哉の体が、すでに動いていた。

 

炎が生まれかけていた左半身ではなく、右半身へ。氷の展開に意識が向いていない側へ。

 

轟の右肩を掴んで、体重を乗せた。

 

炎と氷の狭間で揺れていた轟の体勢が、その一瞬だけ——揺らいだ。

 

直哉はその揺らぎに乗って、轟の体を半回転させながら、境界線の外へ向けて押し出した。

 

轟が氷を展開しようとした。

 

間に合わなかった。

 

片足が、境界線の外へ出た。

 

「場外! 勝者——禪院直哉!!」

 

スタンドが、爆発した。

 

 

轟は、ゆっくりと立ち上がった。

 

直哉は境界線の内側に立ったまま、轟を見ていた。

 

轟が顔を上げた。直哉と目が合った。

 

「……お前は」

 

轟は言いかけて、止まった。

 

直哉は首を傾けた。

 

「お前は、強い」

 

轟が、それだけ言った。

 

直哉は少しの間、何も言わなかった。

 

「……轟くんも」

 

直哉は答えた。

 

「片方だけで、ここまでやれる。それは本物や」

 

轟が何か言いかけたが、直哉はすでに踵を返していた。

 

退場口へ向かいながら、直哉は背中越しに言った。

 

「決勝は、爆豪くんか轟くんやろな——って思ってたけど、結果は俺と爆豪くんか」

 

独り言のようだった。

 

「爆豪くんか。——あいつは」

 

直哉は口を閉じた。

 

(あいつは、別の意味で「あっち側」に近い。本人はそれを知らんやろけど)

 

退場口の影の中に、直哉の姿が消えた。

 




体育祭編、最大の山場の1つを越えました。

本来ならデクとの戦いで「自分」を取り戻すはずだった轟焦凍。しかし、その前に現れたのは救いの手ではなく、圧倒的な実力主義と選民思想の塊でした。
運命の歯車が完全に狂い始めていますが、この後のエンデヴァーの顔を見るのが今から楽しみで仕方ありません。 

※お話の都合でこの後轟くんは対人戦での直哉の発言を振り返って、炎側の個性に向き合い炎の使い方を改めて学ぶためにエンデヴァー事務所に職場体験に行きます。
ここら辺はご都合主義です。作者の才がなく調整をしました…申し訳ございません。

次回、決勝戦vs 爆轟戦です 今回の準決勝戦での熱を残したまま見れるようにするために、本日の19時に次話投稿予定です。
是非ご観覧ください。

ここまで読んで「面白い」「この先どうなるんだ」と感じていただけたら、ポイント評価や感想をいただけると非常に励みになります!
皆さんの反応が、直哉をさらに調子に乗らせるガソリンになります。

(8話)今回のような直哉のドブカス感の方が良い?

  • 今回の直哉(ドブカス感強化)
  • 1〜7話の純粋に力に貪欲な直哉
  • もっとドブカス(人の心とかないんか?)
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